準備万端
メレッタが学年別の大会を優勝した事を軽く祝った四年生たちは、早めに昼食を食べ終えて補習科の運動場で準備運動をしていた。
昼食を取っていた時から軽くピリついていた空気はさらに重くなり、闘志が満ちた彼らの間合いには誰も入りたがらない。
少しでも足を踏み入れれば、その闘志がこちらへ向けられるのではと思うほど、四年生たちはやる気に満ちていた。
「皆張り切ってるな」
「本戦だからね。予選とは違って勝ち抜いてきた強者が並ぶんだから、緊張もするでしょ。まぁ、皆が見すえてるのは同じ補習科の子達とどう戦うかだろうけどね」
「手の内を知り尽くしてる相手だからな。お互いの本気を知っているし、お互いの得意不得意も分かってる。どれだけ自分の得意を押し付けて、不得意を相手に押し付けられるかの勝負になるだろうな」
「エレノラを除いて、皆そんなことを考えているだろうねぇ。エレノラは相手を爆破させることにワクワクしてるように見えるけど」
花音は呆れた顔をしながらエレノラを見る。
エレノラは他の生徒達が武器を軽くるは振るう中、一人黙々と爆弾を製造していた。
どうやら、エレノラ自作の爆弾簡易キッドを使っているらしい。
そもそも爆弾を作るための簡易キッドってなんだよ。あれか?パチンコ玉と圧力鍋で擬似的な爆弾でも作るのか?
俺はエレノラの奇行に少し目眩がしながらも、周囲に被害を出てないだけマシかと思う。
爆弾を作るだけなら、まだ被害は出てないから目を瞑ってやろう。
普段が酷すぎて、エレノラのこの行動がまともに見える辺り俺も毒されてるかもしれない。
冒険者になったら徹底的に常識と道徳を教えてやるからな。俺の教え子がテロリストになるのは絶対に許さん。
俺と花音がエレノラのことを見すぎていたのだろう。エレノラは俺たちの視線に気づき、製造したての爆弾を持ってこちらへやってきた。
「先生、どうしたんですか?」
「いや、エレノラの奇行に慣れすぎて爆弾を作ってる様子が普通に見えてきた自分に嫌気がさしてたところだ」
「........?爆弾を製造するのは常識では?」
「一体どこの世界の常識なんですかねぇ。普通の人は爆弾なんて作らないんだよ。ブデ達も爆弾を作らないだろ?」
「いえ、作ったことはありますよ。以前、私の爆弾の仕組みが知りたいと言ってきたので、基礎は教えました。後、錬金術の授業で作りますよ。3年生になると、作ります。私の場合は1年生の時点で作ってましたが」
マジかよ。ブデ達も作っ事がある事にも驚くが、普通に授業で爆弾の作り方を教えるのかよ。
一応、補習科の授業がない時は俺達も他の授業を受けている。
テストとかは免除されているので気楽に受けられているが、それでも教師と並行して受けるのは大変だった。
1年生の子供と一緒に授業を受けるのも、少し注目を集めてやりづらいしな。
その中には錬金術の授業も入っているのだが、3年生になると爆弾を作る授業があるとは初耳だ。
だからといって、爆弾を作ることが一般的な常識なわけが無いが。
「........もし、錬金術の授業で分からないところがあったらエレノラに聞くとするか」
「任せてください。私、こう見えても錬金術の成績だけはとても優秀なので。教科別の順位があれば1年生の頃からずっと1位だと思いますよ。テストは全て満点を取ってきたので」
普通に優秀なんだけど。
この優秀さの代償が爆弾狂いかと思うと正直要らない才能だが、エレノラにとっては天からさずかった天職だろう。
その方向性が、相手を爆破する方向ではなく社会に役立てるような方向に進めば良かったのに........
俺はエレノラに爆弾を用いた戦いを教えたのは間違いだったかもしれないと、軽く頭を抱える。
やっぱり一般的な常識と道徳はしっかりと叩き込もう。
絶対に守らせなきゃならないラインというのがあるのだ。
俺は再度、エレノラに教える事を心に決めると話題を変える。
今日は武道大会本戦。せっかくだし、エレノラの意気込みでも聞くとしよう。
「今日の大会は勝てそうか?」
「勝ちますよ。たとえ相手が補習科の皆であろうと、私が勝ちます。新作の爆弾をお披露目するまでは負けられません」
「一応念の為に聞くが、その爆弾は安全だよな?」
「1つを除けば安全ですよ。どれも補助寄りの爆弾なので。一つだけ破壊力に全てを振ってますが」
うーん。心配すぎる。
エレノラの言う危険は、マジで危ないヤツだ。
少し前に俺相手に使った爆弾は周囲を巻き込みすぎて、何人かの生徒が怪我をした前科がある。
流石のエレノラも、良心は残っていたので申し訳なさそうに謝っていたが、今回もそんなレベルの爆弾を持ち込むつもりなのだろうか。
「あー、エレノラ?その危ない爆弾はなるべく使うなよ。観客を巻き込むのだけは絶対にダメだ」
「大丈夫です........多分。爆破で壊された闘技場の破片が観客席に飛んで被害が出たらその限りじゃありませんが」
そこは胸を張って言い切って欲しかった。
俺はエレノラの少し自信の無い言い方に不安を抱きつつ、やはり観客先には子供達を仕込んでおこうと決めるのだった。
だって不安しかないもの。
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昼食を食べ終えたイス達は、会場へと戻ってきていた。
昨日今日で知り合ったとはいえ、それなりに仲の良い補習科の生徒達を応援するために。
しかし、その場にリーゼンの姿はない。
メレッタは首を傾げながらイスに話しかけた。
「用事があるって言ってたけど、なんの用事なんだろう?」
「私も分からないの。でも、準決勝までには帰ってくるそうなの」
イスはリーゼンの用事を知っているが、メレッタには話さない。
リーゼンは、ベルン商会とシエル商会を乗っ取るための手続きや根回しをしなければならなかった。
メレッタの試合を見るのも、結構無理をして時間を作っていたのである。
しかし、ブラハムの手助けもありリーゼンはメレッタの応援ができたのである。
アゼル共和国の最高権力者であっても、孫娘のような存在が友人を応援するとなれば融通の一つや二つは効かせてくれる。
リーゼンは、今頃大急ぎで仕事を処理していることだろう。
イスも出来れば手伝ってあげたかったが、手伝えることは何一つない。
なので、リーゼンの分まで補習科の応援をするつもりだった。
「楽しみだね。初戦はエレノラさんからだっけ?」
「そうなの。パパ曰く、爆弾を解禁するらしいから面白くなると言ってたの。後、不安だとも」
「不安?実力的に?」
「いや、人間的になの。ちょっと常識が無いって言ってたの」
「へぇ、私と話してくれた時はけっこう普通そうだったけどね」
「そういう人ほど、逆に危ないの。変なスイッチが入ると暴れだしたりするの」
「あー、それはあるかも」
イスとメレッタはそんな他愛もない会話を楽しみながら、メインイベントである本戦が始まるのを持つのだった。




