生徒の未来
オークを自力で狩ってきた我が子に驚くブデの家族を暖かく見守りつつ、俺達は何味注文するのかを決めていた。
と言っても、せっかく狩って来たオーク肉があるのだからオーク肉を使った料理が食べたい。
少しお値段は張るものの、白金貨まで持っている俺にとっては端金である。
金銭感覚は庶民のままなので、それでも少し高いなとは思ってしまうが。
「まだ騒いでるな」
「そりゃそうでしょ。国内一の学園に入ったとはいえ、戦闘訓練では最下位なんだから。そんな息子が、銀級冒険者が狩って来るような魔物を1人で倒してきたなんて聞いたら驚くでしょ」
「確かに。昔、イスがドラゴンを1人で狩って来た時なんかは驚いたもんだしな。ドラゴンを担いでくる症状とか言うインパクトが強すぎる光景を目にしたのを覚えてるさ」
あの時は、イスが小さすぎてドラゴンしか見えず、最初はドラゴンが襲撃してきたのかと焦ったものだ。
よくよく見れば自分の足で歩いてないし、生命力も感じなかったが、まだドラゴンには勝てない時だった為かなり警戒していた記憶がある。
イスが“これ夕飯なの!!”と言ってドラゴンを放り投げた際は、ウチの子強すぎね?と戦慄したものだ。
アレ?我が子より俺達の方が弱くね?と。
そんな昔の事を思い返しつつ、俺は既に自分で持ってきた酒を飲む黒百合さんに視線を向ける。
もうすでに酒を飲んでいることにも驚きだし、マジックポーチに酒が常備されている事も驚きだ。
どこぞのアル中エルフのおじいちゃんみたいになっている。
「黒百合さん........もう酒飲んでんの?」
「うん。見た感じここは禁酒じゃないし、料理が出てくるまで暇だからね。大丈夫、ここのお酒も後でちゃんと頼むよ」
いや、そう問題じゃない。
生徒の前で酒をガブガブ飲むなと言いたいのだ。
酔っ払っても基本ラファにだる絡みをするだけで、他の客や生徒に迷惑をかけることは無いだろうが、今まで積み上げてきた教師の威厳が台無しになってしまう。
いいのか?生徒に裏で“アル中先生”なんて呼ばれる日が来るぞ。
俺の心の声も虚しく、黒百合さんは酒の入った瓶をラッパ飲みする。
その酒、確かウォッカ並にアルコール度数が高かった気がしたのだが、それを割らずにロックで飲むとかイカれてんな。
しかも、ジュースみたいにゴクゴク飲むし。
「ちょっと心配なんだけど。あれ、急性アルコール中毒になったりしないよな?」
「大丈夫なんじゃない?なったとしてもラファちゃん居るし........たぶん」
すっかりアル中に染った黒百合さんを見て、俺も花音も若干引きつつもラファに全てを任せた。
これ以上、生徒達に悪影響を与えそうな姿を見せる訳には行かない。俺は無理やり生徒に話題を振って、意識をこちらに向けさせる。
「今日はどうだった?」
「楽しかったですー。私達がここまで強くなれている事に驚きでしたし」
「自分の強さが確認できてよかったと思います。少し、自信が持てました」
「ぼ、僕も、その、少しだけ自信が付いた気がします」
「楽しかったです。魔物を爆破する快感がとても良かった........またやりたいですね」
........うん。3人は想定内の回答だが、なんか一人だけ違うぞ?
エレノラに視線を向けると、彼女は頬を赤らめながらトロリと快楽に支配されたかのような表情を浮かべていた。
エレノラの事を何も知らない人から見たら魅力的に映るだろうが、先程のセリフを聞いた後だとサイコパスにしか見えない。
不味いよこの子。魔物を爆破することに快楽を見出してるよ。
周りの生徒達もエレノラの発言に引き気味になっている中、唯一サラサ先生だけは“良かったねぇ........”と感傷に浸っている。
エレノラも大概だが、生徒のことになると盲目的になりすぎるサラサ先生も問題だな。
普通、今の発言を聞いて“良かったね”なんて感想は出てこないんだが?
「あー、エレノラ?その力は人を守るために使うものであって、間違っても人に向けるなよ?」
「分かってますよ。先生は私をなんだと思ってるんですか」
シリアルサイコボマーですかね?
心外なと言わんばかりに頬を膨らませるエレノラだが、万が一エレノラが人を爆破する事に快楽を見いだしてしまったら終わりだ。
人に爆弾を括り付けて特攻させるテロリストなんて事も有り得る。間違った道には絶対に進ませてはならない。
「人を爆破なんてしませんよ。武闘大会のように合法な時や、自分の身を守る時はともかく趣味で人を殺したりなんてしません。いくら爆破が好きだからと言って、越えてはならない一線を超えるようなことはしませんよ」
「そ、そうか」
「だから、代わりに魔物を爆破します。私、決めたした。魔物を爆破しても怒られない冒険者になります。そして、この世界を見て回ってみたいんです。この国では手に入らない素材が、まだ世界中に転がってると考えると、もったいない気がするんです」
「そ、そうか........」
不安しかねぇ。
人間を爆破するのはダメだから、代わりに魔物を爆破します。はどう聞いてもヤベェ奴としか思えない。
しかも、魔物を爆破しても怒られない冒険者になると言う動機も不純すぎて心配になる。
世界を見て回りたいのはまだ分かるが、その他が余りにも酷すぎた。
「すっごい心配なんだが........」
「同感だね。私もだよ。その内この世界そのものを爆破するとか言い出しそう」
「魔王かな?いや、人間を駆逐するだけの魔王の方がマシかもしれん。大陸ごと爆破しようとする奴の方が恐ろしいわ」
俺の教え子が第二の魔王になるかもしれないと心配になる俺を他所に、サラサ先生はエレノラが将来の事を真面目に考えていたことに感動する。
真面目に考えていると言うか、魔物を爆破する快楽を覚えてしまったという方が正しいか。
「冒険者活動とか決めてるの?」
「はい。先ずは、金級冒険者になるまでこの街に居ようと思います。その間は、ジン先生に色々と教えてもらおうかと」
「え?俺に?」
「はい。卒業した後もジン先生に色々と教わりたいです。私は世界を旅するにはまだまだ弱いので........あ、ちゃんと授業料は払いますよ。あまり吹っ掛けて欲しくは無いですけど」
自分の実力をしっかりと弁えているのはいい事だが、俺に教えを乞う前提かよ。
どうしたものかと少し悩んだが、俺の教え子が世界を震撼させるテロリストになると言うのは流石に阻止しなければならない。
アレ?これ選択肢無くね?
「どうするの仁。お仕事増えるけど」
「流石にエレノラをこのまま放置するのは心配すぎる。色々と教えてやるついでに、道徳も教えてやらないとダメな気がする」
「同感だねぇ。この子、ふとした瞬間に人殺しのテロリストになりそうだし」
「根はいい子なんだよ........多分。だよね?」
結局、俺はエレノラが卒業後も戦い方を教えることになった。
が、ついでに道徳もしっかりと教えこんでやるぞ。エレノラを放置すると、なんかヤバそうな気がするからな。
その後、ようやく帰ってきたブデと共にオーク肉のステーキ(オリジナルソース付き)を皆で食べて、満足しながら帰路につくのだった。
もちろん、この日の夕食代は俺持ちで。




