親の心子知らず
教師の仕事を終え、日が暮れた夜道を歩く。
今日もサラサ先生は学園に残って何かをやるそうだが、俺達が手伝えるものでは無いらしいので挨拶だけをして帰ることにした。
マジメなサラサ先生の事だ。今日の生徒達の様子や、俺達の教え方等をノートに纏めているのだろう。
「ただいまー」
「お帰りなさいなの!!」
家に帰ってくると、既に学園を終えて帰ってきたイスが元気に出迎えてくれる。
やはり、誰かが迎えてくれる家というのは暖かいな。今日の疲れが一気に吹き飛ぶ。
俺はイスの頭を優しく撫でながら、家の中に入るとソファーに腰を下ろした。
机の上を見れば教科書が開かれており、隣にはノートが置かれている。教科は建築学だな。チラッとだけノートを見てみるが、専門用語が多くて何が何だか分からなかった。
「お?勉強してたのか。宿題か?」
「宿題なんて出てこないの。次の授業の為に予習なの」
「偉いなぁ。ちゃんと予習するなんて。俺は生まれてこの方予習なんてしたことないぞ」
「え?仁君予習しない人なの?授業大変じゃない?」
「予習って分からないところを自分で見つけて、授業でその分からない部分を理解するだろ?俺は全部分からないから授業を聞くだけでいいのさ」
「えぇ........それは違う気がするんだけど」
「朱那ちゃん。仁はただ予習が面倒だからやらなかっただけだよ。私もやった事ないけど」
「えぇ........」
授業は予習して受けるものと思っている黒百合さんと、予習とか面倒くさくてやってらんねぇと言う俺達。
どちらが正しいかと言われれば、圧倒的に黒百合さんのほうが正しいだろう。
でも大丈夫。俺は赤点は取ってないし、花音に至っては学年トップクラスの成績を取っているから。
凄いよな。授業を適当に受けて宿題を少しするだけで、花音は学年一桁の順位を当たり前のように取るんだぞ。
同じ時を過ごしてきたはずなのに、どうしてこんなにスペックの差が出るのか。世界とは誠に不公平である。
「イスちゃんはパパやママを参考にしちゃダメだよ?この2人がおかしいだけで、普通は予習をしてから授業を受けて、復習するものだからね」
「大丈夫なの。パパとママはお勉強において参考にならない事は理解してるの」
「イスも大概だとは思うけどな。たった三日で歴史のテストを9割近く取れる様な脳ミソしてるんだから」
「まぁ、イスの場合は授業を聞い出るだけで全て理解出来るし、記憶も出来ると思うけどねぇ。そもそものスペックが違いすぎる」
「はいはい、イスちゃんが凄いのは分かるけど、お勉強の邪魔をしない。私達は夕飯を作るよ」
「はーい」
「俺は報告書を減らしておくか。ラファ、手伝ってくれ」
「りょーかーい」
珍しく黒百合さんに仕切られながら、俺達は各々のやるべき事に取り掛かる。
イスは予習の続きを、俺とラファは報告書の確認を、花音と黒百合さんは夕飯作りだ。
料理をする音だけがリビング内に響き渡っている中、報告書を眺めていると影の中からベオークがひょっこりと顔を出してきた。
『ちょっといい?』
「どうした?」
『ニーズヘッグから報告、“万死”不死王と接触。提案をもちかけられてきたので、一旦保留にし、団長に判断を仰ぐって』
「不死王が?どういう事だ?」
“万死”不死王とは、二年ほど前に嫉妬の魔王を討伐する際に出会った厄災級魔物である。
全てに死を振りまき、死を操る厄災として知られている彼(?)は魔王を倒せる程の強さを持った正真正銘の化け物だった。
暇があったら遊びに来いみたいな事を言った記憶があるが、もしかして遊びに来たのか?
いや、“提案を持ちかけられた”と言っているし、それは無いか。
これは一旦詳しい話を聞きに行った方がいいかもしれないな。
「急ぎか?」
『急ぎでは無い........はず。少なくとも今すぐに来いとは言われてない』
「よし、なら飯を食ったら行くとしよう。ニーズヘッグから詳しい話を聞くぞ」
「拠点に帰るの?私も行くの!!」
「勉強はいいのか?」
「よゆーなの。ぶっちゃけ予習もさほど必要無いし........」
「お、おう。流石はイスだな」
俺はイスの優秀過ぎる脳を少しだけ羨ましく思いつつ、他の報告書達に目を通すのだった。
他に気になるところはないか。いつも通りの報告書だな。
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ベルン商会は、たった一代でアゼル共和国二番目の大商会へとのし上がってきた。
初めは小さな店を起こし、そこから少しづつ少しづつ大きくしていった。
その天才的な手腕と、舞い降りた運によって今の地位を築いている。
たった12年でここまで大きくなった商会の会長、ベルン・ルスタフは息子の頬を思いっきり引っ叩いた。
「このっ大馬鹿者がァ!!」
パーン!!と人の頬を叩いた音にしては重い音が室内に響き渡り、息子のベルルンは吹き飛ばされる。
叩かれた頬が熱くなり涙が目に浮かぶが、父親のベルンは情けを加えなかった。
「お前が学園で好き勝手やっているのは知っていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかったぞ!!まさか元老院の娘と今話題の世界最強の傭兵団の娘に喧嘩を売るとは!!」
「で、でも父さん!!俺は悪くない!!悪いのは俺たちの席に座ったあの二人だよ!!」
「学園の食堂は予約制の席じゃないだろう?!早い者勝ちなんだから、先に座っていた娘二人の方が正しく、その席に無理やり座ろうとしたお前が悪だ!!........はぁ、少しは学園で成長できるかと思って口を出さなかったが、これは看過できん。明日からは監視を付けるぞ。もし、少しでも馬鹿な真似をしたら、全て理解私に報告が来ると思え!!」
「そんな........!!俺は何も──────────」
「出ていけ!!」
ベルンはそう言うと、息子を自室から叩き出す。
アゼル共和国で二番目の商会ともなれば、学園に監視の目を送り込むことも容易い。ベルンは早速監視の手配をすると同時に、大きくため息をついた。
「はぁ、お前が旅立ってから子育ては大変だよ。一体どうしたらいいんだ?」
ベルンの視線の先にあるのは、1枚の写真。
既に亡くなったベルンの妻と、幼き頃のベルルンが写っている。
妻が生きていた時は全てことだては任せていた。当時は忙しい事もあり、ベルンも子育てを手伝う事が出来なかった。
そして、妻は若くして病に倒れ、残されたのは2歳のベルルンただ1人。
そこからはベルンが子育てをしたものの、人としての教育は上手くいかなかったようだ。
「馬鹿な息子でも可愛いもんだ。殴りたくはないんだがな........子供に親の心はわからんか」
自身の叩いた手がまだ痛い。ヒリヒリと痺れる掌をゆっくり握りしめて、ベルンは仕事に戻った。
ベルンは、この出来事で息子がすこしはマシになってくれる事を信じるのだった。




