イスの学園生活⑮
高級住宅街をしばらく歩けば、リーゼンの家が見えてくる。
普段お目にかかれない大きな屋敷をじっくりと見ることが出来たメレッタは上機嫌であり、足取りも軽かった。
「あれが私の家よ。因みに隣がお父様とお母様の家ね」
「........?別々に暮らしてるの?」
「そうよ。とは言っても、家族か仲が悪いわけじゃないから安心して。自立出来るようにしているだけだから」
さも当然のように言うリーゼンだが、庶民のメレッタからすれば意味のわからないことである。
まだまだ子供であるのにも関わらず、既に未来を見据えて自分の家を持つといえのは普通の子供ではできない話だった。
そもそも、自分の家を持つことすら出来ない。
リーゼンの口調から、恐らく自分で稼いだお金で買った家なのだと察したメレッタは、つくづくリーゼンの規格外すぎる行動に驚かされる。
「凄いねリーゼンちゃんは。自分の店を持ってる所か、家まであるなんて。しかも、あの家一から作ったやつでしょ?1度家を取り壊してると思う」
「よく分かったわね。その通りよ」
「ほかの屋敷は似たような構造だけど、リーゼンちゃんの家は横に広いと言うよりは縦に長いからね。明らかに他の家とは違うから、分かりやすいよ」
サラッと作り替えたことを当てるメレッタに、今度はリーゼンが驚きつつもリーゼンは自分の家に足を踏み入れる。
イスとメレッタも後に続き、2人が足を踏み入れたのを確認してリーゼンは少し演技がかった声で言った。
「ようこそ我が家へ。まずは適当に家の中を回ってみましょう」
メレッタ達がリーゼンの家に訪れたのは、メレッタを強くするためだ。
しかし、メレッタ本人の反応を見るに家の様子を見てみたいと言うのがひしひしと伝わってくる。
この状況で戦闘訓練を行ったとしても、メレッタが集中できないと察したリーゼンは、まずメレッタの欲求を満たしてやる事を選んだ。
家に入る前に、メレッタは早速気になる場所を発見する。
「凄いよイスちゃん。土台の石が大理石だよ。しかも、ちゃんと劣化防止の加工もされてる。これだけでかなりの値段がするよ」
「おー、確かにそうなの。今まで意識してこなかった場所だから、全然気づかなかったの」
「それに、土の上に家を建てるだけじゃなくてちゃんと強度を出せるように、地面に杭を撃ち込んでるね。流石は高級住宅。これだけで私達庶民の家が一軒立つよ」
「あら、そんなにここにはお金がかかるのかしら?」
「うん。杭の素材がそもそも鉄と魔物の骨とかの合金だから、材料費だけでかなり値段が行くでしょ?基本、木の杭を少し打つだけの私たちの家と違って、かなりの数を撃ち込んであるし、真っ直ぐ打ち込むのも技術がいるんだよね。人件費とかも考えれば、妥当な値段だと思うよ」
相変わらず建築のことになると饒舌なメレッタは、その後もペラペラと建築の知識を語りながらリーゼンの家をくまなく見ていく。
イスとリーゼンは当初の目的である“メレッタの強化”を覚えていたが、当の本人はすでにそのことを忘れて家の見学を楽しんでしまっている。
イスとリーゼンは顔を見合わせると、“今日はダメそうだ”と一緒になって肩を竦めていた。
メレッタがその目を輝かせながら、普段は中々見ることの出来ない高級住宅の細部を見ていると、一向に家へと足を踏み入れないことを疑問に思ったサリナが外へ出てくる。
「主人。何をしているのでますか?」
「あら、サリナ。見ての通りよ」
「久しぶりなの」
「お久しぶりですイス様。それで、見ても分からないから聞いているのですが?」
サリナはリーゼンが指さす方向に目を向け、地面に寝そべって気持ち悪い笑みを浮かべるメレッタを見る。
変態だと言うことはよくわかったが、何をしているのかはさっぱりだった。
「まず、どなたでしょうか?」
「メレッタよ。一年の下級クラスの。私とイスちゃんの友人ね。失礼のないように」
「それは重々承知しております。それで、メレッタ様は何をしていらっしゃるのですか?」
「見てのとおり、私の家を見学してるのよ。あの子、建築が大好きな変わり者らしくてね。普段見れない高級住宅をじっくり見れて、喜んでるわ」
「........はぁ、なるほど?」
建築が好きでも、あんな風に地面に寝そべって気持ち悪い笑みを浮かべるか?とサリナは思いつつも、とりあえずは頷いておく。
半分親代わりのような存在であるサリナからすれば、リーゼンがイス以外の友人を連れてきたことが嬉しかった。
良くも悪くも、すでに大人としての思考を持つリーゼンと波長の会うものは割と少ない。
イスはその賢さからリーゼンと仲良くできるが、学園に通う生徒たちの殆どはまだ子供だ。
問題を起こすなどの心配は一切していないが、友人関係という面では心配するのも仕方がない。
リーゼンの母であるカエナル夫人も、リーゼンがイス以外の友人をちゃんと作れるのか心配しているのだから。
これは早急に奥方様に報告に行かなければ。
サリナはそう思いつつも、あの変人を紹介しても大丈夫なのか?と心配に思う。
そもそも、リーゼンの父が誰なのかも知らないのではないのだろうか。
でなければ、あんな風な行動を取るわけが無い。
「主人。メレッタ様は主人の父を知らないのでは?」
「知ってるわよ。イスちゃんが教えたみたいだから。ちゃんと私が元老院の娘だって知っている上で、あんな行動をしているのよ。すっごく面白い子でしょ?」
「えぇ、面白いと言うか、肝が座りすぎているというか........」
「サリナ、大丈夫なの。メレッタちゃんは建築が絡まなければ普通の女の子なの」
「........建築が絡んでいる時は?」
「........見てのとおり変人なの」
その欠点で全てを台無しにしてるよ。とサリナは思いつつも、リーゼンの父親が誰なのかを知った上であれほど変な行動を取れるメレッタにある意味感心する。
リーゼンは、親を知ったから態度を変えると言うのを嫌っている。
もちろん、態度を変えなければならない場面もあるが、プライベートまで親にすり寄ってくる輩はリーゼンを不愉快にさせた。
目の前で今度は家の壁を触りながら不気味に笑うメレッタを、リーゼンが気に入るのも無理はないだろう。
あぁ言う手合いは、自分の好きなことになると周りが見えなくなるのだ。
「ある意味、大物ですね」
「でしょ?メレッタは絶対に面白いことをやってくれるわ。卒業したら、私のところで雇うって決めてるの」
「それはそれは。奥方様もお喜びになられますよ。主人が学園でイス様以外の話をしないから、イス様以外に友人がいないのでは?と心配していましたし」
「それは、イスちゃん以外に面白い子がいなかったのよ。でも、見つけたわ。イスちゃんのお陰でね」
結局、その日はメレッタがリーゼンの家をじっくりと見て回るだけで終了してしまった。
しかし、楽しそうなメレッタを見れて満足気なイスとリーゼン。そして、普段見れない家を見てれ満足したメレッタ。リーゼンがイス以外の友人と楽しそうに話すのを見て、微笑ましく思うサリナとリーゼンに雇われている使用人達。
皆が皆幸せそうだったので、これはこれで良かったのだろう。




