不本意な大穴枠
イスが家を出て言ってから数分後、俺達は家の管理を子供達に任せて学園へと向かっていた。
イスと一緒に学園に行っても良かったのだが、イスの成長を促すためにも1人行動はさせるべきである。
俺は少しだけ寂しく思いつつも、花音達と街中を歩いていた。
「それにしても初日から揉めるとはな。クラスメイトはともかく、上級生とも揉めるとは思わなかったぞ」
「コレは間違いなく両親の血を引いてるね。蛙の子は蛙って言った昔の人は何も間違ってなかったよ」
「朱那ちゃん?私には似てないよ。仁に似たんだよ」
「いや、花音に似たんだろ。俺はそこまでトラブルメーカーじゃない」
「どっちもどっちだねー」
初日(入学式を合わせれば2日目)にして二つの揉め事を起こしたイスだが、本人は結構楽しそうにしていた。
俺や花音が学校に行っていた頃の話の中で、誰かともめる話をよくしたと言うのもあるだろう。
人とのトラブルは学校の醍醐味と言っても過言では無い(過言)が、だからと言って楽しむものではない気がするのは俺だけだろうか?
イスならば大抵の事はなんとでもなるし、リーゼンお嬢様と言うの世渡りの天才も付いている。
間違っても虐められるなんてことは無いだろうが、クラスからは孤立しそうで怖いな。
というか、既に孤立しているかもしれない。
アゼル共和国騎士団団長と、アゼル共和国で二番目に大きい商会であるベルン商会。そこの息子と揉めるとなれば、普通の子はイスを避けてしまうだろう。
やっぱりリーゼンお嬢様には感謝だな。イスと仲良くしてくれるし、誰かと揉めたとしても味方でいてくれる。
頭が上がらないよ。ホント。
「グスタルって子はともかく、ベルルンは面倒事になりそうだな。昨日子供達に色々と調べてもらったが、親の権力を自分のものと勘違いした典型的なバカだ。親はかなりマトモなんだが、息子が好き勝手やるかもしれん」
「おぉ、今度は商会と揉めるのかな?いいね。私達も嫌がらせのためだけに何か店でも出す?」
国で2番目に大きな商会と揉めるかもしれないと言うのに、かのんはとっても楽しそうである。
やっぱり、イスが楽しそうにしてるのは花音の影響だろコレ。
俺は、ニヤニヤとする花音の頭に軽くチョップを食らわせた。
「アホか。そんな暇なことするぐらいなら、補習科の子達を教えるよ。向こうの親が何かしてこない限りは子供内の喧嘩さ。それに、揉めたとしても穏便に済ませる方法もあるしな」
「ん?あぁ、あのお爺ちゃんにある貸しか。確かにこの国最高の権力者だもんねぇ。その気になれば潰すぐらいは簡単に出来そう」
「そういうこった。ベルン商会の会長が自ら亡びの道を歩むことが無いことを祈ろうか。子供の際で滅ぶ可能性もあるにはあるけどな」
「ベルン商会は分かったけど、グスタル?君は大丈夫なの?親は騎士団長なんでしょ?ある事ないこと言われて逮捕されたりしない?」
黒百合さんはそう言いながら、心配そうに頬に手を当てる。
黒百合さんの心配は分かるが、その心配は無いと断言出来る。
グスタルとその親であるグレイブス・フォン・レベナーダのことについても調べたが、調べれば調べるほどファザコンのいい子だった。
「あっちは心配しなくていいぞ。もしかしたら、イスとは仲が良くなるかもしれん」
「へぇ?そうなの?」
「重度のファザコンで、事ある毎に自分の父親の偉大さを言うような子だが、根はすごく優しいみたいだな。多分、自分の中にある騎士道精神に則って動いてる。調べた感じ、困ってる人には手を差し伸べるいい子だ。重そうな荷物を持ってるご老人の荷物を持ってあげたり、迷子の子供を親が見つかるまで一緒に探してあげたり。イスに絡んだ理由も父親の為っぽいし」
「滅茶苦茶いい子じゃん。なんでイスちゃんに絡んだのか不思議なぐらい」
「世界最強の傭兵団であり、アゼル共和国最強の座を俺たちが奪ったからだろうな。昔は父親のグレイブス騎士団長が真っ先にアゼル共和国最強に名を連ねたんだが、今じゃ名前が上がるのは4.5番目らしいし」
ちなみに、この国で1番強いと言われているのは“炎帝”ことシルフォード又は“幻魔剣”ことエドストルだ。
先の戦争でいちばん活躍したのはシルフォードとエドストルだ。
世界最強の傭兵である“神突”デイズを倒したのもシルフォードであり、何より滅茶苦茶派手な戦い方をしたので納得である。
エドストルも味方の兵士たちを守りながら敵兵を次々と切り裂いていたし、文句はない。
しかし解せないのは、大穴枠として“黒滅”と言われている事だ。
神聖皇国で同じアンケートを取ったら間違いなく俺が1番を取れるが、国が違えば回答も変わるらしい。
仮にも団長なんだぞ?なんで大穴枠なんだよ。
アゼル共和国で最強の戦士と言われれば、“炎帝”か“幻魔剣”と言うのが今の常識である。
俺の説明で大体を察した黒百合さんは、少し嫌そうな顔をすると割と強い毒を吐いた。
「ファザコンの男の子とかちょっと気持ち悪いね。男の子なんだから“パパ、パパ”言ってないで自立しろよって感じ。イスちゃんぐらい可愛ければ微笑ましいけど」
「グスタル君が泣くぞ。いいじゃないか、ファザコンでも。親からすれば、嬉しい限りだよ」
サラッと差別発言をする黒百合さんに苦笑いを浮かべつつも、俺はイスの学園生活が楽しくなりそうだなと思うのだった。
イスにとってはいい経験になりそうだな。
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人気のない砂漠のど真ん中。強い風と巻き上がる砂埃のせいで誰も通りたがらない砂漠の道で、世界に厄災を振りまく魔物達は話をしていた。
“終焉を知る者”ニーズヘッグと“万死”不死王。
その気になれば世界を混沌に陥れることも出来る恐怖の象徴は、呑気に欠伸をしている。
「ふあぁ、なるほど。貴方は昔から変わりませんね」
「ニーズヘッグサン程ジャ無イ........イヤ、少シ変ワッタカ」
「変わりましたよ。クソほど退屈な島でのんびりとすごし、面白い人間に出逢えば嫌でもね。そうそう。今回のことは団長さんに報告しておきます。きっといい返事が貰えますよ。なんせ、二年後にはコチラから仕掛けるつもりでしたからね」
「ン?恨ミデモアルノカ?」
「まぁ、団長さんは無いでしょうが、やらないと団員が攫われますからね。ほら、異世界から来た四番大天使が、天界に連れてかれるんですよ。それを阻止しようとしなきゃダメなので」
「ナルホド。ワタシノ目的ハ天使ノ抹殺デハアルガ、ソノ人ハ思想ガ染マッテ無イミタイダ」
女神の使徒に在らず。されど女神の使徒を騙る。これは神を騙ると同意義であり、裁く者が居ないのであれば自らの手によって裁きを下す。
かつて聖職者でありながら魔物に堕ちた不死王は、いい返事が貰えることを期待してニーズヘッグと別れるのであった。




