√分岐J
イスが問題を起こしたその日、軽く学園長に怒られただけで済んだ俺は授業を終えて家に帰っている途中だった。
家に帰ったらイスを叱ってやらないといけないなと思っているが、正直あまり強くは怒れる気がしない。
俺の隣を歩く花音も同じだろう。親の為に起こった子供を叱れる程俺も花音も厳しくはなかった。
「イスはリーゼンの家に遊びに行ったのか。遂に、家に帰る前に友達の家に遊びに行く時が来たんだな」
「そうだねぇ。イスも友達が出来て、遊びに行く時期になったんだねぇ。親離れも早いかも?」
「それは........寂しいな。でも、いつかは離れる事になる。俺と花音は人間で、イスはドラゴン。寿命が違いすぎるからな」
「まぁ、不老になるぐらいはできるんだけどね」
サラッと人智を超えたことを言う花音ではあるが、不老になるぐらいならできなくもない。
俺の異能の本質は、天秤を操作する事。概念にすら影響を及ぼせるその異能は、使い方によっては不老不死すら体現できてしまう程だ。
何故やらないのかと言われれば、その過程で少しでもミスると死ねるから。
特に不死に関しては、全く持ってできる気がしない。
理論上可能というのは、ほぼ不可能と同意義なのだ。
ちなみに、花音もその異能によって不老を得ることは出来るらしい。詳しくは聞いてないが、花音の場合は現実的だとか。
そんな事を話していると、後ろで話を聞いていた黒百合さんか寂しそうに話に入ってきた。
「仁君も花音ちゃんも死なないで欲しいな。私一人を残して旅立たないでよ」
「黒百合さんは天使だからな。寿命はあってないようなものだし。殺されない限りはずっと生きていくのか」
「そうだよ。今は楽しいけど、全てが無くなった時が寂しいなぁ」
「私がいるじゃない。私だけじゃ不満?」
「ラファだけよりも、仁君と花音ちゃんがいた方が楽しいでしょ?失うものは少ない方がいいに決まってるよ」
「........それはそうね」
天使と言うのは、種族の特性上決して老いることは無い。
自殺か殺されない限り天使が死ぬことは無いのだ。俺達がこの世界の流れに身を任せれば、最終的に残るのは黒百合さんとラファの2人のみ。
今は世界最強の傭兵団と言えど、時の流れには勝てないのである。
あの自由すぎる厄災級魔物達にも寿命はある(ファフニールが言っていたので間違いない)し、形あるものはいつかは崩れるのだ。
「不老か........どうする?」
「仁に全て任せるよ。仁が死ぬなら私も死ぬし、仁が生きるなら私も生きる。それだけの話だよ」
相変わらず愛が重い花音は、さも当然のようにそう言う。
この問題は後回しでいいかな。もっと歳を考えてから、考えるとしよう。
日本人お得意の先送りを決め込んだ俺は、ふと横道に視線が向いた。
普段何度も見ているはずのその道。誰も露店などやってなかったはずの道に、今日は誰かが居る。
「あんなところで物売りしてる奴なんて居たか?」
「ん?居なかったと思うね。誰か新しい商売でも始めたのかな?」
少し気になってしまった俺は、横道に逸れるとそこで売っているものを見る。
売主は不気味な仮面を付けた小さな人であり、子供と見間違う程身長が低かった。
「こんばんは。絵を売ってるのか?」
「........(コクリ)」
声は一切上げず、ただ頷くだけの売主。
道端に広げられていたのは、抽象的な絵だった。
絵の具がグチャグチャに描かれており、正直何を表しているのか分からない。
こう言っては失礼に当たるが、誰でも描ける子供の落書きと大差ない絵が並んでいた。
なるほどわからん。
俺に芸術が理解出来る脳が無いことはわかっているが、これはさらに何が何だか分からない。
まだ魂を込めて書いたただの十字の方が、理解できそうだ。
様々な色が混じった混沌としたその絵。
芸術家が相手なら高く評価してくれるかもしれないが、一般人には到底理解の及ばない抽象的過ぎる絵。
俺は売主に聞こえないぐらいの声で、花音に話しかける。
「これがなにか分かる?」
「分かんない。正直、私の絵の方が上手く見えるよ」
「花音の絵も大概だけどね?あの地獄絵図と比べるのはさすがに失礼すぎるだろ」
「失礼な。私はまじにアレを書いてるんだよ」
「尚更ダメじゃねーか。真面目に描いて地獄絵図を作れるのは狂気だよ」
コソコソと話す俺達を他所に、黒百合さんとラファは絵を見て少し楽しそうに話し合う。
俺と花音には理解できない世界の話だが、二人があーだこーだ話しているのを見るとそれなりに理解出来ているようだ。
凄いな2人とも。俺には全く理解できないぞ。
「これいいね。海と大陸を表したものですよね?」
「(コクリ)」
「買おっかな。私の部屋に絵とか一切飾ってないし。お幾らですか?」
仮面を被った無口な小人は、“銅貨五枚”と書かれたメモを取り出す。
何度もメモを折った形跡を見るに、このやり取りを何度もしているのだろう。
それにしても、銅貨5枚か。かなり安いな。
俺の部屋には、あのオカマ店主であるエリーちゃんの彼氏のラベルの絵が飾ってある。
ちゃんと律儀に額縁に入れて、飾ってあるのだ。もう1つぐらいは飾ってもいいかもしれないな。
何も買わずに帰ると申し訳ないと言う気持ちもあるので、俺も直感で“コレ”と決めたものを買おうとした時だった。
「(フルフル)」
「........ん?俺には売ってくれないのか?」
「........」
絵を手に取ろうとすると、小人がそれを阻止してくる。
もしかしたら、先程の会話が聞こえていてこの人を不愉快にさせてしまったのかもしれない。
そう思っていると、小人さんはもう1つのメモを取りだして俺に見せてきた。
“今から描く。5分待って”
俺が頭の上に?を浮かべていると、小人はものすごい勢いで絵を描き始めてしまった。
俺の為に絵を描いてくれるのか?よく分からんが、5分待ってみるとしよう。
もしかしたら、抽象的な絵の価値が分からない人のために、リアル描写で書いてくれるかもしれない。
そんなことを思いながら、花音達と話して待つこと5分。
小人は絵を書きあげて俺に見せてきた。
「........抽象的だねぇ」
「ん?んー何を表してるんだろう?」
「分からないねー」
花音達が各々反応を見せる中、俺はその絵が何を表しているのか直感的に分かった。
黄色と白を基盤とし、その中に赤と黒が混じっている玉が1つ。
これは、俺の異能だ。何となくだが、そう感じた。
「........幾らだ?」
「(フルフル)」
値段を聞くと、小人は首を横に振る。
“お代はいりません”か。
俺はお言葉に甘えてその絵をタダで貰うと、自分の部屋に飾っておくのだった。
そうだな。ラベルから貰った絵の横にでも飾っておこう。
見栄えは良くなるしな。
翌日、絵を売ってくれた小人を探したが、見つかることは無かった。
既に、この街を出て行ってしまったのか。あの小人には、一体何が見えていたのだろうか。
俺はそう思うのだった。
書こう書こうと思って書いてなかったお話。分岐の仕方は、ifにて(めっちゃ後)。




