イスの夏休み⑥
少々トラブルがありながらも、イス達はこの街で1番大きな商会であるアルゲイス商会にやってきた。
様々な品がやすく買えるということで、かなりの人で賑わっている。
イス達も、その人ごみに紛れながらショッピングを始めるのだった。
「これとかいいんじゃないかしら?ほら、メレッタちゃんにはよく似合うと思うわよ?」
「えぇ?!こんなフリフリとした可愛い服はさすがに似合わないよ。もう少し落ち着いた服が........」
「メレッタちゃん。貴方は自分の可愛さに気づけてないわ。試着してみましょう。絶対似合うから」
様々な服が売られているエリアで、リーゼンはメレッタに似合いそうな服を持って迫る。
リーゼンは度々思っていた。
メレッタもイスも勿体なさすぎると。
系統は違うが、メレッタとイスの容姿はかなり優れていた。
それこそ、学園ですれ違う者達の視線が2人に行く程には可愛いのである。
が、その可愛さを服で台無しにしているのも事実。
イスの服に関しては、傭兵団の制服であるためあまりどうこう言えないが、メレッタは違う。
何処か陰の匂いを漂わせる重い感じの服ではなく、煌びやかな服こそメレッタの可愛さを最大限に引き出せると思ったのだ。
そう言う点では、メレッタの母は自分の娘のことがよく分かっている。
今日メレッタが着てきた服は学園に着てきていた服とは違い、メレッタの魅力を全面に出せていた。
しかし、足りない。
もっとメレッタは可愛くなれるはずだ。リーゼンはこの原石をそのままにしておくのは勿体ないと、気合を入れて原石を磨こうとする。
もちろん、イスもだ。
傭兵団以外の服を着ることが禁止されている訳では無いという事を、仁から聞いている。
これを機に、二人が自分の身なりにもっと興味と自信を持って貰えるよう、リーゼンはいつも以上に気合を入れて服選びをしていた。
「イスちゃんもコレを着てみましょう。絶対に似合うわよ」
「え、嫌なの。私はこれで十分なの」
「........イスちゃん。貴方も自分の事が分かってないわ。イスちゃんも可愛いのよ。その可愛さをそのままにしておくのは勿体ないわ。それに、ジン先生やカノン先生に“可愛い”っていう褒められたくない?」
「う、それは........」
リーゼンの言葉に揺れるイス。
リーゼンはちょろいと思いつつ、さらに追い打ちをかけた。
「普段と違うイスちゃんが見れたら、先生達は喜ぶと思うけどなー。きっといっぱい褒めてくれるよ?可愛いんだし」
「う、うぐ」
イスの行動原理は、仁と花音に褒められたいと言うのが根底にある。
学園に行くことを決めたのも、イスの世界で完結できる生活を送れるようにし、万が一の為の避難場所としてなどと言っているものの、結局は仁と花音に褒められたいと言うのが本音だ。
事ある毎に二人はイスを褒めるが、イスはもっともっと褒められたかった。
そして、それを分かっているリーゼンは、その部分を重点的に攻める。
悪魔の囁きにも聞こえる誘惑は、イスの意思を曲げるのには十分だった。
「........分かったの。着てみるの」
「そう来なくっちゃ!!大丈夫、服の代金は私が払ってあげるわ!!私が押し付けているのだしね」
誘惑に負けたイスは、リーゼンから服を受け取ると試着室の奥に消えていく。
その様子を見ていたサリナは、自分の主のやり口にため息をついた。
「主人。アレでは詐欺をやっているように見えますよ。イス様のご両親を引き合いに出して........アレで褒められなかったら物凄い怒りを買いますよ?」
「あら、仮にも主人を詐欺師呼ばわりするなんていい度胸ね。これは教育が必要かしら?それと、イスちゃんも可愛いから大丈夫よ。先生達も可愛くなった我が子を褒めないなんて事は無いわ。あの二人は、何処かお母様と似てるしね」
「ジン様はともかく、カノン様は........いえ、なんでもありません」
何かを言いかけたサリナだったが、イスに聞こえている可能性もあるので黙っておく。
その先の言葉は、イスを怒らせる可能性があった。
イスが試着室で慣れない服と格闘する中、リーゼンは未だに抵抗するメレッタに近づく。
リーゼンの笑顔の奥に底知れないナニカを感じたメレッタは、肩をビクッと震わせて1歩後ずさった。
しかし、後ずさるだけではリーゼンの圧からは逃れられない。しっかりと肩を掴まれ、逃げ場を無くされると、にっこりと笑ったリーゼンが再び服を押し付けてくる。
「メレッタちゃんも着てみましょ?絶対に可愛いから」
「で、でも........」
「大丈夫よ。気に入らなければ買わなきゃいいのだし、着るだけだから........ね?」
「は、はいぃ」
メレッタは、背中にゾクゾクとした感覚を覚えつつ頷く。
結局、リーゼンの圧に負けたメレッタも試着室の奥に消えていった。
「これでよしっと。楽しみね。二人がどれほど変わるのか」
「そうですね。素材は最高級品と言っても過言では無いお二人ですから、調理の仕方次第ではかなり化けそうですね」
「でしょ?........って、サリナ。なんで貴方も服を持ってるのかしら?」
いつの間にか服を手にしているサリナ。リーゼンはその能力によって嫌な予感を覚える。
サリナの持っている服は、明らかにイスとメレッタには似合わなかった。
サリナは珍しくにっこりと笑うと、手に持った服をリーゼンに渡してくる。
反射的に受けとってしまった事を、リーゼンは深く後悔した。
「ねぇ、サリナ。私も着て来いって事かしら?」
「その通りです。主人。お2人だけに着替えさせるのは心が痛むでしょう?わたしが選んだ服を着て、皆で感想を言い合って貰えたらと思いまして」
「........いい趣味してるわね。後でお説教よ」
「そんな心外な。私は、主人と同じように服を選んだだけですよ?ちゃんと似合いそうなものをね」
にっこにこでそう言うサリナだが、明らかに楽しんでいるのがよく分かる。
サリナの感情に呼応して、背中からMonster君が出てきてはリーゼンに手を振っていた。
リーゼンはイスとメレッタに着替えさせておいて、自分は着替えないのはダメかと悟ると、ため息を着きながら試着室の奥に消えていく。
「これでメイド達に怒られることは無いでしょう。怖すぎるでしょ。買い物行くなら間違いなく服屋を見るだろうから、お嬢様にも服を着せろって。未来予知でもしてるんですかね?服屋に行くまでならともかく、主人が自分の服を選ばないことまで分かってるなんて」
サリナはそう言うと、人々の死角に交じってこちらを見ている元暗部のメイドに意識を向ける。
今頃、彼女はとても興奮している事だろう。お泊まり会をするとなった時に、一二を争う程気合いが入っていたメイドなのだから。
「元暗部と元暗殺者。いったい何が違うんですかね」
サリナは遠い目をしながら、三人が着替え終えるのをのんびりと待つのだった。




