第一回戦第一試合エレノラ
第一回戦第1試合に出場するエレノラは、これっぽっちの緊張もなく試合が始まるのを待っていた。
既に試合会場には着いており、戦いの場となる闘技場の上にも上がっている。
あとは、毎年恒例の学園長の話を聞いて試合開始の合図を待つのみだった。
「ラッキーだな。補習科の雑魚が俺の相手だなんて。一回戦は突破したも同然だぜ」
エレノラの対面、槍を持った普通科の生徒はエレノラに聞こえる程大きな声量でそう言う。
補習科がいくら強くなろうが、所詮は落ちこぼれ組。
彼は、普通科に敵うわけが無いと、本気で思っていた。
対するエレノラは仕込み武器の調子を確かめながら、槍を持った普通科の生徒に言い返す。
煽られたら煽り返せ。
彼女が心の底から尊敬するハチャメチャな先生の教えだ。
「貴方は運がいいですよ。初戦なのでまだ手加減の仕方がわからないんです。しばらくの間は貴方の実力を見極めるので、見せ場が多少はありますよ。良かったですね。瞬殺されなくて」
「あ?何言ってんだお前。頭大丈夫か?補習科が普通科に勝てるわけねぇだろ」
「貴方こそ、頭大丈夫ですか?相手の実力も推し測れないのは、弱者の特徴ですよ」
売り言葉に買い言葉。
興味なさげに煽り返すエレノラの言動を見て、槍使いは苛立ちを露わにする。
このような煽り合いは先にキレた方が負けだ。
エレノラは内心勝ったと思いつつ、口撃の手を緩めない。
「言い訳は考えておいた方がいいですよ?普通科が補習科に負けるなんて屈辱、中々無いですからね。貴方はまだ言い訳のしようがありますし」
「舐めたこと言ってんじゃねぇよ。一瞬で終わらせてやる」
「........ふっ、出来るといいですね。その言葉が妄言でない事を祈ってますよ」
「........殺す」
エレノラの煽りに冷静さを失いつつある槍使いは、殺気を帯びた目でエレノラを睨みつける。
だが、本物を知っているエレノラにとってその目は、小動物が睨んできている程度にしか感じなかった。
本物の殺気は、死を錯覚してしまうのだ。
殺気を感じても、驚異とはなり得ない。
『今年も無事、このときを迎えられた。まずは──────────』
煽り合いをしていると、学園中に響き渡る声が聞こえてくる。
滅多に聞かない学園長の声。学園全体が静かになると同時に、その熱気を孕んでいく。
5分近く話が続く中、エレノラは話に飽きて欠伸を噛み殺していた。
(まだかな)
『──────────それでは生徒諸君、健闘を祈る』
毎年同じ〆言葉。この言葉が、武道大会のはじまりの合図だ。
学園中が盛り上がる中、審判役を務める教師がルールの確認を行う。
「場外、または戦闘不能になった場合は敗北。また、他者からの介入などの不正行為や相手を殺してしまっても敗北だ。お互いに騎士道精神を持って、この大会に望むように」
真面目に話を聞く槍使いと、全く審判の方に視線も向けずに相手を見つめるエレノラ。
審判は、内心槍使いに勝って欲しいと思いつつ手を上げる。
「それでは、第一回戦第1試合。補習科エレノラ対普通科リード。試合、始め!!」
審判が手を振り下ろすと同時に、槍使いのリードはエレノラに向かって走り出す。
相手は所詮補習科。一撃くらわせれば一発KOだろうと考え、槍を雑に横薙ぎに振り払う。
もちろん、先程煽られた怨念もきっちり込めて。
「オラァ!!」
「なるほど、確かに先生達と比べると数段........数百段以上劣るね。寝てても避けられそう」
フェイントも一切ない単純な横薙ぎは、エレノラの体を捕えることなく空を切る。
エレノラは後ろに下がって避けると、隙だらけのリードに攻撃を仕掛けようとして辞めた。
(もう少し相手の攻撃を見てみよう。今のが本気じゃないみたいだし)
この大会の予選は、お得意の爆弾を使うことが禁止されている。
普段ならば近づいてきた瞬間に、牽制で爆弾を投げつけていたのだがその癖が僅かに出てしまっていた。
エレノラは、この癖を直すにはいい練習相手だと思いしばらくは防御に徹する事にする。
大事な大会だと言うのに、エレノラは自分を磨こうとしているのだ。
「よく避けたな!!だが、そのマグレがあと何回続くか見ものだ!!」
「マグレ?今のを見てそう思うんだ。レベルが低いね」
振り払われた槍を素早く手元に戻し、エレノラの体に向かって付きを突きを繰り出すリード。
子供の放つ突きとしてはかなり速いが、それよりも速く動いて複雑な攻撃を仕掛けてくる教師たちに比べれば止まって見える程遅い。
エレノラは、左に半歩ズレて攻撃を躱すとまた反撃の隙を見逃す。
今の一瞬で5回は殺せたなと思いつつ、素早く槍を引き戻して再び突いてくるリードの槍を必要最低限の動きで避け続けた。
「おぉ!!スゲェ突きだ!!やっちまえー!!リード!!」
「補習科なんか瞬殺しちまえー!!」
リードの猛攻に湧き上がる観客。その殆どは生徒達なので、自然とリードを応援する空気が出来上がっていた。
エレノラを応援するのは、同じ補習科の生徒たちとエレノラに賭けた大人達。
なんとも現金な応援だとエレノラは思いつつ、自分が舐められている事に少しだけイラッとした。
(このまま体力切れになるまで避け続けてやろうかな。ちょっとアイツらムカつく)
自分を低く見られる事は慣れているが、ここまで大勢に言われると流石に来るものがある。
確実な実力差を見せつけて勝ってやろうかとエレノラが思ったその時、エレノラの耳にある言葉が入ってきた。
「エレノラ、遊んでんな。あまり長く遊びすぎるとブデ達の試合に間に合わないんだが........そこら辺考えてんのか?」
「考えてないでしょ。あの感じは」
「やっぱり?移動の時間もあるから、早めに終わらせて欲しいんだけどなぁ」
エレノラが負けるとは微塵も考えていない呑気な声。毎日嫌という程聞いてきた自由人の声は、不思議とこの煩い歓声の中でもハッキリと聞こえた。
(そう言えば、ブデ達の試合もあるんだった。第3試合だったよね?確か。二人の応援もしたいし、もう終わらせちゃお)
エレノラはそう思い直すと、リードの肩への突きを躱して槍を掴む。
引き戻す際に僅かに緩んだ手を見てエレノラは槍をリードの手から失わせると、そのままリードの腹に槍の柄を撃ち込んだ。
「ウグッ!!」
あまりの勢いの良さに、リードの体が浮き上がって吹き飛ぶ。
このまま行けば場外でエレノラの勝ちだが、少しだけイラついていたエレノラは、その鬱憤を晴らすかのように槍を投げて吹き飛ぶリードの腹にもう一度攻撃をした。
「オグッ........」
吹き飛ばされた勢いをさらに加速させられたリードは、観客席の壁に背中を強く打ち付けて倒れる。
痛みのあまり気絶してしまったリードは、地面に倒れ込んでピクリとも動かなかった。
「「「「「........」」」」」
静寂が会場を支配する。
あの補習科が、普通科に勝ったのだ。
「審判。私の勝ち」
「え?あ、しょ、勝者!!エレノラ!!」
審判の宣言に、かつてない程盛り上がる会場(主にエレノラに賭けてた大人達)。
しかし、エレノラはその空気を味わう事もなく闘技場を後にするのだった。




