イスの夏休み①
仁達が夏休みにもかかわらず学園へ赴き授業をしている頃、イスはまずメレッタの家に向かっていた。
リーゼンの家でお泊まり会をすることとなったイスだが、イスはお泊まり会という物がよく分かっていない。
仁や花音から聞いた話だと普通に遊んで家に泊まるだけらしいが、毎日のように会っては遊んでいる友人達の家に泊まってもさほど普段と変わらないと思っていた。
仁はイスがお泊まり会をすると聞いて、片っ端から遊び道具をイスに持たせ、花音は“女の子同士で遊ぶんだからショッピングの1つでもするでしょ”と言って白金貨1枚分に相当するお小遣いをイスに持たせている。
完全に親バカであるが、我が子が友人の家に泊まることが嬉しくてたまらない両親を見て笑っている天使と、そもそも友人が全くおらずお泊まり会をしたことが無い天使しかいないとなれば、仁と花音の行動を止めることは出来ない。
長年のときを歩んできたラファエルだけは、“そんなに持たせなくてもいいでしょ”とは思っていたものの、口を挟むことは無かった。
何より、普段よりもテンションが高い花音の姿を見て、ラファエルが口を挟めるわけもなかった。
「流石にちょっと止めて欲しかったの。ラファエルの野郎。私をの困り顔を見て楽しんでたの」
イスが若干困り顔をしていたのを楽しんでいたラファエルが、未だにイスに嫌われている理由である。
そんなこんなありながらも、イスはメレッタの家の前に着いた。
扉を二回ほどノックすると、メレッタの母親が出てくる。
「はいはい........あら、イスちゃんじゃない。おはようございます」
「おはようございますなの。メレッタはいる?」
「居るわよ。あの子を宜しくね」
メレッタの母は“呼んでくるから待ってて”と言うと、扉の奥に消えていく。
幼少期から変わり者だったメレッタに、イスとリーゼンと言う友人が出来たことがあまりにも嬉しく、娘よりもテンションが上がっているメレッタの母を見て、イスは“親って似るんだな”と思うのだった。
数分後、学園で会う時よりも可愛らしく着飾られたメレッタが、家から出てくる。
普段着ている安っぽい服ではなく、外出するも時に着るしっかりとした服だ。
家から出てきたメレッタは、風に靡くスカートを恥ずかしそうに抑えている。
「お、おはよう。イスちゃん」
「おはようなの。普段とは随分と違った格好なの」
「へ、変かな?」
「そんなことないの。とっても可愛いの!!」
混じりっけのない笑顔を見たメレッタは、それがイスの本心だと悟るとどこか安心したように胸を撫で下ろす。
そして、肩を落としてイスに小さな声で愚痴り始めた。
「私は最初普段の服装で行こうと思ったんだよ?多分、訓練もやるんだろうなーと思って」
「おー、たぶん少しはやると思うの。毎日鍛えないと、力が付かないの」
「でしょ?でも、私よりもテンションが高いお母さんが、友達の家に泊まりに行くのだからしっかりと着飾りなさいって言って聞かなくてね........しかも、買い物もするだろうからって言って、銀貨3枚も渡してきたんだよ。こんな大金持ち歩いたことないから、怖くて怖くて........」
「お、おぉ、それは確かに怖いの。でも、暴漢に襲われたとしても、今のメレッタなら余裕で逃げられるの」
今ここで、白金貨1枚分の金銭を持っていると言ったら、メレッタはどんな反応をするのだろうか。
イスはそう思いつつも、何も言わないことにしておいた。
ただ、親の思考というのは似るんだなと、イスは花音を思い出す。
「それじゃ、行くの。リーゼンちゃんも首を長くして待ってるの」
「そうだね。さっそく行こっか。リーゼンちゃんの家に」
2人はそう言って、リーゼンの家に向かって歩き始める。
昨日からリーゼン以上にテンションが上がっているカエナル夫人と使用人達が、気合を入れてお泊まり会の準備をしている事など知る由もなく。
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イスとメレッタがリーゼンの屋敷に向かい始めた頃、リーゼンの屋敷は戦場と化していた。
呼んでもないのに出てきたカエナル夫人が指揮をとり、使用人達が慌ただしく動いている。
「........どうしてこうなったのかしら?」
その様子を見て、蚊帳の外に出されてしまったリーゼンは頭を抱えた。
一昨日の夜。家族で夕食を取っていたリーゼンが、自分の家にイスとリーゼンを招いてお泊まり会をすると言うことを言ってしまったのが事の発端だ。
父であるブルーノは、“いいじゃないか。明後日は暇だし、リーゼンの友人の顔を見るとしよう”と言っただけであった。
母であるカエナルも同じような反応をすると思っていた。
が、しかしである。
“お泊まり会ですって?それなら気合を入れて準備しないといけないわね。リーゼン。明後日のお泊まり会の準備は私も参加するわ”
と、やけにテンション高く身を乗り出してきたのである。
そして、昨日。カエナルは宣言通りリーゼンの家にやってきて、いつも間にか使用人たちを仕切って準備を始めてしまったのだ。
さらに言えば、使用人も問題である。
特にメイド達がやけに気合いが入っており、あの恐ろしいと恐れられていたはずの執事長を相手に1歩も引かない姿勢を見せていた。
あまりの熱量と底知れない何かに負けた執事長は、今やメイド達に指示を出されてあれこれ動く駒になってしまっている。
「ねぇ、サリナ。なんでここまで皆気合いが入ってるのよ。パーティーを開く訳じゃないのよ?」
「いや、闇に生きてきた私に聞かないでください。私も驚きのあまり言葉を失っているんですから」
隣でリーゼンの護衛として控えるサリナに話しかけるが、返ってくる返答は困惑のみ。
元暗殺者であるサリナから見れば、この光景は異質に思えた。
「お母様に何か言ってよ。私の話をまるで聞かないのよ?」
「今の奥方様に何を言っても無駄でしょう。後、普通に怖くて話しかけられません。あの執事長ですら、メイド達に怯えて動く駒として働いていますからね」
「........お泊まり会をするだけなのに、どうしてここまで気合を入れるのよ。毎日訓練のために来てた時はそんなこと無かったのに」
「ご友人が来る時に毎度このような事をしていれば、まだ理解できるのですけどね........お泊まり会の時だけここまで気合を入れるのは理解できません」
「でしょ?しかも、お母様が“女の子なんだからショッピングの一つや二つするでしょ?”とか言って大金貨を小遣いとしてくれたのだけれど。こんなに使わないし、そもそもこのお金はどこから出てきたのよ........」
リーゼンはそう言うと、天井を向いてため息を着く。
願わくば、イスとメレッタの2人がこの気合いの入りまくったメイド達をみて、笑いとばしてくれ。そう思うのだった。




