イスの学園生活⑩
仁達が課外授業の為休日を丸々1日使い、イスにとってはつまらない週末を過ごした週明け。
学園に登校している際にイスは数少ない友人である、メレッタを見つけた。
「おはようなの!!」
「あ、おはようイスちゃん」
学園生活を始めてはや三ヶ月、二人しか居ない建築科を学ぶメレッタとの関係はかなり良好になっていた。
最初こそオドオドしかったメレッタではあったものの、時間をかけて話していくうちに普通に話せるぐらいまで仲を深めたのである。
若干“陰”の気配が漂うメレッタと、友人こそ少ないが“陽”の雰囲気があるイス。そんな凸凹コンビは、意外にも波長が合った。
建築科の授業では、お互いに(基本的にメレッタが喋り倒す)意見を交換したいながらコスパの良い建物の作り方を考え、授業以外の場所で出会うと普通の少女の様に話す。
クラスこそ違えど、話す回数は頻繁だった。
ちなみに、二人しかいない建築科の授業は、余りにも二人が優秀過ぎて教師が頭を抱える羽目になっている。
既に一学期の授業範囲を終えたどころか、このペースで行けば一学期中に年内の授業内容が終わってしまうと。
生徒が優秀すぎるが故に、教師がいかにして授業を引き伸ばせるかと言う意味不明な事態に陥っているのだが、生徒である二人が知る由もない。
「メレッタ、最近困ってることとかないの?」
「なんで急に?」
「少し困ってそうな顔をしてたの」
「あはは。イスちゃんはなんでも分かっちゃうんだね。そうだよ。少し困ってる」
普段よりもほんの僅かに顔色が優れないメレッタの表情から、イスは何か困っているのではないかと見抜く。
ドラゴンとしての目と、人間社会で生きてきた洞察力。特に、花音の変化をよく見てきたイスにとっては、メレッタの表情の違いなど分かりやすいものだった。
「何があったの?」
「最近、私に絡んでくる人達がいてね。ほら、私って建築学以外は平均にも及ばないおバカさんだからさ。それに、この見た目だし弱そうに見えるんだよね........実際弱いけど。家も普通の平民なのもあって、目をつけられたみたい」
「おー、それは........大変なの」
「嫌味を言われるのは別にいいんだけど、最近は蹴られたりすることも多くてね。相手はどこぞの商会のご令嬢らしいし、クラスの中ではかなり上の権力者だから、みんな見て見ぬふりなんだよ」
もしかして、この国の商会の人間は子育てが下手なのか?
イスはそう思いながら、メレッタのイジメについて考える。
自分が手を差し伸べてもいいし、あの騎士道精神の塊を頼ってもいいだろう。
メレッタを虐める令嬢の名前を聞いたが、父である仁から“このクラスのコイツの親は偉いからなるべく揉めるなよ。もちろん、イラついたらぶっ飛ばしていいけど”とも言われてない名前だった。
という事は、国内に影響を及ぼせる程大きな商会では無い。リーゼンに頼れば、あっという間に大人しくなるだろう。
イス自身で何とかしてもいい。その気になれば、その商会の人間を全員殺せるし、なんか知らないが気に入られた元老院のお爺さんを頼るという手もある。
が、そのどれもがメレッタを困らせるだろう。
良くも悪くも小心者であり気の弱いメレッタに、救いの手(過剰防衛)を差し伸べても本人はきっと気負う。
どうしたものかと考えていると、イスたちの前に立ち塞がる集団が現れた。
「あら?小汚いネズミが学園に忍び込んでますわねぇ?」
「本当ですねレナータ様。ドブ臭い臭いがここまでしてきますわ」
「気持ち悪いですわね。早く始末した方が、この国の為になるのではありませんこと?」
「いい事を言いますわね。でも、ドブネズミにも生きる権利はあるのですよ。地べたを這いつくばって泥水を啜ることぐらいは、許してやらないと」
「まぁ!!流石はレナータ様!!なんと慈悲深い!!」
赤い髪と鋭い目つき。如何にも悪役令嬢といった雰囲気を出す3人の集団は、喜劇のような大袈裟な演技をしながらイスたちの前に現れる。
余りにも馬鹿らしい演技を見たイスは“あぁ、こいつらなんだな”と思いながら、念の為にメレッタに聞いた。
「これがさっき言ってた面倒な奴?」
「イスちゃん、声が大きいよぉ........そうだけど」
メレッタは慌ててイスの声量を注意しつつも、頷く。
幸い、上品な笑いを浮かべて仲間内で話すレナータ達には聞こえてなかったようだ。
「この学園って馬鹿ばっかりなの?四年生にもこんな奴いたの」
「お偉いさんの子供が入ってくるからね........学園は生徒は皆平等とは言ってるけど、どうしても権力のさは生まれるんだよ」
「その行動が自分の首を絞めるって事をわかってるの?イラついて殺すとからなまだしも、自分の優越感のために短絡的な行動をするのは賢くないの」
「いや、イラついても殺しちゃダメだからね?」
メレッタは冷静にイスにツッコミつつも、半歩後ろに下がった。
イスはそれを見て、メレッタが怯えていることを察する。
あまり事態はよろしく無いのかもしれないと。
「メレッタ、行くの。馬鹿な連中には構わないのが一番なの」
「う、うん」
イスはメレッタを安心させるために手を握ってやると、高笑いをうかべるレナータ達を無視して横を通り過ぎていく。
自分は世界最強の傭兵団であり、この国で知らない者はいない。
いくら馬鹿でも、噛み付いてくることは無いだろうと思っていた。
が、真の馬鹿とは想定を遥かに上回ってくるものである。
イスが横を通り過ぎ、少し歩いたところでレナータはイスにも噛み付いた。
「ドブ臭いネズミのお友達も随分とドブ臭いわね。生きてて恥ずかしくないのかしら?」
「........イスちゃん」
「無視するの。あぁ言う手合いは私たちの反応を見て楽しんでるの。面白くないと思わせれれば、それで勝ちなの」
後で絶対殺す。とイスは思いつつも、この場は無視し続ける。
相手は所詮、小さな商会の令嬢。井の中の蛙よりも世界を知らない馬鹿相手に、構ってやる義理はない。
リーゼンにこの事を話すだけで、彼女は辛い人生を歩むことになる。
ここは我慢とイスは自分に言い聞かせ、メレッタの手を引いて歩き続けた。
が、その歩みは止められることになる。
「こんなにドブ臭い子供が生まれるなんて、親もさぞかしドブ臭いのでしょうね。ネズミは嫌だわ。増える速度だけは1人前だもの。親も親なら子も子ね。はやく絶滅してくれないかしら」
メレッタは見た。
身も毛もよだつ様な形相を浮かべるイスの顔を。
メレッタは錯覚した。
イスから溢れ出した殺意によって死を。
メレッタは感じた。
イスと繋いだ手から冥界の氷結の如き冷たさを。
メレッタは知っていた。
イスが異常な程、親の事が好きな事を。
メレッタは知らなかった。
イスが親を貶された際にどれほどキレるのかを。
「──────────死ね」
刹那、学園は氷帝の女王の手によって凍りついた。




