堕天
天界に攻め込む準備は出来た。
不死王とのミーティングも終えたし、適当な作戦も立ててある。
後はその時が来るのを待つのみとなったその日、俺達はイスの世界に居た。
「堕天使って儀式をするんだな........」
「これで名実共に天使から堕ちる事になるんだって。私もよく知らないけど」
「堕ちた天使が天使共を地獄の底に叩き落とすことになるんだから、皮肉なもんだ」
イスの世界に佇む巨大な魔法陣。その中心部で黒百合さんとラファエルは、神に祈るかのように手を結ぶ。
今から行われるのは“堕天”。
天使が天使を辞め、地に落ちる時に使う儀式らしい。
詳細はよく分からないが、ラファエル曰く“これをするのとしないのとでは違う”のだとか。
まぁ、最近の黒百合さんとかとても天使とは思えない言動しかしてないし、堕天使の方がしっくり来る。
アル中の天使とか聞いたことないしな。
「やっぱり堕天すると翼が黒くなったりするのかな?」
「なるんじゃないか?........そう言えば、翼の黒い天使のような奴に会ったことがあるな」
俺はそう言いながら、二、三年ほど前に戦った魔王のことを思い出す。
“傲慢の魔王”ルシフェル。
七大魔王の一角であり、天使のような翼を持った奴だった。
あの時は何も思わなかったが、今思い返せばアレが堕天した天使の姿なのだろう。
黒百合さんの持つ穢れのない純白の翼が黒く染まるのは少し残念だが、それを止める権利は俺達には無い。
「始まったか?」
「魔力の高まりを感じるし、始まると思うよ。天使が堕天するとこを見られるなんて、人生何があるか分からないものだねぇ」
「おおー凄いの」
視線の先で膨れ上がる魔力を見ながら、俺達は適当な雑談をして時間を潰す。
堕天したからと言って、性格が変わったりする訳では無いそうなので俺達は特に何か心配することは無かった。
時間がかかるそうなので、暇つぶしにイスと遊んだりしながら経過を見守る。
徐々に膨れ上がる魔力は次第に黒百合さんとラファエルに集中していき、2時間がたった頃にはとてつもなく大きな魔力が中心部で渦巻く。
この時点で何かあるのかと一旦手を止めたが、ここからが長かった。
そこから更に三時間もの間、黒百合さんとラファエルは魔法陣の中で動くことなく祈りを続け、流石に眠たくなってきた俺達も“早く終わらないかな”という気持ちの方が強くなってくる。
明日も仕事があるんだけど、まだ終わらなさそう?
そろそろ寝たいんだけど。
そんな事を思い始めていると、ようやく変化が起こる。
「魔力に色がつき始めてるな........なんだアレ」
「分からないけど、黒くなって来てるね。そろそろ終わりそうかな?」
「かっこいいの」
中心部に集まった黒い魔力は次第に黒百合さん達の中に入っていき、爆発等を起こすことなく静かに消えていく。
それと同時に、黒百合さんとラファエルの翼が黒くなり始め10分も経てば純白の翼は漆黒に包まれた。
「........終わったのか?」
「終わったんじゃない?でも、ふたりが動くまでは近づけないね。まだ儀式が終わってなかったりしたら困るし」
「それで問題が生じてもダメだしな。もう暫く待つか」
「ババ抜きするの!!」
「おーそうするか」
そうして待つこと30分。
ババ抜きに飽きてポーカーでもやろうかと思い始めていた頃、ようやく2人の気配が動き始めた。
一旦トランプを引く手を止め、そちらに視線を向けると今までとは全く違う雰囲気の2人がそこにいはいる。
神聖さを持つ天使の姿は既になく、そこにあるのは地に落ちた堕天使。
黒き翼と邪悪なる気配。俺がかつてみたルシフェルの気配とかなり似ている。
「おまたせ。すごく時間がかかったよ」
「おまたせー。思ったより早く終わって良かった良かった」
こちらへやって来た2人は、その邪悪なる気配を隠そうともせずにこちらへやってくる。
俺達はその変化に驚きつつも、2人の笑顔が特に変わった様子がなくて良かったと安心した。
「お疲れ様。想像の5倍ぐらい長くて退屈だったよ。ラファ、ここまで時間がかかるなら先に言ってくれ」
「あはは。昔見た堕天はもっと長かったんだよ?私たちは大天使だから、早かったけど、本来ならもっと時間がかかってるよ。まぁ、先に言っおくべきだったとは思うけどね」
「もう深夜過ぎだよ。夕食を先に食べておいて良かったねぇ」
「お腹ぺこぺこでやってたら、集中力が切れてたかも。それより、どう?私達の姿」
そう言いながら、新しい服を見せびらかす子供のようにクルクルと回る黒百合さん。
かつての神聖さはそこにはなく、邪悪さのみがそのには存在しているが、それ以外は普通にいつも通りの黒百合さんとラファエルだった。
この“堕天”になんの意味があるかは知らないが、2人にとっては重要なもの。
だが、ここでかける声は決まっている。
「いつも通りだよ。正義のヒーローから、必要悪のヒーローに変わった感じだ」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。良くも悪くも、いつも通りだよ。ちょっと黒くなったぐらいさ」
「そうだねぇ。邪悪さは出てるけど、普段通りかな。問題は、生徒達が2人の変化を見て驚くことぐらい?」
「その辺は大丈夫。翼さえ出さなければなんとでもなるよ」
ラファはそう言うと、翼をしまって普段通りの格好に戻る。
確かに普段通りの格好ではその邪悪さが成りを潜めているが、感覚の鋭い俺達からすれば僅かに邪悪さが残って見えた。
でも、生徒たちは分からないだろう。
この違いを感じられる生徒は........卒業生を除けば一人もいない。
唯一、エレノラだけは気づきそうではあるが。
あの子、感覚も物凄く鋭くなっているからな。
相変わらずメチャクチャな教え子だ。
「これなら大丈夫そうだね。エレノラは気づきそうだけど」
「エレノラは気づいても何も言わんだろ。むしろ、堕天の魔法陣が爆弾に生かせないかを知りたがるだろうな」
「それは確かに........」
爆弾第一のエレノラが、堕天の魔法陣から爆弾を作れないかと考えている姿を想像して苦笑いする花音。
やはり、皆エレノラの考えそうな事が何となくわかってしまう。
「まぁ、バレても問題なさそうだね。さて、これで私達も準備万端だよ」
「来週決行だ。それまでに体は慣らしておけよ?」
「もちろん!!花音ちゃん、ちょっとだけ付き合ってね」
「了解。でも、手加減しないからね?」
こうして、死と霧の世界にて“堕天使”が生まれた。
地に落ちた天使の牙が、純粋な天使たちの喉元を食いちぎる日はもうすぐそこまで来ている。
俺は、久々の戦争に少しだけワクワクするのだった。




