イスの夏休み④
庭で日課となっている戦闘訓練を終えると、イス達は豪華な飾りつけが施されているリビングで昼食を取っていた。
普段はリーゼンの為に栄養バランスと予算を考えながら作られている料理であるが、お泊まり会という行事の日のためかなり奮発した高級料理が並んでいる。
明らかに予算オーバーだったが、母親がこっそり自らの財布から予算を出していたことを知っているリーゼンは何を言わない。
比較的庶民の金銭感覚を持っいるはずのカエナルが、今日に限ってとてつもない額を使っている事に驚きつつも、リーゼンは行儀よく料理を食べていた。
「料理長も気合いが入ってるわね........多分、メイド達とお母様に脅されたのね」
「あのおじさん、目が死んでたの。口は笑ってたのに」
「少し怖かったね。なんというか、同情しかないけど」
とある国の元宮廷料理人である料理長の料理は、文句無く美味しかった。
が、死にかけている料理長の顔と普段ならば絶対に覗き見しないメイド達が、こっそり(バレバレ)自分達の食事の様子を見ていることが気になり、落ち着い料理が食べられない。
リーゼンは後で説教してやると思いながら、この後の予定をどうするのかを話し合う。
「お昼を食べたらどうする?正直行き当たりばったりでしか考えてないから、良さそうな案があればそれで行くつもりよ」
「私はなんでもいいの。二人がいれば楽しいし」
「私もイスちゃんと同じかな」
「あら、皆同じ考えね。どうしましょう。家に居てもやることは少ないし、街に出向く?」
「いいと思うの。せっかくお小遣いを貰ったんだし、買い物してみるの」
「あまり高級店じゃなければ........」
「大丈夫よメレッタちゃん。高級店なんて行っても楽しくないわ。高いだけで、ほかのもので代用できるものしか売ってないもの」
この中で経済力が1番ないのはメレッタだ。
彼女の家は一般的な家であり、元老院の娘でも世界最強の傭兵団でもない。
イスとリーゼンもそこら辺は弁えているので、メレッタが気後れするような店に入る気はなかった。
「そうね。この街で1番大きな雑貨店に行きましょう。価格も安い物が多くあるし、きっと楽しいわ」
「おー、それはいいの。何回か入ったことはあるけど友達と行ったことはないの」
「あぁ、あのすっごく大きなお店だね。私も家族となら行ったことはあるかな。何を買ったのかはあまり覚えてないけど」
「アルゲイス商会の持っている1番大きな店よ。この国で1番大きな商会の1番大きな店なのだから、余計な邪魔も入らないしね」
リーゼンはそう言うと、最後に残った魚のソテーを口に運び果実水を飲み干す。
なぜ自分よりも倍近く食べているはずのイスの方が食べるのが早いんだと思いつつ、リーゼンは席を立った。
今のリーゼンには敵が多い。
元から敵はかなりいるのだが、そこから更に二人増えたとなれば警戒は十分にするべきだろう。
リーゼンの直感では、少し面倒事が起こると言っていた。
(護衛はイスちゃんが居るからいいけど、出来る限り私の手で始末したいわね。サリナは確定として、他にも戦える使用人を数名連れていきましょう)
リーゼンの使用人の殆どは、訳ありの人間が多い。
自分の隣で母親面をするサリナは元暗殺者であり、執事長はとある貴族に仕えた元執事だった。
更には、元暗部組織の者や元司教なんかもいたりする。
父と一緒にあちこちに回っていた時に見つけたり、首都のスラム街で見つけてきた人材ばかりであった。
もちろん、普通にメイドや執事をしている者もいる。最低限戦えるように教育を施されているが、荒事にはあまり向かない人材ばかりだ。
リーゼンは、近くで立っていたサリナに命令する。
「サリナ。護衛の選定をしなさい。今日は少し面倒な事が起きそうだわ」
「かしこまりました。主人の優雅な一時を邪魔する輩を素早く排除できるもの達を集めましょう。我が家の総戦力を持って、当たります」
「いや、そこまでしなくていいんだけど?」
「いえ、そうしないと私がメイド達に殺されそうなので。普段なら最低限の護衛を付けますが、今日ばかりは本気でやりますよ」
「........サリナも大変ね」
「主人ほどでは無いですよ」
サリナはそう言うと、一度頭を下げてから部屋を出ていく。
リーゼンの家の総戦力を相手にするとなると、相当な手練が必要となる。更には、イスと言う最強の護衛も存在するのだ。
「これは、ちょっと襲ってきた人が可哀想かもね」
リーゼンはそう言うと、料理長にお礼を言う二人の元に戻る。
今この時期に襲ってくる人と言えば、思い当たるのはベルン商会とあの小さな地方商会の娘である。
流石にそこまで馬鹿じゃないだろうと祈りたいが、馬鹿な可能性の方が圧倒的に高かった。
特に、シエル商会の会長は親バカらしい。
両親揃って親バカらしく、娘をこれでもかというほど溺愛していた。
だからこそアレだけ馬鹿に育ったのだろう。
リーゼンは、今日ぐらい直感が外れて欲しいと思いつつも、この勘は外れないと言う確信があるのだった。
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シエル商会。西にある地方では大きな商会であるが、首都では小さな商会として店を構えている。
あまり客が入っていないこの店に、珍しくそこそこの客が入っていた。
が、そのもの達の顔は厳つい。
明らかに普通の客では無い彼らは、楽しそうに話していた。
「楽な仕事だぜ。小娘3人を攫うだけでいいんだろ?」
「あぁ、しかも、金持ちらしい。一人は庶民らしいが、ほか二人はお偉いさんの娘なんだとか」
「羨ましいねぇ。生まれたその時から権力と財力を持ったお嬢様は。泥水を啜って生きてる俺達とは違うぜ」
「なぁ、その庶民の娘は好きにしてもいいんだよな?」
下劣な笑みを浮かべながら、僅かに下半身を膨らませる男。
その様子を見た仲間達は、一斉に顔を歪めた。
「おいおい、相手はガキだぞ?」
「だからこそ良いんだろ?俺はガキをヤる方が好きなんだ」
「普通にキメェ........」
ドン引きする仲間達。そんな中、シエル商会の会長であるブブタンがやってくる。
その重そうな体を揺らしながら歩いてくる姿は、まるで小さなオークだ。
よくこの豚から、あれ程綺麗な娘が生まれたものだと感心してしまうぐらい。
「聞くに絶えない会話だ。さっさと仕事にいけ。何のために雇ってると思ってる」
「はいはい。依頼主様。だが、俺達には俺たちのやり方がある。今、ガキ3人を仲間が探してる。見つけたら報告に来るんだ。そしたら俺たちの出番さ。その時まではここでくつろがせてくれ」
「........チッ、金をやるからどっか別の場所にいけ。娘の教育に悪い」
ブブタンはそう言うと、金貨を投げ渡す。
金貨を受けとったならず者は、仕方がないと言い放ち店を出ていった。
この後に待ち受ける悲劇を知る由もなく。




