決行
黒百合さんとラファエルが堕天してから1週間後。遂にこの日がやってきた。
天使たちとの戦争を始める日である今日は、朝日が昇るよりも少し早く起きて準備を進める。
とは言っても、身一つあれば特には問題ないので準備らしい準備をする事は無かった。
「ドッペルにイスのお守りをさせてるし、ベオークもイスの護衛についてる。エレノラの面倒を見てくれるように頼んでおいたから、あっちは問題なさそうだな」
「過剰すぎる気もするけどねぇ。ベオークがいればなんとでもなりそうじゃない?」
「念には念をって奴だ。連中が俺達とイスの関係を知っていて、奇襲をしかけてくる可能性もあるからな」
今回の戦争にイスは参加しない。
イスは“私も天使と戦いたいの!!”と言っていたが、学生である以上学校が優先されるべきである。
親を手伝いたい気持ちは有難いが、学生時代と言うのはその時にしか味わえない。この4年間は、なるべくイスに学生として学園に通ってて欲しかった。
「ドッペルはあぁ見えても家庭的だし、エレノラはイスに懐かれてる。問題ないだろ。それに、エレノラなら天使とも戦えそうだしな」
「唯一朱那ちゃんとラファの変化に気づいてたからねぇ。感覚の鋭さは流石だよ。まぁ、気づいても興味無さそうだったけど」
「本当に爆弾以外のことには興味無いんだよな。イスは爆弾の知識とかを聞いてくれるから、エレノラも気に入っているみたいだけど」
黒百合さんとラファエルが堕天したことによる変化に気づいたエレノラだが、エレノラはあまり興味が無かったようで“雰囲気変わりましたね”とだけ言ってそれ以上は聞いてこなかった。
気を使って話を聞かなかったのではなく、ガチで興味が無い素振りだったのを見るにエレノラらしいなとは思うが。
2人の違いに気づけるとは、卒業生の中では1番強いだけはある。
もう少し性格が丸ければ、かなり人気が出たんだろうけどな。
「団長さん、おはよう」
「おはようございます団長様」
「おはー!!」
俺と花音がのんびりと話しながら宮殿内を歩いていると、ダークエルフ三姉妹がやってくる。
まだ朝日が昇る前だと言うのに、元気に挨拶をしてくるトリスはトコトコとこちらへ寄ってくるとポケットからあるものを取り出した。
「はいコレ。団長さん達にも」
「........なんだこれ」
「なにかの牙?首飾りみたいだけど」
トリスから渡されたのは、牙のようなものが着いているペンダントだ。
何かはよく分からないが、よく見るとかなりいい素材だと気づける。しかも、中に魔力が込められているな。
首を傾げていた俺達に、ラナーが補足を入れてくれた。
「これはダークエルフに古くから伝わるお守りです。牙の中に魔力を込めることによって、相手の安全を願うのですよ。私達は今回何もお手伝い出来ないので、代わりにそれを連れていってください」
「へぇ、ダークエルフのお守りねぇ。有難く貰っておくよ........ところで、この牙って何で出来てるんだ?」
「団長様のはマーナガルムの牙ですね。副団長様のはケルベロスだったハズです」
厄災級魔物の牙かよ!!
道理で質がいい訳だ。
マーナガルムの牙はかなり大きかったはずだが、それを上手く加工したのだろう。マーナガルムやケルベロスの牙は抜け落ちても直ぐに再生するらしいから、使う分には問題ないだろうしな。
「ちなみに、シュナとラファの分もある。2人にはジャバウォックとヨルムンガンドの牙を渡すつもり」
「わーすごい。それを売るだけで一生暮らせるね」
「凄いねぇ。厄災級魔物の素材で作った御守りとか。逆に呪われてそう」
「カノン酷い。私達が頑張って作ったのに」
「あはは。ごめんごめん。みんなの気持ちはちゃんと伝わってるからね」
頬をふくらませて花音に抗議するシルフォードと、笑いながら謝る花音。
なんやかんや付き合いの長い2人は、かなり仲がいいのを俺は知っている。
シルフォードは花音の地雷を踏み抜かなければ問題ないと知っているので、それさえ守れば何を言っても大丈夫だと分かった上でとんでもない事を言う時があるからな。
“花音、太った?もう中年太り?”と、俺でも言えないような冗談をぶっこむ命知らずである。
まぁ、花音がそれで怒ることはないのだけれどね。
俺が絡まなければ、意外と花音の心は広いのだ。
「ともかく、二人とも気をつけて。2人に死なれたら、私達は弔いの聖戦をする事になるだろうから」
「その時は全てをぶち壊しますね。私達にとって、お2人は“神”も同然。神を殺されれば聖戦をするのが道理ですから」
「なんかお姉ちゃん達重くない?普通に“気をつけてね”でいいじゃん」
なんか重い姉2人と、最もなことを言うトリス。
というか、三姉妹にとって俺たちは“神様”扱いかよ。
そういう割にはかなり弄ってくるのだが、きっとフレンドリーな神様なんだろうな。
出会いこそ最悪だったが、三人がこうして生きているのは俺たちのおかげなのは間違いない。
だからといって、恩着せがましくする気は欠片もなかった。
俺はニッと笑うと、トリスの頭を撫でる。
1番背が小さく頭が撫でやすいという理由だけで頭を撫でられたトリスは、少し嬉しそうだった。
「行ってくるよ。明日の夕飯は、天使の手羽先だ」
「それはちょっと食べたくないかも。クソ不味そうだし」
「団長様が食えというのであれば........」
「シルフォードお姉ちゃんの言う通りクソ不味そう。団長さん、冗談のセンスが無いよー」
「仁、センスゼロ」
「えぇ........そこは笑うとこなんじゃないの?」
俺は総スカンを食らって渋い顔をすると、4人はそれを見て笑う。
個人的にはそこそこなジョークだと思ったのだが、どうやらダメだったらしい。
俺は“冗談って難しいな”と思いながら、宮殿を出て厄災達の待つ場所へ足を運ぶのだった。
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天界に住むある天使は、今日も趣味の占いをしていた。
「........ん?なんか変だな?不吉の予兆に破滅まで出てる」
今まで何千年と占いをしてきた中で、初めての出来事。
この時天使は嫌な予感を覚えた。
「んー、今日は大人しくしておくか。占いも絶対では無いけど、なんか当たりそうな気がするしな」
天使は分かっていなかった。この不吉と破滅の予兆は、全てを終わらせる終焉なのだと。
彼は逃げるべきだった。
逃げ切れるかはともかく、今逃げれば死ぬのはまだまだ先になっただろう。
彼は誰かに話すべきだった。この占いは真実なのだから。
だが、平和ボケした天使は家に篭もると言う最悪の選択肢を取ってしまった。これにより、彼の死は確定する、
ある意味、占いは当たっていたのだ。




