イスの学園生活⑫
その日の昼休み。午前中の授業が終わり、生徒達が待ちに待った昼食を食べるために学食へ殺到する頃。
イスとリーゼンは、下級クラスに向かっていた。
目的は、メレッタを連れて行くこと。
今日騒ぎの中心にいた彼女を気遣うことももちろんだが、放課後にメレッタを強くするための特訓を行う為の話し合いが主な目的である。
メレッタ本人は意図しない返事の受け取られ方をしたものの、“建築のためになる”と言われれば諦めるしか無かった。
「メレッタ、怖がらないか心配なの........ちょっと怒っちゃったし」
「アレでちょっと怒った程度なのね........まぁ、大丈夫だとは思うわよ。見た感じ力を恐れる子ではなさそうだしね」
「でも、レナータに怯えてたの」
「それは相手が商会長の娘だからね。イスちゃん達ほど力を持っていれば別だけど、市民にとっては権力が最も恐れる力なのよ」
行き過ぎた力は恐怖を産む。仁や花音に何度も言われてきたそのことをイスは思い出し、この午前中の授業はあまり集中できてなかった。
リーゼンのような変わり者ならともかく、メレッタは小心者。
膨大な力を目の当たりにして恐れる可能性は大いにある。
つい数時間前まで仲良くしていても、その友情がひとつの間違いで壊れてしまうなんて言うのは有り得る話だった。
リーゼンは、滅多に見せないイスの不安げな表情を少し楽しみながらもメレッタについて考える。
(あの場面でイスを恐れてないのだから、多分大丈夫だとは思うのだけれどね。後々冷静になったとしても、あぁ言う子は平然としてそうだわ)
イスの話から、メレッタについては聞いている。
メレッタは典型的な変人であり、リーゼンとはどこか違うが似通った匂いを感じていた。
イスが不安視する事態には陥らないだろうと言う確信がリーゼンの中にはある。
2人は下級クラスの教室に辿り着くと、扉を開けてメレッタを探す。
放課ということもあって、2人が下級クラスに入っきても誰も気には止めていなかった。
「あ、居たの。おーい、メレッタ!!」
「あ、イスちゃん!!........と、リーゼンさんも」
「あら、イスちゃんと同じように、私もちゃん付けでいいわよ。もちろん、敬語も無くていいわ」
「え、えーと、リーゼンちゃんもどうしたの?」
「ご飯、行くの!!」
「お昼ご飯を食べに行きましょう。学食よりも美味しい場所にね」
「学食以外に行くの?」
メレッタは普段、学食で昼ご飯を取っている。
安くて美味しい学食は、生活があまり豊かでは無い生徒達の味方なのだ。
メレッタの家庭はさほど苦しい状況では無いものの、外食には滅多に行かない。
メレッタは、2人が学食以外の場所に行こうとしていることに疑問を持ちつつも後をついて行くことになった。
「私、あまりお金もってないよ?高い場所はちょっと........」
「大丈夫よ。私が経営している店だから。メレッタは最初からこの街に住んでるのよね?」
「あ、はい。住んでます」
「なら、一度は行ったことがあるんじゃないかしら?“荒野の湖”に」
リーゼンは得意げに店の名前を言うと、メレッタは頷く。
“荒野の湖”。
5年ほど前にできた料理店であり、“安い、速い、美味い”の三拍子を揃えた大人気店だ。
今ではピーク時に行くと人混みで溢れかえっており、店の前で長蛇の列を作るのが日常となっている。
余談だが、仁と花音はこの店に行ったことがない。
2人は、並ぶぐらないならそこら辺の露天で串焼きを食べた方がいいと言う思考の持ち主だった。
「あのお店、かなり混んでたよね?長い時は1時間とか待つって聞いたけど........」
「大丈夫よ。言ったでしょ?私はあの店のオーナーなの。特権でVIPルームに入れるわ。時間を待たずにね」
「オーナー?え、リーゼンちゃん、何者?」
リーゼンが店のオーナーということに疑問を抱くメレッタは、思わずイスの耳元でリーゼンが何者なのかを聞く。
自分と同い年の子供が、大人気店のオーナーをやっているなんて普通では考えれない。
ましてや、店ができたのは5年前。7歳辺りで店を立てたことになる。
親が偉くて、店を持っていると考えるのが自然だった。
「リーゼンちゃんは元老院の娘なの。因みに、あの店は親の持ち物じゃなくリーゼンちゃんの物なの」
「げ、元老院........」
「あ、元老院の娘だからって、リーゼンちゃんに対して態度を変えることは勧めないの。普通に友達として接することを進めるの」
元老院の娘と会うことにメレッタは絶句し、更に“荒野の湖”がリーゼンの持ち物だということに言葉を無くす。
イスがつまらない嘘をつくとは思えなかったメレッタは、本当にあの店がリーゼンの持ち物なのだろうと理解すると同時に“敵に回したらやばい”とも理解する。
この国の最上位者である元老院。一介の市民にとっては雲の上の人であるが、その子供がこんな間近に居るとは思いもしていなかった。
世界的に見れば、イスの方が権力も実力も財力も上なのだが、普段からマイペースすぎるイスを見ているメレッタからすれば元老院の方が恐ろしい。
「イスちゃん、私、お腹が痛くなってきた」
「慣れるしかないの。この後、リーゼンちゃん相手に殴り掛かるんだから」
「........へ?」
「あのレナータとかいうゴミが二度と私たちに口が聞けないようにするために、メレッタは鍛えるんでしょ?組手は多くの人とやった方が癖がつきにくいから、リーゼンちゃんともやることになるの」
「いや、無理無理無理。相手は元老院の娘さんだよ?怪我でもさせたら大問題だよ!!」
「大丈夫、大丈夫。私のパパ........“黒滅”って言った方が分かるかな?がリーゼンちゃんをボッコボコにしても、何も無かったから大丈夫なの」
いや、それのどこが大丈夫なのか教えてくれ。
メレッタはそう思いつつも、こうなった時のイスに何を言っても無駄だと悟る。
(お父さん、お母さん。私はもうダメかもしれないです。巻き込んじゃったら許してね........)
家族へ謝罪をしながら全てを諦めたメレッタは、口から魂が出るほど放心しながらもイスの横を歩くのだった。
その様子を見たイスは、“元老院ってすごいんだな”と能天気にメレッタを見つめていた。
そして、意を決して朝にあった事を尋ねる。
「と、ところで、その........怖くなかったの?」
「........ん?何が?」
「怒った時の私が」
「ん?なんで怖いの?私とご両親のために怒るのは普通だよ。ちょっとやりすぎだったけど、それで怖いとは思わないよ」
「........メレッタ!!」
「ちょ、イスちゃん?!急に抱きつかないでよ!!」
後ろでイチャイチャし始めるイスとメレッタを見て、リーゼンは少し嫉妬しつつも“メレッタって実は大物なのでは?”と感心するのだった。




