イスの夏休み⑤
昼食を食べ終えたイス達は、屋敷を出てこの街で1番大きな店であるアルゲイス商会に向かっていた。
このアルゲイス商会はアゼル共和国の大きな町には必ずと言っていいほどある店であり、その街事の特徴に合わせて仕入れている商品が違う。
何かと流行に煩い首都から外れた街では流行モノを多く仕入れ、新しいことに目がない首都では目新しい商品を各国から取り寄せる。
そんな街に寄り添った商売の仕方が、ここまで大きな商会へと成長させたのだ。
もちろん、普段使う物も多く揃っており、品質にもこだわりつつもなるべく安く提供できるように心がけている。
この商会には庶民から裕福層まで、多くの人が足を運んでいた。
「イスちゃん、まだ食べるの?私の倍以上の料理を食べてたわよね?」
「ここの串焼きは美味しいの。つまり、そういうことなの」
「どういうことなのか分からないよ........羨ましいな。そんなに食べても全く太らないんだもの」
昼食を食べたばかりだと言うのに、イスは大通りで売っている串焼きを手に持ってパクパクと食べていた。
リーゼンとメレッタにも買ってあげようとしたが、二人とも昼食を食べた後で全くお腹が空いてない。
当たり前のことだが、イスの提案は断った。
昼食をほとんど食べていないサリナを除いて。
「確かに美味しいですね。この“炭火焼き”?と言う調理法のお陰で肉がとても香ばしくなっています。タレも甘辛く仕上げてあるので、エールととても合いそうですね」
「おー、サリナは分かる口なの。バルサルでは良くエールと合わせて傭兵たちが食べてるの。パパもママもお酒を全く飲まないから、そこら辺はよくわからんって言ってたけど」
「先生はお酒飲まないもんね。私達も15になったらお酒を飲めるようになるし、その時は皆で飲みましょうか」
「いいねそれ。私が酔ってもイスちゃんかリーゼンちゃんが看病してくれそうだし」
「.......その時はジン様もお呼びください。イス様が酔って暴れると私たちでは止めれないので」
「.......確かにそうね。その時は先生も呼びましょう。イスちゃんが暴れたら手の付けようがないわ」
「2人とも失礼なの。私は酒に負けるほど弱くないの」
イスが暴れた際の事を考えて顔を青くする二人を見て、イスは可愛らしく頬を膨らませながら串焼きを食べる。
イスはドラゴンだ。
そもそも人と違う肉体構造をしており、酒にも強い耐性がある。
それこそ、スピリタスの様なアルコール度数96%もある酒を樽飲みしなければ酔う事などない。
が、そもそもイスの正体を知らないメレッタと、ドラゴンと言う正体は知っていてもドラゴンがどれ程規格外なのか分かっていないリーゼンとサリナが心配するのも無理はない。
厄災級魔物という存在はそもそもが伝説であり、眉唾だと思う人々も多くいるのだ。
「四年後、皆で一緒にお酒を飲みましょう。もちろん、私の家でね」
「またお泊まり会になりそうなの」
「メイドさん達が凄い形相で仕事してそう」
「またあのメイド達の熱意を見ないといけないんですか........正直疲れますよ」
「いいじゃない。サリナは殆ど私の護衛で準備しないんだから。それに、15にもなればさすがのお母様も口出しはしてこないでしょ........多分」
最後の言葉に自信が無いリーゼン。
親にとって子はいつまで経っても子供なのだ。カエナル夫人の性格からして、口出ししてくる可能性の方が高い気がしたが、リーゼンはさすがにそんな事は無いと自分に言い聞かせる。
「ところで──────────」
リーゼンが何かを言いかけたその時、全員の足が止まった。
絡みつく粘っこい視線。明らかにこちらを意識しているのが分かる。
この中では1番弱いメレッタですら気づけてしまう程の視線に、リーゼンは不快感を表した。
「チッ、私の予感は当たるのよ。サリナ」
「既に指示を出しています。問題ありません」
「明らかにこっちに悪意がある視線なの。でも、私たちに気づかれるほどガン見してるってことは、素人なの」
「だ、誰かに目をつけられたのかな?三人ぐらい視線を感じるよ」
「恐らく、私とイスちゃんが揉めたバカ息子か、メレッタちゃんとイスちゃんが揉めた頭の足りないバカ娘のどちらかね。特にバカ娘の方は親も馬鹿らしいから、そっちの可能性の方が高いわ」
リーゼンはそう言うと、再び歩き始めた。
既に護衛として闇に隠れている者達が動いている。この気持ち悪い視線も直ぐに消えるだろう。
「私、ちゃんと自己紹介したわよね?元老院の娘だって。あれ?したっけ?」
「してないの。まぁ、していたとしても襲ってきそうだけど」
「それもそうね。向こうから滅びの証拠を出してくれるんだから、それでいいわ。メレッタがあの女を殴り飛ばすまでは、泳がせておきましょう。学年別の武闘大会が楽しみだわ」
殴り飛ばすことは確定なのか。
メレッタはそう思いつつ、友人との時間を邪魔しようとしたレナータに軽い殺意を覚えるのだった。
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ならず者達の中でも監視に優れている三人の男たちは、標的を発見していた。
渡された似顔絵と全く同じ顔をしている3人の少女と、その付き添いのメイド。
決して強そうには見えない4人組を見て、男達はゲスな笑みを浮かべる。
「おいおい、中々いいメイドもいるじゃねぇか。あれは楽しまないと損だよなぁ?」
「そうだな。その前にあのガキ共を攫わんといかんが、そのあとは自由だしな」
「ぐへへ。想像するだけでヨダレが垂れそうだぜ」
簡単な仕事、子供を3人攫うだけで大金貨を支払ってくれる依頼主。
彼らはこの仕事を簡単に捉えていた。
相手が金持ちというのは知っていても、それが元老院の娘と世界最強の傭兵団の娘というのは知らなかった。
見覚えのあるマークが描かれた服を着ている青髪の少女を見て、ただコスプレしてる子供だと勘違いしたのだ。
しっかりと相手の素性を調べていれば、こんな馬鹿な仕事には手を出さなかっただろう。
だがしかし、もう遅い。
「お嬢様に下衆な視線を送るな。社会のゴミが」
「あ?──────────うぐっ」
「あしべ!!」
「たわらば!!」
闇に隠れてリーゼンを護衛していた元暗部のメイドの1人が、ならず者たちを一瞬で無力化する。
その奥から、もう三人ほどリーゼンの使用人が姿を現した。
「連れていくか?」
「お願い。私は引き続きお嬢様の護衛につくわ。せっかくのお泊まり会を台無しにしようとしやがって。地獄におちて死ねよ」
ペッと唾を地面に吐き捨てたメイドはそう言うと、リーゼンたちの護衛に戻る。
その様子を見ていた執事の一人は小さく呟いた。隣で気絶したならず者達を縛り上げて、今にも殺しそうな目で睨むメイドたちにも聞こえないように。
「........そんなにお泊まり会って大事なものなのか?」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。我々は戻るとしよう。地下室にコイツらを連れて行って、話を聞かないと言えないからな」
「元諜報部の者が居ますからね。拷問は彼に任せましょう」
ならず者の三人が、この後どうなったのかは言うまでもない。




