イスの学園生活⑭
放課後、イスはメレッタとリーゼンと一緒に下校していた。
メレッタは早速イス達と訓練をすることとなり、一旦家に帰ってからリーゼンの家に集まる手筈になっている。
が、メレッタはリーゼンの家がどこにあるのか分からない。その為、イスとリーゼンはメレッタの家まで着いて行く事となった。
「ただいま」
大通りから遠く離れた細道に立つ住宅街の1つに、メレッタの家はある。
アゼル共和国では一般的な一軒家が、メレッタの住まいだった。
「正直、滅茶苦茶に改装されまくった家に住んでいるのかと思ったわ。アレだけ建築が好きなんだから、家の改造を勝手にしてるのかと........」
「同感なの。でも、違うみたいなの」
普段のメレッタを見ている2人は、メレッタの家が普通のことに驚いた。
なぜこの家に住んでいて、あそこまでの建築オタクが生まれるのかと不思議に思う。
もしかしたら、家の中は改装されまくっていて別世界になっているのかもしれないと思いつつ、メレッタが家から出てくるのを待った。
数分後、扉を開けて出てきたのはメレッタとメレッタによく似た母親だった。
メレッタをそのまま大きくしたらこんな風になるのでは?と思うほど瓜二つの母は、イスとリーゼンを見て目を輝かせる。
「あなた達がメレッタのお友達?」
「そうなの」
「はい。メレッタちゃんとは親しくして貰っています」
リーゼンは今日あったばかりだが、友人となるのに時間は関係ない。
2人がノータイムで“友人”と言った事をメレッタは嬉しく思いつつも、相手は世界最強の傭兵団の娘と元老院の娘なんだから失礼のないようにしてくれと心の中で祈る。
先に伝えておけばよかったと後悔するメレッタを他所に、メレッタの母は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとね。この子、あまり学園の話をしたがらないから、てっきり友達なんて居ないと思ってたわ。今後とも仲良くしてあげて頂戴ね」
「大丈夫なの。メレッタちゃんとは永遠に友達なの」
「はい。メレッタちゃんとはどれだけ時が経とうと友人です」
「ちょ、お母さん........」
イスとリーゼンにペコペコと頭を下げ、メレッタをよろしくと言う母を見て、メレッタは恥ずかしくなって頬を赤らめる。
イスもリーゼンも、母の前であたふたとするメレッタを微笑ましく見ていた。
「メレッタ、日が暮れる前までなら大丈夫だからね」
「分かった。夕飯前までには帰ってくるよ」
娘が初めて連れてきた友人との時間を奪うのは宜しくないと判断したメレッタの母は、色々と話したいことを我慢してメレッタを送り出す。
その顔には、“家に帰ってきたら根掘り葉掘り聞いてやろう”と言う表情が見て取れた。
“気をつけるのよー”と言うメレッタの母の言葉を聴きながら、メレッタ達はリーゼンの家へ向かう。
道中の話題はもちろん、メレッタの母についてだった。
「メレッタちゃんにそっくりだったの。親子ってあんなに似るものなの?」
「アレは特殊でしょ。ほら、私とお母様は似ても似つかないでしょ?」
「.......確かに。“顔は”あまり似てないの。少し面影を感じるけど」
「なにか含みのある言い方ね。何が言いたいのか何となくわかるけど、イスちゃんも似たようなものよ?」
「自覚してるの。パパの自由さとママの嫉妬深さを私は見習ったの」
「いや、それ一番見習っちゃダメなやつ........」
胸を張って親から受け継いだ物を語るイスに、リーゼンは呆れかえりながらメレッタにも話題を振る。
イスの両親のことをあまり知らないメレッタは、“一体どんな人なんだ?”と首を傾げるだけだった。
「メレッタちゃんのお母様は、建築が好きだったりするのかしら?」
「ううん。お母さんは普通だよ。お父さんも。趣味は確かにあるけど、建築が好きなわけじゃないね」
「あら、てっきり親の影響で建築が好きになったかと思ったわ」
「昔、家に置いてあった世界の建造物って言う本を読んだのが原因だよ。そこから建物が好きになって、建築の方に移ったって感じかな」
「へぇ、そんな本があるのね」
リーゼンは、顔が似ると性格は似ないのか?と考えながらメレッタと話を続ける。
3人の少女が楽しそうに話すその姿は、正しく放課後の友人達の会話だった。
暫く歩くと、開けた場所に出てくる。
ここは大きな屋敷が幾つも立っている場所であり、金持ちが住む家だ。
イスはリーゼンの家に何度も通った事があるので慣れているが、数える程度しか来たことの無いメレッタはその屋敷一つ一つを見て目を輝かせる。
「凄い大きな屋敷だね」
「ここら辺にはあまり来ないのかしら?」
「うん。ほら、ここら辺に住む人達って皆権力者とかでしょ?私は屋敷を色々と見て見たかったんだけど、面倒事が起こるから辞めておけってお母さんに言われて、行かないようにしてたんだ」
「それはお母様が正しいわね。家をじっと見てると、衛兵がやってくるわ」
「そうなの?」
首を傾げるイスに対して、リーゼンは真面目な顔で答える。
「権力者は恨みを買う生き物だからね。知らない場所で知らない人の恨みを買うことがよくあるのよ。そんな人の家をジロジロと見ている奴がいたら、警戒もするでしょ?」
「なるぼどなの。例え子供でも、その恨みを買っている奴の手先かもしれないと言う事なの」
「話が早いわね。そういう事よ。赤子とかなら話は別かもしれないけど、赤ん坊が1人でハイハイしているのはそれはそれで問題だしね」
「........フフッ」
メレッタは、赤子が1人でこの道をハイハイする光景を思い浮かべて笑う。
あまりにシュールすぎるその光景は、メレッタのツボに入ってしまった。
「ふ、フフフフ」
「メレッタちゃん、怖いわよ?」
「ひとりでツボに入ってるの。多分、1人でハイハイする赤子を想像したんじゃない?」
「........フフッ、それは確かに面白いわね。幼き子の一世一代の大冒険って感じで」
「多分、すぐに誰かに捕まって大泣するのがオチなの」
しばらくツボに入って不気味に笑うメレッタを見て、イスは“人の笑いのツボって分からないものなんだな”と思うのだった。
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首都に構えるエリス商会の店。その三階にはレナータの部屋がある。
彼女は、自分の部屋で暴れていた。
「なんなのよ!!あの愚民ども!!絶対に許さないわ!!」
イスの逆鱗に触れたレナータは今日、自分で作り出してしまった水溜まりのせいで学園を休むことになった。
取り巻きも一緒になって水溜まりを作っていたので彼女たちは何も言わなかったが、自分達の上に立つ者が惨めな姿でお漏らしする姿を見て幻滅したことだろう。
何より、いい歳をして漏らすと言うその姿がレナータを辱めた。
年頃の少女にとって、この傷は深く重い。
「あのメレッタのゴミも!!その隣にいたクズも、途中から出てきたあのアマも!!お父様に言って消してもらうわ!!」
レナータはそう言うと、枕を何度も床に叩きつけて怒る。
願わくば、レナータの父が賢く娘を叱ってくれる事に期待するしかなかった。




