一日の終わり
補習の授業を終えたのは、日が暮れる少し前の頃だった。
学園も生徒たちの安全を考慮して日が完全に暮れる前には生徒達を家に返す方針を取っている。
生徒たちはそれぞれの家に帰り、残った教師たちは明日の授業の準備とその日の授業の片付けをするのだ。
教師である俺達もサラサ先生と片付けをし、今日を終える。サラサ先生はまだ学園に残ってやることがあるみたいだが、俺達は帰っていいよと言われたのでお言葉に甘えさせてもらうことにした。
「コレが社会人か。もう日が暮れてるぞ」
「今日は昼過ぎからしか出てきてないけど、明日からは朝から学園に向かわなきゃならないから、大変だねぇ。家に帰ったらご飯食べて寝るぐらいしかできないよ」
「この後報告書を見ないといけないんだけどな........戦争が終わってからはだいぶ少なくなったけど、調べなきゃならん事が山積みだ」
教師としての働き始めた俺達ではあるが、本職は傭兵。
世界中を巻き込んだ戦争が終わりだいぶ暇になってはいるものの、各国の動きや要人たちの動向は把握しなければならない。
後は、厄災級魔物達の相手もしなければ。
世界中を恐怖に陥れた厄災の魔物達ではあるが、蓋を開ければ割と子供じみている。
構ってやらないと拗ねたり、何かやらかしたりする可能性が高いので、最低でも週一で拠点に変える必要があった。
ヨルムンガンドとかジャバウォック、ケルベロスのように俺以外にも構ってあげる人がいればいいのだが、生憎獣人組は厄災級魔物と話すことはあれど遊ぶような仲では無い。
特に俺や花音を気に入っているフェンリルとマーナガルムは、寂しさのあまりこの街にやってくる可能性も有り得た。
「ちょくちょく拠点にも帰らないとな........少し教師の仕事を受けて後悔してるぞ」
「なら辞める?」
「いや、イスが卒業するまではやるさ。じゃないと、学園長に何を言われるか分からん」
勤務2日目にして退職とか高校生のバイトかよ。
学園長からは何時辞めても構わないとは言われているが、社会人として最低限働かなければならない期間というものがあるだろう。
余りにブラック過ぎるならともかく、この学園程度で根を上げてはいけない。
大丈夫。ドラゴンの巣に放り込まれて2週間死ぬ気で生き延びるよりは断然マシだ。
「報告書の確認は黒百合さん達にも手伝ってもらうか........確認しない訳にも行かないしな」
「分かってないこと多いもんねぇ」
「お、ついに私達にも傭兵としてのお仕事が来るんだね?!ちょっと楽しみだな」
「私の知識が役立つかも?頑張るよー。大丈夫、身体がキツくなったらわたしが癒してあげるから」
未だに“鍵”についてもよく分かってなければ、剣聖の動向も分かっていない。
これは子供達に頑張ってもらうしかないものの、指示を出すのは俺である。
ラファやファフニールに“鍵”について聞いたものの、“知らない”としか帰ってこなかった。
もしかしたら知っているのかもしれないが、それがあのブタ教皇が言う“鍵”と結びつ居ていないのかもしれない。
俺も“鍵”と言う単語しか分かってないからな。何を表しているのかはさっぱりだ。
そう話しながら家に帰ると、イスが扉を思いっきり開けて俺達を出迎える。
頭の上にはベオークが乗っており、俺たちが帰ってくるまでの相手をしていたようだ。
「お帰りなさいなの!!」
『お帰り』
「ただいま。イス、ベオーク。やっぱり来てたんだな」
『心配で。主にイスがやらかさないか』
「ベオーク失礼なの。私もちゃんと場所は弁えてるの」
俺はベオークとイスの頭を撫でてやりつつ、家の中に入る。
昨日の夜は騒がしかったリビングも、今日は俺達だけしかいない為とても静かだった。
「夕飯作らんといかんな。花音、頼めるか?」
「うい。材料は腐るほどあるし、任せんしゃい」
「あ、私も手伝うよー。花音ちゃんとお料理するの楽しいし」
「私は........パスかな。そもそも料理があまり得意じゃない」
「安心しろラファ。俺もだ」
「ジン団長と同じにされるのは不本意なんだけど?最低限の料理はできるから」
えぇ........そこまで嫌そうな顔をする?
ラファは割と本気で俺と同じにされるのが嫌なようで、心の底から“嫌です”といった顔でこちらを見る。
「仁、仁と一緒にされるのはラファが可哀想だよ」
「いや、そこはコッチのフォローをしてよ。なんでトドメを刺しに来てんだ」
「だって........ねぇ?塩と砂糖を間違えたり、レシピ通りに作らない人と、レシピさえあればちゃんと作れる人をどう列に扱うのはちょっと........」
「泣くぞ?俺だって人の心はあるんだからな?」
容赦のない花音の追撃に心を痛めつつ、俺は花音も黒百合さんに夕飯を作ってもらう。
俺だって料理はできるんだぞ!!........多分。
俺は割とマジめに料理の練習をするべきかどうか迷いつつ、今日の学園はどうだったかイスに尋ねた。
「学園はどうだった?授業はついていけてるか?」
「授業は余裕なの。と言うか、退屈すぎて眠いの」
「寝たのか?」
「流石にそれは無いの。一応話は聞いてるの」
なんて真面目なんだうちの子は。
どんな授業をしたのかは知らないが、イスですら眠くなる授業なんて俺だったら爆睡している自信がある。
つまらない先生の授業というのは、子守唄以上に睡魔を誘うのだ。
「特に歴史は最悪なの。教科書読めば分かることしか言わないし、というか、教科書を読んでるだけなの」
「それは退屈だな........生徒達とはどうだ?仲良くなれそうな子は居たか?」
「んー、今の所はリーゼンちゃん以外は居ないの。あ、でもグスタルって奴に絡まれたの」
絡まれた?随分と物騒な言い方だ。
まさか、イスに無謀にも喧嘩を売った馬鹿がもう居るのか。
俺はイスの話を楽しみにしているため、子供達からは余程のことがない限りは報告しなくていいと言っている。
もちろん後で確認を取ったりするつもりだが、我が子の話をフライングで聞くのはダメだろうという判断だ。
「なんて絡まれたんだ?」
「えーと、要約すると“お前の父親は世界最強の傭兵団なんて言われているが、俺の親父こそがアゼル共和国最強なんだからな!!調子に乗るなよ!!”って感じなの」
う、うーん。なんとも反応しずらい話である。
用は俺が原因で絡まれたってことかな?
「それで、なんて返したんだ?」
「ん?特に何も。ホームルームが始まっちゃったから。そのあとは睨まれるだけで特に絡んでこなかったの」
「へぇ、そのグルタルって子の父親は何者なんだろうな。多分騎士だとは思うけど」
「確か、アゼル騎士団の団長って言ってたの。この国の騎士団の中で一番偉い人らしいの。リーゼンちゃんは、自分の父親よりも強いって言われるパパの事が気に入らないみたい」
なるほど。何となく分かったぞ。
多分グスタルって子はファザコンだ。今まではアゼル共和国最強の座を父親が持っていたのに、それをぽっと出の傭兵に取られたんだからな。
親父さんはきっと何も思っていないだろうが、父親を誇りに思っているであろうグスタルにとっては面白くない出来事だったと。
父親思いの、いい子じゃないか。
「それでね──────────」
その後も、イスの学園の話しを俺は聞いてあげるのだった。
まさか、上級生とも既に揉めてたとは思わなかったが。




