ブデの食堂
ブデがオークを仕留め自らの成長をさらに実感した後、その他の生徒達も無事にオークを狩ることに成功した。
実力だけで言えば、彼らは既に銀級冒険者並。オーク如きに遅れを取るほど、弱くは無い。
唯一ミミルが攻撃力不足で多少苦戦を強いられたものの、他の生徒よりも少し時間がかかったと言うだけでオークを一方的にボコしていた。
中でもえげつない戦い方をしていたのは、エレノラだ。
彼女はとにかく戦い方が悪質だった。こっそり仕掛けた地雷を踏ませるためにオークをおちょくって誘導したり、新作の爆弾の威力を試すために明らかに手加減をしたりと、見ているこちらも若干引くぐらいオークをボコしていた。
途中からオークが死ぬほど可哀想だったもん。オークもエレノラのヤバさを途中から感じ取って逃げようとしていたのだが、いつの間にか仕掛けられた地雷で足をふっ飛ばされ、威力の低い爆弾でジワジワと殺されるその様はまるで拷問だ。
何より恐ろしいのが、エレノラ本人は一切無表情と言うこと。淡々とオークを実験動物として扱うその様は、頭のイカれた研究者そのものだ。
もしかしたら、俺はとんでもない奴を生み出してしまったのかもしれない。
そんなこんなありながら、無事にオークをシバキ倒した生徒達は、戦利品としてオーク肉を持てるだけ持ってブデの両親が営む食堂に顔を出していた。
大通りから三本ほどズレた道にある小さな食堂は、夕食時のため人で溢れかえっており、ワイワイと人々が楽しく料理を食べている。
どこぞのオカマ店主がいる店よりも、断然賑わってるな。
あの静かな雰囲気も好きだが、こうして騒がしい店と言うのも俺は嫌いでは無い。冒険者や傭兵のような荒くれ者では無く、礼儀正しい客がワイワイ話しながら料理をつまむこの店は今まで訪れたことの無いタイプの店だ。
「ただいまー」
我が家に帰ってきたブデが、店の中に入ると客達が“おかえり”と声をかける。
ブデは家の手伝いを良くしているらしいので、客たちから顔を覚えられているのだろう。
皆我が子を見るかのような視線で、ブデを出迎えていた。
「随分と暖かい雰囲気の店だな。バルサルの連中に見せてやりたいぐらいだ」
「あそこは騒がしすぎるもんねぇ。酒が入ると特に」
「マジで近所迷惑だからな。あれだけ騒いでるのに、苦情が入ってこないのはすごいと思うぞ」
「ここ、お酒飲んでもいい場所かな?飲みたいんだけど」
「ダメなら家で飲もうねー。大丈夫。潰れても私が治してあげるから」
ラファ、黒百合さんもアル中の道に引きづり込まないでくれ。
元々酒好きな黒百合さんは、ココ最近酒の飲む量が異常に多い。瓶1本とかなら全然許容範囲であるが、小タル3個とかを毎日飲むとなると流石に心配してしまう。
天使だから問題ないとは思うが、肝臓大丈夫?悲鳴あげてない?
黒百合さん曰く“酔う感覚が好き”らしいが、俺も花音も酒は苦手なのでよく分からなかった。
「あら、おかえりブデ。ミミルちゃん達もいらっしゃい」
「おい、ブデ!!少し手伝ってくれ!!」
「はーい。先生、少し行ってきまふ」
帰ってきて早々に、ブデは店の手伝いをする為に店の裏に消えていく。
おそらく、裏から聞こえた声が父親のものなのだろう。
母親と思わしき人物は、かなりブデと似ていた。
ブデのように丸々と太っている訳では無いが、顔のパーツがかなり似ている。ブデが痩せたらこんな感じになるのだろう。
あれ?そう考えると、ブデって相当な美少年なんじゃね?
結構失礼なことを考える俺だが、花音も黒百合さんも同じことを思ったのかなんとも言えない顔をしていた。
「サラサ先生もお久しぶりです。ブデは元気にやれていますか?」
「お久しぶりです。ブールさん。ブデくんは元気にやっていますよ。学園でも特に問題を起こしたりなんてことは無いですしね。真面目すぎて、むしろ心配ですよ」
「あはははは!!子供らしくイタズラしてもいいんですけどね。昔からいい子すぎるんですよ........ところで、こちらの方々は?」
ブデのお母さんであるブールさんは、ここでようやく俺たちに触れた。
良かった。見て見ぬふりをされ続けたら、どう話しかけたらいいか分からなかったぞ。
まぁ、こんな厨二病感満載の奴に話しかけたくない気持ちもよく分かるが。
俺が逆の立場だったら話しかけたくないもん。見るからにやばそうだし。
俺はそんなことを思いながら、失礼のないように自己紹介をした。
何気に生徒の親に挨拶するのは初めてだな。家庭訪問をする先生は、こんな気持ちだったのだろうか。
「初めまして。今年からブデ君達を教えている仁と申します。新米の教師ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「同じく、今年から戦闘訓練を教えることになった花音です。よろしく」
「黒百合朱那です。朱那と呼んでください」
「ラファです。よろしくお願いします」
「まぁ!!あの子が言っていた“ちょっと変わった先生”と言うのは貴方たちの事なんですね。ご丁寧にどうも。私、ブデの母であるブールです。聞いた話によると、なんでも世界最強の傭兵団だとか........」
おい、ブデ。お前親に俺たちの事なんて言ってるんだ?
親が苦笑いを浮かべながら言葉を濁すって相当だぞ。
俺はブデがとんでもない事を親に言っているのではないかと心配になりつつも、営業の笑顔を崩さない。
ポーカーフェイスはお手の物なのだ。
「巷ではそう呼ばれてますね。我々の本業は傭兵。揺レ動ク者と言う傭兵団をやらせてもらっています」
「やっぱり!!あの“炎帝”や“幻魔剣”が居ると言う傭兵団ですよね?」
「え、えぇ。まぁ」
なぜ“黒滅”と“黒鎖”の名前が出てこない。
神聖皇国だったら真っ先に上がる名前なのに。
俺は少しだけ不満に思いつつも、笑顔を崩さず答える。
やっぱり、あの時の戦争にも参加しておくべきだったかなぁ........
「あの子、ココ最近学園が楽しいって言うんです。なんでも、強くなれるからだとか。親としては、我が子が安全に育ってくれればいいのですがやはり楽しそうにしている姿を見ると嬉しくて」
「それは良かった。後でいっぱい褒めて上げてください」
「........?分かりました?」
なんのことを言っているのかさっぱり理解出来ていないブールさん。貴方のお子さん、今やオーク相手に圧勝できるぐらい強くなっているんですよ。
しかし、俺はその事を言わない。
自慢話は先に聞くと面白くないからな。ブデの口から直接聞くのが1番である。
そう思っていると、店の奥から父親と思わしき人物が飛び出してきた。
「お、おい!!ブール見てくれ!!ブデのヤツ、オーク肉を持ってるぞ!!」
「あら?どういう事かしら?」
チラリと俺を見るブールさん。しかし、俺は何も言わずにブデが居るであろう場所を指さして“本人に聞け”と暗に伝える。
ブデが狩ったのだから、ブデが伝えるべきだ。
「いっぱい自慢して来いよ」
「驚かれるだろうねぇ。自分の息子がオークを倒してくるなんて思って無いだろうし」
「だろうな。さて、俺達は空いてる席にでも座るか........座っていいよね?」
その後、店の奥でかなり騒がしい声が聞こえたが俺達も客も、暖かい視線をそこに送るだけで何も言わなかった。




