イスの夏休み②
イスとメレッタは歩き慣れた道を行くと、リーゼンの家が見えてくる。
普段ならば、サリナが出迎えとして門の前にいるだけのはずなのだが、今日ばかりはその様子が少しおかしかった。
「........なんか凄い人が居ない?私の気のせいかな?」
「気のせいじゃないの。使用人達が並んでいるの」
リーゼンの家を囲んでいる鉄格子の向こうには、リーゼンの家で働いている使用人達がずらりと列を作って並んでいるのが見える。
イスもメレッタも、一瞬来る家を間違えたかと思うほど対応が違っているように見えた。
「リーゼンちゃん、気合いが入りすぎてない?ただのお泊まり会だよね?」
「多分、リーゼンちゃん以外が口を出してるの。少なくとも、私の知ってるリーゼンちゃんはもう少し理性があるの」
イスは、何となくこの出迎えを指示したのがカエナル夫人だと察していた。
花音やメレッタの母親同様、リーゼンの母であるカエナル夫人も子供以上にテンションが上がっているのだと。
恐らく、今のリーゼンの顔は疲れ切っているだろうと思いながら、リーゼンの家の前に来ると予想通りの顔をしたリーゼンが出迎えた。
「おはよう。2人とも」
「おはようございます」
「おはようなの。随分と気合いが入ってるの」
「先に言っとくけど、私が指示したわけじゃないからね?お母様にお泊まり会の話をしたら、私以上に張り切ってるのよ。ついでに言えば、メイド達も。見なさい。あの強面の執事長の顔が死んでるわ」
リーゼンはそう言って、今にも死にそうな顔をしている執事長を指さす。
それでも、溢れ出る気品の高さはさすがと言えるだろう。
顔が死んでいるが。
イスは心の中で執事長に手を合わせておく。イスやメレッタが遊びに来た時は、毎回礼儀正しく2人の事を可愛がってくれたあの執事長がここまでになるとは。
イスは、お泊まり会は魔のイベントなのでは?と思いつつ、視線を感じる方に意識を向ける。
「リーゼンちゃん。見られてるの」
「分かってるわよ。お母様でしょ?“それじゃ、楽しんでね”とか言って屋敷を出たはずなのに、こっそり覗き見してるのよ。困るわ。普通に」
「凄い視線を感じるね。なんというか、この瞬間を逃さないって言う意思が伝わってくるよ」
「ごめんね。いやホント。普段通り遊ぶだけのつもりだったのに、こんなに大事になっちゃって」
「いいのいいの。私もママが有り得ない程高い金額を持たせてきたし。ショッピングするからとか言って」
「私もだよ。普段着で行こうとしたら怒られた」
「........お泊まり会って親にとってはそんなに大事なものなのかしら?」
リーゼンは首を傾げながらも、さっさと家に入ろうということで使用人達が作った道を歩き始める。
すると使用人達は、リーゼン達が通り過ぎる直前で深くお辞儀をした。
イスは気にしてなかったが、普段軽く会釈をしてくれるだけの使用人達がここまで丁寧な歓迎をしてくれるとなると、メレッタとしてはむず痒い。
少し居心地が悪そうにしながらメレッタ達は、リーゼンの家に入るのだった。
扉を開けて屋敷の中に入ると、イスとメレッタの足が止まる。
普段何度も出入りしているリーゼンの屋敷は、華やかな装飾によって着飾られていた。
そのどれもが高級感溢れる物であり、あまりに普段とは違いすぎた光景に言葉を失う。
「........これはすごいの」
「凄いね。華やかな飾り付けがいっぱいだよ。パーティーでも開くのかな?」
「私と同じことを考えてるわね。全部お母様が指示して整えたのよ。お陰で昨日はドタバタよ。今日も2人が来るギリギリまで準備してたわ」
「それは大変なの」
「大変だね。同じ部屋なのに、全く違う世界に感じるよ」
疲れ果てた顔をするリーゼンと、同情してしまう2人。
一体この装飾を飾るのに、どれだけの金と時間がかかっているのやら。
なんなら、片付けをする時間もあるのだ。
そのことを考えると、2人は少し申し訳なくなってしまう。
「さ、私の部屋に行きましょう。安心してちょうだい。私の部屋は特に変わったところはないわ」
「リーゼンちゃんの部屋までこんな風になってたら、目がチカチカするの。もう既にしてるけど」
「あはは。リーゼンちゃんの部屋まで装飾されてたらびっくりだよ」
3人はそう話しながら、リーゼンの部屋に向かう。
その道中、つい先程まで頭を下げていた使用人達ガ何故か既に屋敷の中におりすれ違ったが、イスもメレッタも突っ込むことはしなかった。
リーゼンの部屋に入ると、リーゼンはようやく解放されたと言わんばかりにソファーに座り込む。
何度もリーゼンの家を訪れて居る二人も、慣れたようにソファーに座った。
「疲れたわ。まだ何もしてないのに」
「全くなの。皆今日はおかしいの」
「お母さんも変だったし、お泊まり会ってそんなに気合を入れてやるものなのかな?」
「さぁ?少なくとも、私たち三人の親はそうだったみたいね。何で遊ぶ本人よりテンションが高いのよ........」
愚痴が止まらないリーゼン。
そんな中、扉がノックされる。
リーゼンが入る許可を出すと、疲れた顔をしたサリナが紅茶を持ってやってきた。
「失礼します........主人。あのメイド達はどうにかならないのですか?先程から気合い入りまくりでちょっとウザイです」
「諦めなさい。主人である私の言うことにすら耳を傾けないんだから。私はもう諦めたわ」
「サリナは普通なの」
「おはようございます。サリナさん」
「おはようございます。イス様、メレッタ様。私はこう言う行事には一切参加してこなかった人間ですので、ただのお泊まり会にあそこまで気合を入れる意味が分かりません。世間ではアレが一般的なのでしょうか?」
サリナはそう言いつつも、テキパキと紅茶を並べて茶菓子まで用意する。
元暗殺者と言えど、メイドとしての生活が染み付いたサリナからすればこの程度は朝飯前だ。
ちなみに、サリナの背中からはひょっこりとMonster君が顔を出している。
彼はイスと軽くハイタッチし、メレッタとも握手をしていた。
「一般的........なのかしら?メレッタの家でもメレッタのお母様の方がテンションが高かったみたいだし」
「そうなんだよ。普段着で行こうとしたら、怒られたんだよ。しかも、ショッピングもするだろうからってお小遣いを渡してくるし........」
「あぁ、主人を渡されていましたね。確か、大金貨を」
「だ、大金貨........」
サラッとメレッタが見たことない大金を渡されたと告げるサリナ。
大金貨という言葉に聞き馴染みのないメレッタは、目を大きく開けて固まってしまった。
メレッタは庶民なのだ。当たり前のように大金貨が飛び交う業界に居なければ、白金貨がゴミのようにあるどこぞの傭兵団でもない。
リーゼンは、メレッタの反応を見て少し笑う。
“普通はそういう反応をするよね”と。
「どっからこんな大金を持ってきたのかしらね?イスちゃんも渡されたんでしょ?」
「渡されたの。金額にして白金貨1枚分。ママは私が豪邸でも買うと思っているのかな?」
「白金貨........????」
規格外すぎる金額に、メレッタは口を大きく開けて固まる。
イスとリーゼンは、そんなメレッタの反応を楽しみながらゆっくりと紅茶を飲む。
こうして、三人の少女たちのお泊まり会が始まった。




