第一回戦第五試合ビビット
第1回戦を順調に勝ち進む補習科の生徒達。次はビビットの番だった。
ビビットは第5試合、ミミルは第6試合に出場となるので、今回はミミルを除いた全員が応援に来ている。
「先生に比べればみんな弱いから余裕。頑張ってね」
「そうそう。先生たちに比べればなんて事ないから大丈夫でふ」
「が、頑張ってねビビット君」
「ありがとう。みんなに続けるようにしっかりと勝ってくるよ」
既に第2回戦へと駒を進めている3人から応援され、ビビットは会場に会場に足を踏み入れた。
相手はビビットのブロックの中で1番強いと言われている相手。多彩な土魔法で相手を翻弄し、弓で確実にしとめに来る狩人だ。
ビビットは本戦に行くまでは魔法を極力使用しないように言われているため、剣のみで戦わなくてはならない。
しかし、ビビットは不思議と緊張してなかった。
「そりゃ、世界最強の傭兵と比べたら、たかが生徒1人に怯える必要も無いよね。あの人達、相手の撃つ弓より早く動くんだし」
世界最強の傭兵達と比べれば、応用科の生徒など恐るるに足らず。
ビビットはエレノラ達が言っていた言葉に納得すると、闘技場の上に上がった。
湧き上がる歓声。
1年前までは小さく隅の方で見ていた舞台。
そんな舞台に上がれるほどにまで強くなったと言う実感と、この先にあるさらなる大きな舞台に上がるために負けられないと言う気持ちがビビットのやる気に火をつける。
「今年の補習科は凄いみたいだね。今のところ全員勝ってる」
「それはどうも」
「でも、君は負ける。残念だが、この先に行くのは僕だ」
「だといいね」
「........他の奴らと違って、僕は最初から本気で行くぞ。君を侮らない」
「それはいいね。僕がどれほど強くなったのかを試すいい機会だ」
相手の言葉に適当な返事を返すビビット。彼の目に対戦相手の姿はない。
ビビットは既に、本戦で頭のイカれた爆弾魔を倒すために必要な事を考えていた。
考えが顔に出ていたのだろう。対戦相手であるガレンは不機嫌そうに鼻を鳴らして矢を取り出し、弓に携える。
「僕は君を侮らないが、君は僕を侮るようだな。後悔するぞ」
「大丈夫。君を侮ってるわけじゃない」
ビビットはそう言うと、腰にぶら下げた剣を手に取りだらりと手を下ろす。
これが今のビビットの構えだ。昔は基礎に忠実に従っていたが今となっては、基礎の“き”の字もない。
全身の力を抜き、身体中の緊張をほぐす。
「これより、第1回戦第5試、補習科ビビット対応用科ガレンの試合を始める!!」
審判が手を上げ、試合開始の宣言を始める。
ガレンは弓を引き絞り、ビビットはゆらゆらと不気味に揺れた。
「それでは、試合開始!!」
試合開始と同時にガレンが矢を飛ばす。
風を斬る音と共に放たれた矢は、正確にビビットの眉間を狙って真っ直ぐ突き進んだ。
しかも、これだけで終わらない。
ガレンは次の矢を取り出し構えながら、土魔法を行使する。
「土よ絡めとれ」
地面から蔓の様に畝ねる土が現れ、ビビットの足を絡め取る。
ビビットが避けられないように、動きすらも制限しようとしだのだ。
ビビットは避ける事もせずに、大人しくその束縛を受け入れる。
ガレンはこの時、勝利を確信した。
所詮は補習科。侮らないとは言っても、心の底で補習科が自分に敵わないと思っている。
だからこそ、対応された際の追撃をしなかった。
「なるほど。確かに先生達に比べれば全然マシだね」
「........なっ!!」
ビビットは剣を持っている手とは、逆の手で矢を平然と掴む。
矢の速さが遅すぎたのではない。ビビットがそれ以上の速さに慣れてしまっていたのだ。
スローモーションに見えるほど遅く動く矢をビビットはいとも容易く掴むと、矢をへし折って歩き始める。
拘束していたはずの土はいつの間にか砕け散っており、ビビットの歩みを止める事は出来なかった。
「やるね........!!」
「そっちこそ」
冷や汗を背中に掻きながら、土魔法を使って遮蔽物を作り距離をとるガレン。
死角からの奇襲を企てるガレンだったが、ビビットはガレンの想定を遥かに上回る。
「この程度なら斬れるかな?同じ鉄でも最近切れるようになったから、土を固めた程度は行けるか」
僅かにブレるビビットの手。
目のいい者ははっきりとその剣の軌道を追うことが出来ただろう。しかし、多くの観客はビビットの手を目で追うことが出来ない。
時間差で崩れる土壁。
粉々に砕け散った土壁の裏から、ガレンが驚きの顔をしながら固まる。
気配を消し、死角から攻撃を企むガレンからすればこの攻撃は予想外。
故に対応が遅れた。
「やべっ──────────ゴッ!!」
「手加減しないと........」
物凄い速さで接近してきたビビットの足が、ガレンの腹に突き刺さる。
本気で蹴り飛ばすと殺してしまう可能性があったので、ビビットは手加減を意識しながら蹴りを放った。
体が浮き上がり、水平に飛んでゆくガレン。
ビビットはここで更なる追撃をしようと動き始めたが、勝利条件に場外もあったことを思い出して剣をしまう。
高速で吹き飛ぶガレンの体は、既に舞台から出ていた。
「うん。やっぱり先生ってすごいや」
何度も地面をバウンドし、観客席の壁にぶつかってようやく止まるガレン。
蹴り飛ばされた腹を抑え、蹲る彼を見た審判は司会終了の合図を告げた。
「そこまで!!勝者、補習科ビビット!!」
湧き上がる観客。
ふと観客席に視線を送れば、自分を強くしてくれた尊敬する教師たちが手を振っていた。
「ありがとうございます。先生」
ビビットはそう呟くと、教師達が座っている席に手を振ってからガレンの元に駆け寄る。
ガレンは救護班の治療を断り、自分の足で何とか立ち上がろうとしていた。
「大丈夫かい?」
「人をあんな勢いで蹴り飛ばしておいて“大丈夫かい?”は、嫌味だな。ゴホッ、侮らないと言ったのに結局侮っていた。それが僕の敗因か........強いな」
「君も強かったよ。ただ、君よりも強いひとを毎日見てるとね........」
「あはは。世界最強はそこまで強いのか?」
「うん。少なくと、君が本気で射る矢よりも早く動けるのは間違いない」
「それ、本当に人間か?」
「僕も時々思うよ。肩を貸そう。歩くのはまだキツイだろ?」
「........こりゃ完敗だ」
ガレンはそう言うと、ビビットの肩に手を回してゆっくりと歩き始める。
まだ腹が痛むが、歩けるレベルではあった。
「今年の大会は荒れるな。本戦に行けよ」
「もちろん。僕だけ本戦に行けなかったなんてなったら、先生になんて言われるかわかったもんじゃない」
「ははっ、それだけ聞くと世界最強の傭兵ってのは教師に向いてねぇな」
「実際向いてないよ。自由すぎて生徒が振り回されるんだから」
ビビットがうんざりとした顔を見て、“ガチだ”と感じたガレンは痛む腹を抑えながら笑う。
ビビットとガレン。彼らは後に、アゼル共和国を代表する灰輝級冒険者となるのだがそれはまた別のお話。




