ちょっとにやける
イスが家を出ていき学園に向かった頃、俺達は我が家で傭兵としての仕事をしながら朝食を食べていた。
各国の情勢や動きを常に監視し、場合によっては介入する。
傭兵の仕事かと言われれば怪しいが、これが俺達の本業である。
神聖皇国で行われている教皇選挙は順調にフシコさん派閥が勢力を拡大しつつあり、聖堂騎士団内でもフシコさんを支持するものが増えてきていた。
この調子で行けば、死人を出すことなくフシコさんが教皇として神聖皇国に君臨する日も違いだろう。
そして、教皇選挙が終われば勇者と聖女の結婚だ。
あと半年もすれば、我らが勇者である光司は妻帯者となる。
ついに、クラスメイトから既婚者が生まれるのか。
そんな事を思いつつ、そろそろ家を出て授業の準備に向かわなければと考えていたその時だった。
学園で幾つかの膨大な魔力が渦巻き、一瞬にして静まり返る。
この魔力が誰のものか。そんな事を考えずとも簡単に察知できてしまった。
「........イスとベオークの魔力だな」
「喧嘩でもしたのかな?」
「喧嘩であそこまで膨大な魔力が渦巻くの........?相変わらず規模が違うね」
「いや、喧嘩じゃないでしょ。どう見ても、誰かを殺すために振るわれた力だと思うよ?みんな基準がおかしすぎない?シュナちゃんと毒されてきてるし」
慌てて家の外に出れば、学園の場所だけ白い霧が掛かっているように見える。
冷気によって、学園が凍り付いているのだ。
「んー、これ、後で学園長辺りに怒られるくね?下手したら死人が出てるよ」
「イスの怒りが見えるねぇ。やっぱり喧嘩でしょ」
「あの温厚なイスちゃんが怒るって、相当だね」
「私は何時も冷たくされてるけどねー」
それぞれの反応を見せながら急いで学園に向かう。
その途中でイスが能力を解除したのか、凍てついた学園は普段通りに戻っていた。
一体何があったのやら。学園の様子は、基本的にイスからしか聞かないようにしている。
心配性のベオークがイスを監視しているが、ベオークから報告を聞くこともない。
イスが楽しそうに毎日学園であったことを話してくれる事が、最近の楽しみだった。
が、しかし。これは聞いた方がいいだろう。
幾らイスの話が楽しみだとしても、先に聞いておかなければならない時もある。
俺は、自身の影の中に入ってきた子供達を感知すると、何があったのかを聴き始めた。
「何が起きた?」
「シャーシャ、シャ、シャー」
「うんうん。イスがキレて能力を使ったのは分かってる。その原因は?」
「シャ、シャーシャーシャ、シャー」
「あぁ、馬鹿が居たのか。俺と花音を侮辱したのがイスをキレさせたと........」
なるほど。それは、イスに対して最も言ってはならない事の一つである。
親としては嬉しい限りだが、イスは俺と花音の悪口は絶対に許さない。
バルサルの街にいる傭兵達のように、暖かい冗談ならば許してくれるだろうが、悪意ある侮辱はイスをキレさせる。
今まで一度もプツンとキレたことは無かったが、イスってキレると容赦ないな。
「仁、顔が少しにやけてるよ」
「そう言う花音だって少し嬉しそうじゃないか」
「まぁ、自分の子供が親の事を思って行動したんだからねぇ。そりゃちょっとは嬉しいよ。さすがに学園全てを凍らせるのはやり過ぎだけど」
「うーん、これは少しお説教かな。俺達の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、やり過ぎだし」
俺も花音も、イスが怒ってくれたことが嬉しくてあまり叱る気にはなっていない。
しかし、叱らなければならない。
親って複雑だなと思いつつ、詳しい事を知っているであろうベオークを待った。
「親バカって、あぁ言うのを言うんだろうね。絶対あの二人、イスちゃんに厳しく怒れないよ」
「まぁ、我が子が親の為にした事だからねー。気持ちはわからなくも無いけど、ちょっと親バカが過ぎるかな」
聞こえてるぞ二人とも。
後ろで“親バカ親バカ”という黒百合さんとラファを無視しつつベオークを待っていると、先に学園長がやってきた。
なんだろう。優しい人が怒った時の笑顔だ。
俺は絶対怒られるなと思いつつ、学園長に挨拶をする。
「おはようございます。学園長。いい朝ですね」
「えぇ、いい朝ですよ。身も凍える程のね」
先制パンチをかましてきた学園長はそう言うと、小さくため息を着いて小声で話す。
周りにはまだ人が多く、何があったのかを理解出来ていない生徒や教員が騒いでいた。
「何があったのかは知りませんが、どうせあなたの子がやらかしたんでしょ?」
「さぁ?何の話ですか?」
「とぼけないで下さい。この学園であんな真似出来るのは貴方々しかし居ませんよ。全く。生徒に怪我はなさそうですし、誤魔化しも効きそうなので今回は不問としますが、しっかりと叱って下さいよ」
「........因みに、学園の被害は?」
「確認できる範囲では窓が数箇所割れた程度です。弁償はしなくてもいいですけど、二度とこんなことが起きないように気をつけてください」
「できる限り気をつけたいと思います」
暗に“起こさないとは言ってない”と伝える俺に学園長は頭を抱え、“次は弁償させますからね”とだけ言って混乱する生徒達を落ち着かせるために俺たちの横を通り過ぎていく。
やっぱり学園長にはバレていたな。他にも勘の鋭い人は何人か気づいているだろう。
「学園長、あの短い時間で被害確認できるんだねぇ。なにか特殊な能力を持ってるのかな?」
俺がそんなことを考えていると、花音が気づいたことを呟く。
確かに、氷が溶けてからまだ10分と経っていない。
それななのに、生徒に怪我は無いと分かっていたり、窓が数箇所壊れたと分かっているのは不自然だった。
「まぁ、学園長だから、この学園内全てを監視できるシステムでもあるんじゃないか?それか、学園長の異能のおかげか」
「調べてみる?」
「調べておこう。バレない程度にな」
『了解』
学園長が見えなくなると、ベオークがひょっこりと顔を出す。
その顔は明らかに疲れていた。
「大まかなことは聞いてる。詳しく状況を伝えてくれ」
『メレッタを虐めているシエル商会の令嬢レナータが、イスに対してジン達を侮辱した。んで、イスがキレて殺そうと攻撃をしたけた余波で学園が凍った』
「レナータ?シエル商会?確か、西の辺境で幅をきかせる商会だったな。中央では三下以下の商会だったはずだが........」
『辺境から出たこと無いお嬢様だから、辺境に居た時の感覚で生活してる。典型的な頭の足りないバカ。でも、イスに脅されてもなお、啖呵をきったその精神力だけは認める』
「それは凄い。魔力の感じからして、相当キレてただろうに。ベオークの魔力も感じたから、お前が間に入って止めたのか?」
『そう。邪魔をしたから、ワタシにまで矛先が向いたのは勘弁願いたいけど』
「それは申し訳ないことをしたな........だが、よくやったぞベオーク」
俺はベオークの頭を軽く撫でてやりながら、少しシエル商会について調べておこうと思うのだった。
因みに、巻き込まれたメレッタは、イスとリーゼンに鍛えられることになったらしい。
聞いた話だと随分とオタクっぽかったが、大丈夫なのだろうか。




