本戦第一回戦第五試合ライジン
ミミルも無事に勝ち上がり、第4試合が終わった後。次はライジンの出番となった。
第四回戦は割と早めの決着が付き、エレノラやミミル程では無いものの実力差を見せつける試合だった。
しかし、そこそこの時間戦っていたので見ている側としては面白い。
圧倒的実力差で瞬殺して盛り上がらならいよりは、こうして長めに戦って盛り上がる方が観客は楽しいのだろう。
「次はライジンか。魔法を解禁するから、多分瞬殺だな」
「ライジンの魔法は、ミミルみたいに早く動けるようになるからねぇ。それに、利便性も結構高いし」
「前の世界で雷魔法とか使えたら便利だろうな。どこでも充電出来そう」
「電圧さえ気をつければ行けるかもしれないね。問題は、魔法を使えるなんて分かった日には即攫われて実験体にされるって事だけど」
........確かに花音の言う通り、地球で魔法なんて使った日にはその身体を弄り回されるだろう。
某何度でも蘇る人間達が闘う漫画でも、攫われてプレス機に潰されたりした実験をされていたし。
やっぱり要らないわ。地球で穏やかに暮らすなら、人智を超えた能力は持つべきじゃない。
今の時代はどこにでも監視カメラがあるし、なんならスマホで撮影されるからな。
馬鹿なことをすれば、あっという間にインターネットの波に乗って世界的デビューを果たす事も有り得る。
それが犯罪となれば尚更だ。
俺は特殊能力を持つのは異世界だけでいいなと思っていると、ライジンが闘技場の舞台に入ってきた。
そこには、かつての弱々しく背筋の曲がった子ではなく胸を張って堂々としたライジンが居る。
一年前のメンタルの弱さは、完全に無くなっていた。
強さが身につくと同時に、心も鍛える。
ライジンは、自分の強さに胸を張って生きれる獣人に変わったのだ。
「いい顔してるね。1年前なら、この舞台に立ってもビクビクしていただろうに」
「体も心も育った結果だな。補習科の子のほとんどは、強くなると同時に心も鍛えられる。健全なる魂は健全なる精神と健全なる肉体に宿るってな」
「魔女狩りして魂を食ってそうな言い方だねぇ。もしかして、人間が武器になれたりする?」
「しないです。確かにその漫画のセリフだけど」
尚、健全なる肉体を手に入れたのにも関わらず、健全なる精神は手に入れられなかった補習科の生徒もいる。
エレノラとかエレノラとかエレノラとか。
実はあの子、魔女なんじゃね?カエルの絵が描かれたの爆弾とか使ってそう。
『さぁやってまいりました!!本戦第一回戦第五試合!!その肉体は鋼の如し!!いかなる攻撃も頑強なる肉体で耐えてきたこの男が、今鉄槌を下す!!四年生応用科テッツ!!』
実況が観客のテンションに合わせて選手の紹介を始める。
相手は筋骨隆々のパワータイプ。その鍛え上げられた肉体と、おっさんくさい顔のせいでとても四年生には見えない。
年齢詐欺をしていると言われても、信じてしまいそうだ。
『対するは!!絶望の出世壊しが一角、その速さと短剣の鋭さで相手を斬り伏せてきたこの男!!先程の2人に続いて、この男も瞬殺劇を見せてくれるのか?!四年生補習科ライジン!!』
ライジンは、湧き上がる歓声の中で俺達を見つけるとにっこりと笑って手を振る。
何故か普段よりも黄色い歓声が大きく聞こえた気がするが、気のせいだと思っておこう。
俺は何も聞いていない。少し前にいる女の子の生徒が、ライジンが受けなのか攻めなのかを話しているなんて。
腐海の住人だったとか知らない知らない。
見たくない現実から目を逸らしつつ、俺はライジンに向かって手を振り返す。
見せてやれ、お前のその強さを。
「それでは、試合開始!!」
学園長の合図と共に、ライジンはゆっくりと歩き出す。
それに対して、テッツもライジンの動きに合わせるようにゆっくりと歩き始めた。
今までとは違う試合の始まり方に、会場は静かになる。
一歩づつゆっくりと間合いを詰める2人は、この会場を完全に支配した。
「ちょっとかっこいい始まり方だな。ライジン、あんな事もできるようになったのか」
「いいねぇ!!私、あぁ言う始まり方すごい好きだよ!!」
珍しく声を張り上げて興奮する花音。
花音は西部劇の銃撃戦のように、ゆっくり歩いて一瞬で勝負を決めるのとか好きだもんな。
こう言う緊迫した空気感が、花音は好きなのである。
徐々にお互いの間合いが詰まっていく。
残り10、9、8、7────────
ここで、ライジンは魔法を自分に纏わせた。
バチバチと光る雷電が、ライジンの髪を立ち上げる。
それに応じるように、テッツも肉体が白銀に染まっていく。
おそらく、能力を使用したのだろう。“我が肉体は鋼の如し”って比喩表現じゃなくてそのまんまの意味なのかよと、ツッコミたくはなったが。
残り5歩。
ライジンはゆっくり歩くのみ。これだけで相手を倒せると判断したのだろう。
対するテッツも、何かをしようとしたがそれを辞めて普通に歩く。
残り3歩。お互いにまだ動かない。
この状況を実況しなければならないはずの彼らもこの時ばかりは、何も言わずにただ行く末を見守っていた。
空気の読める実況解説である。
残り1歩。
闘志がぶつかり合い、お互いに攻撃モーションが直ぐに出せるように僅かに腕が動く。
残り0歩。
完全にお互いの間合いに入った二人は、同時に動き出した。
大きく腕を振りかぶってライジン殴りつけようとするテッツに対し、ライジンは高速で連撃を叩き込む。
肉体が鋼だからと言っても、所詮相手は人間。
急所さえしっかり狙えば相手の内部に衝撃が伝わる。
ライジンは顎や鳩尾に何度も拳を当て、テッツが腕を振るう間に10回近く攻撃を繰り出した。
テッツはそれでも耐えた。これだけで、彼を賞賛するに値するだろう。
が、しかし、内部へのダメージは深刻で、そのまま膝から崩れ落ちる。
意識はあるものの、膝が笑って立てないのだ。
ライジンはトドメの一撃を喰らわそうと、足を高く振り上げて踵重しをしようとするが、それは学園長によって止められる。
「そこまで!!勝者ライジン!!」
今までとは違う戦いに、静寂を守っていた観客たちは大きな歓声を上げる。
静かに見守っていた実況席も、ここに来てようやく口を開いた。
『なんという決着!!今までに見ない戦いが行われました!!』
『これは緊張感が凄いな。思わず手に汗を握ってしまった』
『素晴らしいですね。テッツ選手が攻撃をするよりも早く、ライジン選手が攻撃を当てていましたがどのように見ますか?』
『ライジン選手が早く攻撃できるのは分かりきっていたな。ただし、その動きが早すぎた。雷魔法で強化した肉体は、鋼の肉体を上回ったという訳だ。それに、的確に急所を狙っていた。あれでは耐えられない。身体の内部にまで響く一撃を何度も食らわせたら、膝の一つや二つ付きたくなるものだ。だが、気を失わなかったのは見事だと言えるだろう』
お互いを褒める解説。
確かに、ライジンの攻撃に気を失わなかったのは凄い。
俺はこちらに再び手を振るライジンと、腹を押えながら闘技場を退場するテッツに賞賛の拍手を送るのだった。




