武道大会
翌日、アゼル共和国の首都はいつも以上に賑わっていた。
年に一度のお祭り。今日ばかりは人々もはめを外して財布の紐を緩くする。
商人たちはその緩くなった財布からできる限り金を抜き出そうとし、様々な店が立ち並んでいた。
「凄い人だな。流石はこの国一の学園が行う大会なだけはある」
「大通りも人で溢れてて歩きづらいよ。裏道を使った方が良さそう」
「だな。朝ご飯に串焼きだけ買って裏道を通るとするか」
俺はそういうと、ほぼ毎日通っている串焼き屋のおっちゃんのところに顔を出した。
この街で教師をやることになってから毎日通っているだけあって、おっちゃんも俺たちの事を覚えてくれている。
忙しそうに串焼きを焼いては売りさばくおっちゃんの元に行くと、串焼きを8本頼んだ。
「おう、ジン先生じゃないか。おはよう。いい朝だな」
「おはようおっちゃん。今日は忙しそうだな」
「ハッハッハ!!今日は稼ぎ時だ。朝はともかく、昼と夕方にはかなりの人が並ぶぞ」
「そりゃ良かった。普段俺たち以外に買いに来る人は居ないからな。潰れないか心配だったぜ」
「馬鹿言え、こちとら10年近くこの店やってんだ。先生たちが来なくてもやって行けるよ。まぁ、売上は落ちるだろうがな」
おっちゃんはそう言いつつ、串焼きを手早く焼き上げると秘伝のタレ煮付けて俺達に渡してくる。
俺達は串焼きを受け取ると、早速口の中に運びながらおっちゃんとの会話を続けた。
「大会は見ないのか?」
「たまに見るな。ここの常連の子供とかが出てる時は、見に行くぞ。それに、賭けもある。当たれば高収入だ」
学園の大会だが、大人たちも楽しめるように賭けが行われている。
日本ならありえない話だが、ここは異世界。そこら辺の娯楽に関してはゆるゆるだった。
「なら、見に来てくれよ。俺の教え子達に賭ければ、儲けが出るぞ」
「補習科だったか?落ちこぼれって言われてる子達が出るのか」
「そうだ。俺達が教えてやったから、かなり強くなってる。補習科同士で潰し合わなければ、全員本戦に行けるだろうな。しかも、どの科に属しているかが分かるから、倍率も高いぞ」
「でも、勝ってくれなきゃ損だぜ。おれは確実に勝つ奴にしか賭けないんだ」
「なら尚更賭けてくれよ。それに、三本裏の食堂の息子も出るぞ」
「........三本裏っつーとブデか。あそこの店には世話になってるし、応援には行こうかな」
「次いでに少額賭けてやれよ。外れても痛くないし、当たれば万馬券だ」
「まんばけん?よく分からんが、少しは賭けておいてもいいかもな。一回戦の時間は人が少ないし、嫁と息子に任せて見に行くか」
その言い方だと、妻と子を働かせて競馬に行くダメ親父に聞こえるな。
普段はほぼ1人で切り盛りしてるのを知ってるから特に何か言うことは無いが、初めておっちゃんに出会った人は顔顰めそうだ。
「もし賭けに買ったらブデの店で少しは金を落としてけよ?」
「当たり前よ。人との付き合いは大切だからな」
俺はそう言うと、おっちゃんの店から離れて裏道に入っていく。
多分、おっちゃんは応援に来てくれるだろう。
しっかり儲けて、しっかりブデの店に還元してやってくれ。
そんなことを思いながら歩いていると、黒百合さんが目を輝かせる。
「この大会、賭けがあるんだったね。私もやってみようかなー」
「いいんじゃない?私たちももう大人だから、多少のギャンブルをしても許されるでしょ」
「シュナちゃん、やってもいいけど程々にね?お酒みたいにのめり込んじゃダメだよ?」
「大丈夫大丈夫。お酒はともかく、ギャンブルにはそんなにハマらないって」
そう言って目を輝かせる黒百合さんだが、黒百合さん以外の全員が目を細める。
黒百合さん。今まで真面目に生きてきた反動か、こういう娯楽に弱そうなんだよなぁ。
天使とは思えない程酒を飲むし、ツマミに干し肉を食っている姿は最早おっさんだ。
それでも、酒臭さが無いのを見るに、黒百合さんって高嶺の花(元)なんだなとは思うが。
「この街に普段から賭けができる場所ってあったっけ?」
「あるねぇ。地下闘技場が。思いっきり違法だけど」
「........ギャンブルにハマらない様に、祈るか」
「信じもしない神様にね」
ラファはなんやかんや言って、黒百合さんに甘い。
もしもギャンブルにハマってしまった時は、俺と花音で何とかしなければ。
花音も同じことを思ったのか、さっそく子供達に地下闘技場の事を黒百合さんに知らせないように指示を出している。
なんて信頼の無さなんだ。いや、ある意味信頼されてるのか。黒百合さんが如何にダメ人間なのかを。
「仁は賭けるの?確か、教師もできたはずだし」
「今回は確実に勝てるって分かってるし、賭けるか。儲けた分は生徒達に還元だな。多少は貰うけど」
「いいねぇ。生徒たちも喜ぶよ。傭兵団の資金をギャンブルで増やすって世界最強の傭兵がやることでは無い気がするけど」
「いや、ギャンブルで増やさなくても勝手に資金は増えるからね?マジでどこから資金調達してるんだって思うレベルで増えてるぞ」
傭兵団の資金は今も尚増え続けている。この前倉庫を確認した時は、儲けかぞえるのが嫌になって投げ出すぐらいの金が置いてあった。
あまりに金があり過ぎて、白金貨ヲタ2~3枚パクってもバレないだろう。20~30枚でもバレないかもしれない。
ちゃんと団員達に給料を支払い、更にバルサルの教会にも多額の寄付をしているというのになぜ増える?
お金はあって困るものでは無いので別にいいのだが、知らず知らずの内に増え続ける白金貨や金貨の山を見ると少し恐怖を感じた。
倉庫番をしている子供達と少し話したが、獣王国内部で構想を繰り広げている人間の組織から思いっきりパクってきたとか言っていた。
お値段なんと白金貨120枚。
獣人会と抗争を繰り広げる組織にそれだけの資金力があるのも驚きだし、それを容赦なく全部パクってくる子供たちにも驚きだ。
まず間違いなく非合法なことをして稼いだ金なので良心は痛まないが、今頃その組織は大変だろうな。
犯人探ししても絶対に見つからないし。
俺は小さくため息を空に向かって吐きながら、適当なことを言う。
「その内、国でも買うか」
「いいねぇ。建国しちゃう?」
「そうだな。俺は国王って器じゃないから、龍二にやらせよう。俺達はアレだ。年金貰ってのんびり暮らす」
「龍二がブチ切れそうだね。“テメェも働けや!!”って」
「その時はアレだ。アイリス団長に泣きつこう。多分あの人なら何とかしてくれる」
「多分“働け”って言われると思うよ........」
国なんて作るもんじゃねぇな。
俺はそんなことを思いつつ、今年で最後を迎える生徒達に会いに行くのだった。




