イスの学園生活⑤
学食の注文を終え、イスとリーゼンは相手いる席を探す。
イスが注文した量があまりにも多すぎて学食のおばちゃんが何度も忠告し、イスが若干イラつくというハプニングこそあったものの、リーゼンの口添えもあって事なきを得た。
グスタルと言うファザコンに絡まれた時ですら焦らなかったリーゼンが、この学園に来て最も焦った事の一つである。
「人が多すぎて座る場所がないの」
「そうね。誰かが履けるのを待つしかないかしら」
学食はかなり広く、大勢の生徒が座れるようになっている。しかし、学園生活初日で学食を食べてみたいという生徒や、戦争の影響で倍に膨れ上がった1年生が溢れかえった結果、座る場所が殆どなかった。
イスもリーゼンも困っていると、奥の方に四つほど空いている席を見つける。
2人は人混みの中を素早く移動すると、何とか席を確保することに成功した。
「やっぱり明日からは私の店に行きましょう。ここは人が多すぎる上に座る場所の確保も難しいわ」
「確かに大変なの。リーゼンちゃんの店ではそんな事起こらないの?」
「VIPルームが幾つかあるのよ。滅多に偉い人なんて来ないけど、念の為に作った奴がね。ほぼ私と家族でしか使わないわ」
「おぉー、それは凄いの。明日が楽しみなの」
イスはそう言いながら、両手を合わせて小さく“頂きます”と言うと、早速串焼きを口の中に放り込んだ。
バルサルでよく食べる出店のおっちゃんの串焼きには劣るものの、それなりには美味しい。
この量と値段を考えれば、イスにとっては大変満足できるだけの美味しさだった。
「んー、美味しいの」
「ひ、一口で全部食べたわね。流石はド........じゃなくてイスちゃん。一口が大きいわ」
リーゼンはイスの食べっぷりを見つつ、自分の料理を口にする。
野菜炒めとパンと言う健康的な食事ではあるが、量は大盛りだった。
食べ盛り育ち盛りのリーゼンにとって、この量を平らげるのは容易である。
「中々美味しいわね。エリーちゃんのとこよりは劣るけど」
「エリーちゃんのとこより美味しかったら、エリーちゃんは面目丸潰れなの。まぁ、店によっては学食よりも不味いところなんていっぱいあるだろうけど」
「私の店は大丈夫よ?何せ元宮廷料理人とかを雇っているからね」
「おぉ、どこかの王国の料理人?」
「そんなところよ。なんでも、政争に巻き込まれて国から出るしか無かったらしいわ。詳しい事は聞いてないから分からないけど」
「国は面倒臭いの」
「全くよ。特に権力争いが激しい貴族制の国は面倒よ。何が悲しくて身内で殺し合うのやら。私には理解できないわ」
イスはリーゼンの話を聞きつつも、料理を食べる手を止めない。
僅か5分で、串焼きは肉の付いていない木の棒に成り下がっていた。
こうして平和な昼食を食べる2人であったが、彼女達は何故ここの席だけが空いていたのかを理解していない。
確かに人目に付きにくい場所ではあるものの、学食内をよく見渡せば見つけられる位置にある。
運良く空いていたとしても、学食内を見て回るもの達全員がそこに座らないと言うのは不自然であった。
「おい、そこは俺達の席だぞ」
「1年が座ってんじゃねーよ。今回は見逃してやるからさっさと退けや」
無謀にもリーゼンとイスに喧嘩腰で話しかけた男達。イスとリーゼンが視線を向けると、4人組が眉をひそめながら立っていた。
「誰?」
「さぁ?誰かしら」
腕に巻かれたスカーフを見る限り、相手は四年生。
自分達よりも一回りほど体が大きいが、厄災級魔物をも相手にする化け物を見てきたリーゼンやそもそも厄災級魔物であるイスからすれば全くもって驚異とはなり得ない。
イスは料理を食べる手を止める気配がないので、リーゼンは一旦食べる手を止めると、その男たちに言葉を返した。
「どなたで?」
「俺を知らないとは学のない奴だな。俺はベルルンだ。ベルン商会の会長の息子だよ」
「あぁ、ベルン商会の」
リーゼンはそう言いつつ、面識のあるベルン商会の会長の顔を思い浮かべる。
確かに面影がある。特に目元はそっくりであり、胡散臭い細めがよく似合っていた。
ベルン商会は、アゼル共和国で2番目に大きな商会だ。リーゼンとも何度かやり取りをしたことがあり、多少世話になった時期もある。
会長は多少後ろめたい事こそあれど、かなり常識人でありやり手の商人だったはずだが、どうやら子育ては苦手なようだ。
ブルーノ元老院の娘であり、それなりに大きな商会を持つリーゼンの顔を知らない時点でたかが知れている。
ファザコンのグスタルはまだ可愛げがあったが、こちらはただの馬鹿であった。
偉いのは親。権力を持っているのも親。親も国内最大の権力者であり、自身もアゼル共和国で2番目に大きい商会を相手にできるだけの権力を持っているとなれば、恐れるものもない。
暴力に訴え出るのであれば、こちらは最強の切り札がいる。
........今はステーキにかぶりついてはパンを幸せそうに食べているが。
リーゼンは少しだけイスを羨ましく思いつつ、相手はどうとでもなると判断した。
「分かったらさっさと退け。ベルン商会を敵に回したく無いだろう?」
「貴方にベルン商会を動かせるだけの権限は無いでしょうに。それと、ここの学食は席の予約が必要で?」
「そうだ。ここは俺達が去年から使ってる席なんだよ。3度目はないぞ。退け」
「使ってるだけで、予約もクソも無いでしょ?私の隣はまだ空いてるから使えばいいじゃない。2人は座れるわよ」
「ふざけるなよ!!」
ドン!!と机に拳が振り下ろされ、机に乗っていたお盆が僅かに浮く。
あまりにも大きな音だった為、学食内は一瞬にして静まり返った。
そんな中でも“まーた子供の喧嘩か”と思いつつ、料理を作り続けるおばちゃん達は流石と言えるだろう。
場馴れしたプロは多少のことでは動じない。
「いいから退け!!親父に言ってお前を退学にすることだってできるんだぞ?」
「あらあらあら、父親のに泣きつかなきゃ何も出来ないのかしら?偉いでちゅねー。パパのお乳は美味しいでちゅかー?」
「ブフッ!!ゴホッゴホッゴホッ」
リーゼンの煽りがツボに入ったイスは思わず吹き出し、お腹を抱えて静かに笑う。
イスだけではない。近くで話を聞いていた生徒達も、声は出さずに笑っていた。
周りから笑われていることを察したベルルンは、顔を真っ赤にするとリーゼンの胸ぐらを掴みあげる。
彼がこうして威張っているのは、腕っ節が強いからだ。大抵は親の権力と腕っ節で脅せばなんとでもなる........相手がそれ以上の権力と腕っ節を持っていなければ。
「調子に乗るなよ!!」
「あら、次は女の子に手を挙げるのかしら?見下げた精神ね。5歳児かしら?」
「貴様ァ!!」
怒りに震えたベルルンは拳を振り上げたが、友人が殴られるのを見ているほどイスは非情ではなかった。
「それはダメなの」
「ぐわぁ!!」
リーゼンに殴り掛かるその瞬間、イスは魔力を飛ばしてベルルンを吹き飛ばす。
あまりにも早業過ぎて、その動きを察知できた者はリーゼン1人だった。
「リーゼンちゃん、他の場所で食べるの。キャンキャン煩い犬が居ると、ご飯が美味しくなくなるの」
「あらそう?私はどっちでもいいから移動しましょう........ところで、もう殆ど料理がないのだけど食べたの?」
「うん。後はサラダだけなの」
「早すぎよ........」
リーゼンはイスの食べる速度に呆れつつ、席を離れる。
ベルルンの取り巻き達は、何が起こったのか分からずイス達を止めることなくただただ立ち尽くすのだった。




