四年生
その後もサラサ先生と交流を深めていると、補習科の授業が始まる時間となった。
この学園には幾つもの運動場があり、その中の1つには補習科専用の運動場もある。さすがに俺達が通っていた学校ほどは広くないが、運動するには十分な広さだ。
「これが補習科の生徒達か。たった5人しか居ないんだけど」
「そりゃ“補習”だからね。要は赤点取った子達でしょ?元々この学園は優秀な人材が多く集まるんだから、こんなもんでしょ。それに、何十人とか居ても覚えられないから私はこれでいいかな」
「赤点かぁ、私、基本90点台しか取った事ないから分かんないや」
「赤点?って何?」
集まったのは四年生の5人。
俺達はサラサ先生の後ろで生徒たちを見ながら、思い思いの事を口にする。
勿論、生徒達には聞こえない声量でだ。
各学年5人ずつと考えると、戦闘訓練の補習科は全部で20人前後。今年の一年生は倍いるから、25人ぐらいになるのだろうか。
「皆さん、今学期も頑張りましょう。大丈夫、今年から新たな先生が4人も来てくれましたから」
サラサ先生はそう言うと、俺達に自己紹介をするように促す。
今日はサラサ先生がメインで教える事になっているが、新任教師の紹介はしてくれるようだ。
俺は1歩前に出ると、不安そうに新しい教師を見る生徒達に挨拶をする。
「傭兵団“揺レ動ク者”団長の仁だ。この傭兵団の名前知ってるって人」
俺の問いかけに5人全員が手を上げる。
おぉ、この学園で歩いていても殆ど声をかけられなかったから、てっきり学園では名前が知られてないのかと思った。
知っていて尚声をかけてこないとは、流石民度が高いアゼル共和国の国民である。
これが神聖皇国だったら、握手やらサインやらを求められてたんだろうな。
神聖皇国の民度が低い訳では無いが、囲まれる身としてはかなり面倒である。某デビュー曲がスケスケ衣装だった有名アイドルの気持ちが少しだけ分かった瞬間だ。
「ありがとう。手を下ろしてくれていい。今年から君たちを教えることになった。よろしく」
挨拶を終えると、パチパチとまばらな拍手が起きる。5人しか居ないから、盛大な拍手とはならなかった。
その後、花音達も簡単な自己紹介を終えると、質問タイムに入る。
真っ先に手を挙げたのは、どうオブラートに包んでも“デブ”としか言いようのない体の大きな男の子だ。
「んじゃ、そこの元気な子」
「ブデでふ。あの、なぜ僕たちを教える事に?」
デブのブデ。何とも分かりやすい名前だ。間違っても本人に言うことは無いが。
「学園長にそう言われたからな。これでも一応、世界最強の傭兵団だ。君達を強くする術は知ってる。まぁ、最終的には本人のやる気次第だがな」
「ぼ、僕達でも勝てるようになるんでふか?基礎科や応用科に」
「勝てるさ。俺と君達程の実力差があれば別だが、流石にそこまで実力差が開いているわけじゃないんだろう?見た感じ、応用科もちょっと強い程度だしな。強くなりたいのか?」
「........強くなりたいわけじゃないでふ。でも、僕達を見下した連中に一泡吹かせてやりたいでふ」
ブデの言葉に、補習科の誰もが頷く。
一体どのような仕打ちを受ければ、ここまで暗い顔になれるのやら。
子供は時として残酷とは言うが、イジメでこうなるのは凄いな。
学園長も頑張って手は打っているのだろう。他の教師も注意していると言う報告も受けている。
が、それだけでイジメが無くなればこの世に“イジメ”なんて言葉は存在しない。世界とはどこまでも残酷で非情なのだ。
それはそうとして、彼らはやる気がある。3年間見下されてきたにもかかわらず、その闘志を腐らせる事無く戦ってきたのだ。
やるじゃないか。俺はこういう諦めるのが下手な連中は嫌いじゃない。
「いいねぇ。いい目だ。やる気が無かったらどうしようかと思ったが、やる気満々じゃないか。強くなりたい動機なんて正直どうでもいい。不純で結構!!要は、奴らの輝かしいエリート街道をぶっ潰してやりたいんだろ?」
「え?いや、そこまでは言って──────────」
「よし、ならなってやろう。武闘大会まで後10ヶ月。優勝とまでは行かずとも、基礎科の奴ら全員に勝てるレベルにまでしてやるよ」
リーゼンお嬢様レベルにまで強くさせるのは時間が足りないが、ムカつく奴らを叩きのめすだけの時間はある。
そのためには先ず、彼らのポテンシャルを見なければ。場合によっては、特別講師としてウチの連中(吸血鬼夫婦とかドッペルゲンガーとか)も連れてこよう。
物を教えることに関して言えば、彼らの方が圧倒的に上だ。大丈夫、仮面をすれば種族なんて分からんし、バレてもなんとかなるやろ。
「ふふふふ、楽しくなってきたな」
「仁、全く話を聞いてないね。こう言う系が好きなのは知ってるけど」
「仁君らしいっちゃらしいけど........大丈夫かな?」
「ちょっと生徒達に同情するかも。ジン団長、大丈夫?」
こうして、後に“絶望の出世壊し”と呼ばれる最恐の5人との10ヶ月に渡る地獄の日々が始まった。
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不死王は、黒竜の背に乗って空を飛んでいた。
ニーズヘッグが所属する世界最強の傭兵団“揺レ動ク者”の拠点である、バルサルの街のハズレにある森へと向かうのだ。
そこには“浮島”アスピドケロンが住んでいる事もあり、不死王は迷うことなくその場所をめざして飛ぶ。
「コウシテ、空ヲ飛ブノモ久シイナ」
嫉妬の魔王と戦う前は戦力集め、嫉妬の魔王と戦った後は、失った兵力の補充と作戦の見直し。
とにかく、不死王はのんびりする時間が無かった。
その反動か、こうしてゆったりと空を飛んでいると心が落ち着く。
移りゆく景色を楽しんでいると、不死王の前に大きな魔力反応を察知した。
しかも、知っている魔力だ。
数万年以上も前に出会った厄災。全てを灰と化し、絶望という言葉では表せないほどの絶望を振りまいた不死王が“死”を感じる程の強大な存在。
その存在が目に入った瞬間、不死王は頭を下げた。
「ニーズヘッグサン。オ久シブリデス」
「お久しぶりですね。不死王。貴方の魔力が動いた気配があったので、見に来てみれば........散歩ですか?」
「イエ、貴方達ニ用ガアッテ来マシタ」
「用?何の?」
「力ヲ貸シテ頂キタイノデス。最初ハ私一人デ、ヤルツモリデシタガ、少々予定ガ狂イマシテ」
ニーズヘッグは、それだけで大体を察した。
不死王の過去は知っている。彼は遠い昔、人間であった。
そして、彼が不死王としてこの世界に再び生を受けたのは、とある者達を殺害するためである。
未だに動かないのは、それができないから。数万年もの準備をしても尚、不死王は勝てると思っていない。
嫉妬の魔王が現れなければ、後数千年で始めるつもりだったのだが予定が狂った。そして、このままではいつまで経っても始められないと悟った不死王は、助けを求めに来たのだ。
「なるほど。とりあえず話を聞きましょう。貴方の瘴気は森を壊す。砂漠に降りますか」
「了解シタ」
ニーズヘッグはそう言うと、影の中に潜んでいる子供に拠点へ連絡を入れるように指示を出すのだった。




