救いようが無い
救いようが無い
夏休みも終わりに近づき、夏の暑さが若干和らぎ始めた頃。
久しぶりに休暇が取れた俺達は、家でのんびりと過していた。
偶には何もやらずにゴロゴロとする日があってもいい。生徒達に戦い方を教えるのは楽しいが、流石に毎日仕事に追われるのは精神的に疲れる。
肉体的にはそこまで疲れないんだけどな。ドラゴンの巣に放り込まれた方が疲れるし。
「それ、ロン。断幺九ドラ三満貫だ」
「うがぁぁぁぁぁ!!仁君!!私を狙い撃ちしてるでしょ?!」
そんな訳で、4人で麻雀を楽しむ俺達。
俺からのロンを食らった黒百合さんが、頭を抱え悲鳴をあげながら点棒を差し出す。
イスは毎日のようにリーゼンお嬢様の家に遊びに行っているので、今家にいる4人で麻雀を打っていた。
「いやいやそんな事ないよ。偶々だよ偶々」
「嘘つき!!だってコレで5回目だよ?!仁君が親になってから、ずっと私の捨牌で上がってるじゃん!!」
「偶々ダヨ偶々」
「絶対嘘だぁ!!」
勿論、狙ってやっている。
運が作用するこのゲームではあるが、イカサマを駆使すればそれなりの確率でテンパイまでは持って行けるのだ。
まだまだ麻雀初心者である黒百合さんとラファの目を誤魔化すのは簡単な上に、捨牌から何となく手が想像出来る。
今回は運が良かったのもあって、5回も黒百合さんから上がることができたのだ。
まぁ、俺の隣でジト目を向けてくる花音は全てに気づいているだろうが。
2人があまりにもイカサマに気づかないので、結構雑にイカサマをしている。俺がイカサマする前提でゲームを行う花音は、自分の配牌や捨牌を見ているよりも俺の手を見ている時間の方が圧倒的に長かった。
何も言わないのは、自分に対してイカサマが行われていないからだろう。
ついでに言えば、花音もちょろっとイカサマをして二番の位置をキープしている。
俺ほど頻度が高い訳では無いけどね。
「うぅ、後点数が1000点しかない。リーチしたら終わりだよー」
「頑張れ朱那ちゃん。ここからでも逆転できるよ........多分」
「そ、そうだよシュナちゃん。まだ死んではないんだから、希望はあるよ!!」
既に勝敗は決したという顔で黒百合さんを慰める花音と、本気でまだ勝てると励ますラファ。
この局が終わったら、次はラファに狙いを定めてやってみるか。と俺は思いつつ、配牌を自動卓に入れたその時だった。
影から子供の1人が顔を出し、俺の耳元でシャーシャー言い始める。
「どうした?」
「シャ、シャシャシャ、シャーシャー」
「はぁ?まだ懲りてないのかあの馬鹿息子。今度は暗殺者を雇ったって?」
「シャ、シャーシャーシャ。シャシャッ」
「........マジかよ」
子供の報告を聞き、頭を抱える俺。
せっかくの休日を台無しにしやがって。休日に上司から電話がかかってくるサラリーマンの気持ちが少し分かった気がするぞ。
俺の反応を見ていた三人は、俺の言葉で何となく事情を悟ると嫌そうな顔をする。
俺も同じ気持ちだが、これは伝えておかなければならない。
あのお嬢様がどういう対応をするのかは知らないが、俺達が何もしないというでは無いからな。
俺は報告に上がった子供に指示を出すと、子供は可愛らしく敬礼をして影の中に戻っていく。
これで、お嬢様にこの話が伝わるだろう。
それはそれとして、俺達もやるべき事が増えたが。
「大体察しがつくけど、何があったの?」
「ちょっと前に、この街に入り込んだ暗殺者の話をしたよな?」
「あー、多分?」
どうでもいい話だったので、花音は覚えてないのだろう。
俺だって、子供に言われなければ忘れていた存在だ。
「どうやらこの街でちょこちょこ仕事を受けていたみたいなんだが、どうやらあの馬鹿息子が暗殺したがってるって話を聞きつけて接触したみたいだ。んで、リーゼンお嬢様を殺そうとしてるってさ」
「其れは余り宜しくない話だね。と言うか、親は何をやってるの?子供の監視をしてたんでしょ?」
「監視をしてようが、その目から逃れられる瞬間ってのは必ずあるからな。トイレに行く時とか」
「だとしてもザルすぎるでしょ。子供達の監視技術を教育してあげたいね」
全くだ。少しは子供たちを見習えって話である。
まぁ、監視に着いているのが、専門の人間じゃないというのもあるだろうが。
「後、ベルン商会長が今この街を離れているのも原因だな。出来れば連れていきたかったみたいだが、もうすぐ学園が始まるから連れて行けなかったらしい。こればかりは、しょうがないと言えばしょうがないが」
「そのせいで自分の首を絞めてるんだよねぇ。リーゼンお嬢様がベルン商会を狙ってるって知らないのかな?」
「最初の盗賊達に依頼した奴もきっちり証拠を揃えてあるが、これだけならまだ何とかなったかもしれないのに。2回目は許されないぞ」
「親の教育って大事だねぇ。私達ってちゃんとイスの教育できてるよね?」
「........多分。これは当事者にはわからん話しよな。どう思う?」
隣で話を聞いていた黒百合さんとラファに聞くと、2人は苦笑いを浮かべた。
「うん。まぁ、一般常識や倫理観は大丈夫なんじゃないかな?ちょっと二人のことが好き過ぎる事が欠点だけど」
「この親にしてこの子ありって感じかなー。シュナちゃんと同意見」
アレ?2人とも顔が引き攣ってるぞ?
ドラゴンとしての本能を持ちながらも、人間社会でやって行けるように色々と教えてあげたはずだが、もしかして失敗してたか?
........いや、失敗はしてないが、イスが俺たちの事を好きすぎるのが問題なのか。
親バカにして子バカあり。ラファの言うことが正しいのかもしれない。
俺と花音は顔を見合わせると、一緒になって肩を竦めるのだった。
さて、こちらも準備しますかね。
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リーゼンの家では、メレッタとリーゼンが戦っていた。
初めてリーゼンと手合わせしたよ気よりも格段に動きが良くなっているメレッタだが、それでもリーゼンには届かない。
全ての攻撃を軽くいなされると、反撃として一発顔に拳を食らう。
「っつ!!」
「踏み込みが甘いわよ。もっと懐に入ってこないと」
「まだまだ!!」
その様子を見ていたイスだったが、影からベオークがひょっこりと出てきたことにより視線を外した。
「どうしたの?」
『緊急。リーゼンに暗殺者が仕向けられた。詳しいことはこの紙に全部書いてあるから、後はよろしく』
ベオークらそう言うと、子供達の指揮を取るために影の中に潜ってしまう。
ベオークの気配が消えたことを感じたイスは、手渡された紙を広げて中身を読んだ。
「あいつも懲りないの。そんなに死にたいの?」
イスは取り敢えずメレッタの居ないところでリーゼンにこと話を伝えようと判断すると、僅かな苛立ちを覚えながら二人の組手に視線を戻すのだった。




