イスの学園生活⑬
学園を出て大通りしばらく歩くと、人の行列が見えてくる。
“荒野の湖”は今日も繁盛していた。
「相変わらず凄い人の数だね。昼放課の間に行こうと思ったら、並ぶだけで時間が終わっちゃうよ」
「私達は並ばなくていいから取れる手段ね。こういう時店のオーナーって言うのは楽だわ。何をしても優遇されるもの。その代わり、店の経営をしないといけないけど」
「私には無理なの。絶対面倒なの」
「ふふっ、イスちゃんには無理でしょうね。主に性格の面で」
割と面倒くさがり屋で大雑把なイスに、店の経営は難しいだろう。
能力的にはやれなくもないが、性格の面で問題を抱えているのは致命的だ。
これも親の育て方なのかとリーゼンは思いつつ、あの自由奔放な先生の顔を思い浮かべる。
仁と花音に育てられたイスは、結構親と似た行動をとることが多かった。
周囲のことを考えない自由さと、親に対する愛の深さ。見習わなくてもいい面程、イスは親に似ている。
それでいて尚、常識はもちあわせているのだから、仁と花音の子育ては上手いのか下手なのか分からなかった。
ただひとつ言えるのは、リーゼンの父親よりは子育てが上手という事だろう。
少なくとも、仁と花音は家庭教師に暗殺者を選ぶような真似はしない。
“荒野の湖”に辿り着いた三人は、リーゼンの案内によって裏口から店の中に入る。
表から入ってもいいのだが、あれほど並んでいる人達を差し置いて堂々と表から入れば面倒事になるのは目に見えていた。
「さ、行きましょ。昼放課もそんなに長くは無いしね」
「今日は何食べようかなー。大体のメニューは食べ尽くしたし........」
「そんなこと言って、選ぶの面倒だからメニュー1ページ丸々頼むでしょ?いつも思うけど、あんなに食べてよく太らないわね」
「ふっふっふ。リーゼン達とは体の構造が違うの」
「ズルイわ。私は栄養バランスとか考えているのに........」
店の中に入ると、そこは厨房だった。
昼時のピーク時ということもあり、料理人達は忙しなく料理を作り続けている。
そんな中に3人の少女が入ってくる光景は、イタズラをしている子供の様に見えた。
が、厨房にいる誰もがリーゼンを見つけると深く頭を下げる。
この店の料理人の殆どはリーゼンに拾われた者達ばかりであり、彼女に恩を感じているものたちばかりだからだ。
「おはようございます。リーゼンオーナー。今日もイス様と........1人増えてますね」
「おはよう。ジェフ。友人のメレッタよ。今日から彼女もイスちゃんと同じ扱いをしてちょうだい」
「かしこまりました。メレッタ様、私、この荒野の湖の料理長をしておりますジェフと申します。以後お見知りおきを」
「え?あ、その、え、はい。色々とご迷惑をおかけすると思いますが、その、よろしくお願いします」
白い料理人服に身を包んだジェフは、そう言うとメレッタに頭を下げる。
メレッタは困惑しつつも、頭を下げ返す。
荒野の湖の料理長ともあろう人物が、一介の市民、それも小娘に頭を下げると言う行動にメレッタは驚いた。
「それじゃ、顔合わせも終わったしVIPルームに行きましょう。ジェフ、今日も頑張ってね」
「はい。リーゼンオーナー達のオーダーは真っ先にお作りするので、ごゆっくりと昼食をお楽しみください」
ジェフはそう言うと、再び頭を下げる。
イスはジェフに手を振り、メレッタは混乱したままリーゼンの後を着いていった。
荒野の湖のVIPルームは三階にある。
その中でもリーゼン専用の部屋があり、部屋の中は椅子とテーブルのみの質素な部屋だ。
他のVIPルームに比べると圧倒的に見劣りしてしまうのだが、これが初めてのVIPルームにとなるメレッタは少し感動する。
完全な個室であり、質素ではあるもののしっかりとした内装が施されている部屋を見て、彼女の中のオタクが騒ぎつつあった。
「随分としっかりした作りだね。内装も嫌な感じがない質素でありながら高級感を保ってるし。何より見てよイスちゃん。魔術的補助を使った建築じゃなくてしっかりと木と木を組み合わせて作られてる。魔術的補助はそこまで技術が要らないけど、頑丈さが確保出来ないからこう言う高い建物はちゃんと組み合わせる必要があるんだよね。しかも、これ、元々あった建物を改築してるでしょ?階段なんかは全部取り換えてたのを見たけど、1部古い場所が幾つかあったし。かなりお金がかかってる」
「おー、流石メレッタ。建築のことになると饒舌なの」
「あぁ、これがイスちゃんの言ってた“オタク特有の早口”って奴ね。確かに先程までの雰囲気とは全く違うわ」
オタクスイッチが入ったメレッタは、料理よりもこの建物の方が気になってしまい、リーゼン達の視線を気にすることなく部屋の中を歩き回る。
コンコンと軽く床を叩いたり、繋ぎ目を確認して1人で騒いでいたり、メレッタがこういう人間だと知らなければドン引きしてしまいそうな行動を何度もしていた。
「中々面白い子ね。私の勘が言ってるわ。あの子と組めばもっと楽しいってね」
「それはいい考えなの。建築のことになるとちょっとアレだけど、基本は普通の子だし」
「今の内に確保してしまおうかしら?確か、安くて頑丈で誰でも作れる家を開発しようとしてるのよね?」
「そうなの。スラム街の人でも手を出せるほどの家を建てる事が夢って言ってたの」
「へぇ、スラム街の人達の中にも才能に溢れた人は沢山いるだろうし、そこに恩を売れるのは中々いい案ね。やっぱりメレッタちゃんは確保した方が良さそうだわ。何より、こうして見てると面白いしね」
リーゼンはそう言うと、メモ帳を取り出して“メレッタの確保”とだけ書く。
普段からやる事が満載なリーゼンは、見落としがないようにしっかりとやるべき事はメモを取るようにしていた。
あれほど面白く、変わった人材の事は忘れないだろうが、書いておいて損は無い。
「素材は近くの森に生えてるシラカバスの木かな?でも叩いた時の弟が少し変だから、なにか特殊な加工をしてるかもしれない。んー、魔術的補助をかけてる?腐りにくいようにしているとかかな?リーゼンちゃん、何か知ってる?」
「ごめんなさい。私にはさっぱり分からないわ。全部任せてたから。今度、ここの建築を手懸けた人のところに行く?」
「行く!!かなり高度な技術が使われているだろうし、ぜったい面白いよ!!」
勇者の英雄譚を語る子供の様に目を輝かせるメレッタを見て、リーゼンは心の中で“本当に変わり者ね”と思いながら興奮するメレッタを落ち着かせ、料理を頼むのだった。
その後イスがメニュー表1ページ丸々頼み、その全てをあっという間に完食してメレッタが戦慄するのだが、それはまた別のお話。




