静かな世界
天使達との戦争も終わり、ようやく平和な日々が戻って来た。
これで黒百合さんの心配もしなくて良くなり、なにかの脅威や戦争に着いて考えなくとも良い日々が続く。
思えば、この世界に来てからずっとなにかの脅威に晒され続けてきたよなぁ。
転移したての頃はクラスメイト(既に亡きバカ五人)、あの島に行ってからは魔物、こちらの大陸に戻ってきてからは魔王、魔王を討伐し終えてからは正教会国などの大国、戦争が終われば黒百合さんを狙う天使。
と、この七年間は怒涛の展開であった。
もちろん、その中には平和な日々もあったが、次に備えて動き出していたことに違いはない。
“次”を考えずにこうしてのんびりと過ごせる世界というのも、今になってようやく手に入れたものである。
「獣王国の内戦はまだ続いてんだな。正教会や正共和国の生き残りが集まって出来た組織にしては、長く持っているぞ」
「どうも便利な魔道具を持ち出してるみたいだねぇ。それに、重鎮の獣人が何人かそちらに流れてる。自分より強い相手にしか従わない様な人も着いてるから、何かあるんだろうね」
「面倒な事この上ないな。あまりにも長引くようなら俺たちが介入してもいいかもしれん。大国の力が弱まるのは望ましくない」
「せっかく訪れた平穏なんだから、できる限り平和でいて欲しいね。天使達との戦争が終わったんだし、もう暫くは何かに参加するのは遠慮しておきたいな」
「全くだ。少なくとも、また世界大戦のようなことが起こるのは勘弁して欲しい。俺達もゆっくりしたいんだ」
毎日欠かさず見ている世界情勢は、俺達の願いとは裏腹に目まぐるしく動いている。
大帝国では皇太子を決める為の争うが激化し始め、聖王国も貴族派閥と王国派閥で内戦が起き始めている。
神聖皇国は割と平和だが、それでも派閥同士の権力争いが徐々に強くなっており、ドワーフ連合国は小国に喧嘩を売られていた。
今平和な大国の言えば、亜人連合国と大エルフ国ぐらいである。
合衆国もどうやら議会が荒れているらしく、その隙を見て攻めこもうとする国がチラホラとあるらしい。
正教会国や正共和国、そして正連邦国の三国が事実上無くなった事により、彼等は仲間内で争うことが増えたのだ。
獣王国とドワーフ連合国は少し違うが、どちらにせよ戦争の火種はあちこちに残っている。
「介入するとしても、獣王国と神聖皇国ぐらいだな。獣王国には世話になったヤツがいるし、神聖皇国は最悪の場合敵対しちまう。流石に龍二やアイリス団長とは戦いたくない」
「仁は優しいからねぇ。まぁ、私もできる限り龍二やアイリスちゃんとは戦いたくないけど」
「黒百合さんも同じだろうな。数少ない話せる人達がいる国とは争いたくないもんだ」
「その点で言えば、大エルフ国は平和だよねぇ。ハイエルフが実権を握ってるし、そのハイエルフたちもさほど権力に興味が無い。安定してる国だよ」
「婆さん元気にしてるかな。今度顔を見に行くのもいいかもな」
「あぁ、精霊研究家のおばあちゃんね。元気にしてるかなー」
イスが見たと言う黒い何かについては、未だに何も分かっていない。子供たちの報告曰く、おばあちゃんはその黒い何かを今も研究しているそうなので話を聞きに行くのはアリかもしれない。
それに、久々にサラに故郷を見せてやるのもいいかもな。最近は学園を卒業したイスと楽しそうに遊んでるが、故郷にも友人はいるだろう。
大精霊という事で、エルフの国では見つからないようにしなければならないが、本人が望むなら連れていくのもありだ。
そんなことを考えていると、エレノラがドアをノックして部屋に入ってくる。
「先生?アンスールさんが飯の時間だと言ってます」
「うい、今行くよ」
俺は報告書を置いてベッドから腰を上げると、そのまま食堂へと歩いていく。
今俺達がいるのは、バルサル近郊の森。即ち、我が拠点である。
天使達との戦争が終わってから二年後、無事に学園を卒業したイスと一緒にここに帰ってきたのだ。
学園長やサラサ先生、教え子達に別れを告げたのはいいのだが、この頭のおかしい爆弾魔は何故か俺達の拠点まで着いてきている。
冒険者のランクも旅に出る目安であった金級を超え、白金級にまでなっているのだが、この子は俺が拠点に帰ると言うと“じゃ、ついて行きます”と言ったのである。
なんで?君、世界を旅するんじゃなかったの?
最初こそ断っていたのだが、今や俺達ともそこそこ戦えるようになったエレノラを振り切るのは難しく、仕方がなく拠点に連れ帰ったのだ。
そして、大量の厄災級魔物を見て“爆破素材の宝庫!!”と過共のようにはしゃいでいる。
頭のおかしい奴だとは思っていたが、厄災級魔物を見た最初の感想がコレなのだから笑うしかない。
今は、厄災級魔物達と親交を深めつつ古くなった鱗などをお裾分けしてもらった新作の爆弾を開発中だ。
本人曰く“計算では、最高傑作よりも威力が出る”らしいので、前に見たあの核よりヤベーやつの何倍もの破壊力を持った爆弾が生まれることだろう。
道徳の授業を本格的に教えなきゃ........
とまぁ、そんな訳でこの拠点にやってきたエレノラだが、何気に上手く馴染んでいる。
頭がおかしいという点を除けば普通の子であり、割と社交的でもあるので三姉妹や獣人組にも気に入られていた。
特にトリスがエレノラを気に入ったらしく、事ある毎にエレノラを呼び出しては爆破を使った遊びをしている。
土魔法が使えるトリスは、的を用意するには最適の人物なのでエレノラも気に入っていた。
トリスは末っ子だから、妹みたいな存在ができて嬉しいんだろうな。
エレノラが旅立つ日が来た時に号泣しなければいいが........
「?どうしました?」
「いや、エレノラは頭がおかしいなと思って」
「先生は面白いことを言いますね。私は普通ですよ。世界がおかしいのです」
「それを真顔で言える時点で頭がおかしいことに気付こうな。自分の常識は他人の非常識だ。よく覚えておくように」
「........気が向いたら覚えておきます」
随分と生意気になったものだな。昔なら“はい先生”と言っていたのに(理解しているとは言ってない)。
俺は、何やかんや可愛い教え子に苦労させられながらもこうして平和な日々が続けばいいのになと心の底から願うのだった。




