イスの学園生活⑦
ホームルームを終え、生徒達は各々が選択した授業が行われる教室に向かう。
イスも建築学の授業を受ける為に、リーゼンとは別れて教室に移動した。
建築学は生徒達から全くと言っていいほど人気がない。
魔術や錬金術と言った今後も使えそうな知識に比べ、建築という余りにも狭く使い所のない学問と言うのは生徒達の興味を引きにくかった。
何故学園で建築学を教えてるんだと思われるほどには、人が少ない。
「ここなの」
イスは迷うことなく建築学の教室に辿り着き部屋に入るが、教室のあまりの狭さに驚く。
イスが今住んでいる屋敷のリビングよりも狭い。机と椅子を並べれば、精々5人しか入れない程狭い教室。
この狭すぎる教室で事足りるということは、それだけ建築学の人気が無い事を意味していた。
「これ、職員室より狭いんじゃ........まぁ、いいの。学びたいモノを学べれば文句はないの」
イスはそう言うと適当な席に座る。自分以外に何人人が来るか分からないが、少なくとも1人ではないだろうと思い、奥の方に座っておいた。
数分後、教室の扉が開くと、丸メガネをした三つ編みの女の子が教室に入ってくる。
イスが視線を向けるとビクッと身体を震わせ、オドオドとしながら席に着いた。
........イスから1番離れた席に。
少しくすんだ赤毛を三つ編みにし、丸メガネをかけた少女は如何にも“陰”の匂いを醸し出している。
イスとは一切目を合わさず、ずっと机を見ている姿は魔物に怯える小動物のようだ。
(........これ、話しかけるべきなの?いや、話しかけるべきなの。数少ない建築学を学ぶ同じ生徒だし、何よりコミュニケーションは大事ってパパもママ言ってたの)
怯えられる覚えが無いイスは、どうしたものかと迷いつつも赤毛の少女に話しかける。
できるだけ相手を怖がらせないように、優しい声で笑顔を作って話しかけた。
「君も建築学を専攻してるの?私はイス。上級クラスの1年なの。よろしくなの」
「........あ、え、あ、はい。スゥー........」
「........」
「........」
爽やかに自己紹介をしたイスに対し、とてつもない怯え方をしながら少しだけ反応する少女。
自己紹介をしたにもかかわらず自己紹介を返してこなった為、沈黙が再び教室を支配した。
(えぇ........なんの反応も無いの。これどうしたらいいの?私から名前を聞くべき?どうしよう、すっごい困るんだけど)
イスの周りはコミュ力が高い者で溢れかえっている。
親である仁も花音もそれなりにコミュ力は高く、大抵の人物とは打ち解けれる。傭兵達と仲良く飲んだり、行く店の店主と当然のように仲良くなれるのは才能の1種だ。
最近入ってきた朱那やラファエルもコミュ力は高い。
イスと同年代のリーゼンも言わずもがな。彼女の場合は、相手に合わせて対応を完璧に変えることが出来る。
ここにリーゼンが居れば、それなりに会話になったであろう。しかし、イスにとってガチのコミュ障と話すのは初めてのことであった。
(これ、どうするのが正解?無言?は、絶対ダメだけど、とりあえず名前を聞くべき?)
イスは悩みつつも、手探り気味に少女に再度アタックをしかけた。
少なくとも名前を聞かなくては。名前も分からなければ、そもそも会話にならない。
「えーと、貴方の名前は?」
思わず素が出ているイス。
どうしたらいいか分からず、何とか会話をしようと頭をフル回転させているため普段の“なの”言葉を使うことが頭から抜け落ちていた。
「め、メレッタ........です。下級クラス1年........です」
「おー、メレッタ。いい名前なの。よろしくなの」
「........え、あ、はい。よろしく、お願いしま........す?」
何故そこで疑問形になる。
イスはそう思いつつも、ここで会話を切らさないように適当な話題を振った。
彼女達は建築学を専攻している。ならば、共通の話題で話を広げるべきだろう。
「メレッタは、どうして建築学を選んだの?」
「わ、私、その、建物が好きなんです。人々の生活を支えるのは衣食住の三つ。衣と食は人によってこだわりを持つんだけど、住はあまり重要視されない。でも、私は住こそ人の生活を豊かにすると思うんです。もちろん、衣食も大事ですよ?でも、だからと言って住が重要視されない理由はないじゃないですか。住む家が綺麗なら人の心も綺麗になるし、住む家が大きければそれだけ豊かになれる。私はスラム街のような廃虚を最低限綺麗な家に変えれば、少しは人々の心に余裕が生まれるんじゃないでしょうか?スラムの人々も立派な労働力です。誰かから奪うという考えをできる限り少なくさせて社会に還元できる。それを目指すんです。でも、国は初期投資をする訳ではなく、慈善団体もない。ならば、安くて丈夫で住みやすい家を開発し、低予算でありながら人々が満足できる家を作るんですよ。たった一人でも量産できるような物を。そうすれば治安も良くなり、お金の巡りも良くなってさらに豊かな国が作り上げられるのではと思うんです。それが今の──────」
とんでもなく長文で、とんでもなく早口だ。
メレッタはそこから者1人で話し続け、最早会話ではなく講演会を聞いている気分になる。
先ほどのオドオドとした雰囲気はどこに行ったんだ。イスはそう思いつつも、仁が言っていたことを思い出す。
“普段は会話にならんのに、自分の好きなことになると勝手に話し続ける。それがオタクって奴だ。特に好きなものを話している時に早口になる奴はオタクだぞ。もし出会ったら、その好きな物や考えを否定するのはやめておけ”
イスは“なるほどこれがオタク”と思いつつ、メレッタの話を聞き続けた。
自分とは違った目的を持ってこの建築学を受けている。
イスはあくまで自身の世界における、住みやすく綺麗な家を。メレッタは新たな技術を確立し、家を作るコストを安くする事を。
目的は違えど、学ぶものは同じ。イスは少しだけメレッタを気に入りつつも、まだまだ続く話をニコニコとしながら聞くのだった。
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メレッタは変わり者とよく言われる。
小さい頃から家や建築物が好きで、よく色んな家を見て回っていた。
そんな中、彼女はスラム街の廃虚を目にする。
くさった木の匂い、雨風すらも凌げない家とも呼べない家。
彼女は、それを見てから考えるようになった。
“安くて丈夫で住みやすい家”
帰る場所が安らぎの場所であれば、人々は心に余裕ができる。心に余裕が出来れば、犯罪は減る。
そう考えたメレッタは、建築学を専攻した。
人付き合いが苦手であっても、学ぶことは出来る。
しかし、メレッタも子供。当然友達の1人や2人は欲しいわけで........
(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!やっちゃった!!やっちゃった!!また私の話を永遠に聞かせてしまった!!)
建築学の授業受けつつ、メレッタは頭の中で猛省していた。
1人だけ話続けるなんて相手からしたらつまらない。しかし、メレッタの口は止まることを知らなかった。
(どうしよう。絶対嫌われたよ。せっかく話しかけてくれたのにぃ!!)
尚、イスは意外とメレッタの事を気に入ったという事を知るのはまだまだ先の話である。




