人間関係はどこに行っても大事
片付けが終わり、客が全員帰ったのを確認してから俺達は学園へと向かう。
サラサ先生からは昼過ぎ位に学園に来ればいいと言われているので、昼前に家を出れば丁度いい時間になるだろう。
俺達は屋台で売っていた朝食兼昼食となる串焼きを食べつつ、街中を歩いた。
「ここの串焼きはハズレだな。いい匂いがしたんだが、下味が付いてない」
「イスならこういうの分かるんだろうけどねぇ。主に匂いと勘で。私達はそこまで野生じみてないから無理だけど」
「そう?これはコレで美味しいと思うんだけどなぁ。ほら、素材の味が生かされてる感じがして」
「それ、褒めてるようで褒めてないからな?」
いい匂いがした串焼きは、ハズレだった。これならバルサルの所にあるおっちゃんの串焼きの方が断然美味い。
あっちは炭火焼き用の魔道具で焼いてたし、下味もしっかりとしていた。
大してこちらは、肉を焼いて塩を振っただけの素材勝負だ。肉の味を感じたい人にはいいかもしれないが、少なくとも俺と花音の口には合わない。
「口直しで干し肉食うけどいる人ー」
「はーい」
「私も貰おうかな」
「あ、私もー」
黒百合さんも食べるんかい。
結局、全員が干し肉を齧りながら出勤する。
口直しの干し肉は、ちゃんと美味しかった。
学園に着くと、俺達は真っ先にサラサ先生が居る職員室に顔を出す。
職員室の手前まで来ると、既に中には気配があった。
「もう居るのか。俺達には昼過ぎでいいって言ってたのに」
「朝からいるみたいだよ。見張ってた子供達がそう言ってる」
「花音ちゃん、言葉わかるの?私、全く分からないんだけど」
「私も分からないけど、付き合いは長いからねぇ。多少言いたいことはわかるんだよ。仁ほどじゃないけど」
六年以上も子供達と過ごしていれば、何となく言いたいことも分かる。子供たちの知能は高く、下手をすれば人間よりも賢いのだ。
分かりやすいジェスチャーゲームを毎日のようにやっていれば、嫌でも文字を使わずとも意思の疎通をすることが出来る。
少し前からダークエルフ三姉妹も獣人組も、子供達の言いたいことが何となく分かるようになったみたいで、会話とまでは行かないが簡単な意思の疎通はできると言っていた。
多分、2~3年後には黒百合さんも、子供達の言いたいことが何となく分かるようになるだろう。
俺はコンコンと扉をノックすると、サラサ先生が扉を開けてくれた。
昼の日差しに照らされて光り輝く白銀の中に混じる黒。少し小さめの身長出俺を見上げるサラサ先生は、俺達を見るとぺこりと頭を下げる。
「おはようございます........って今はこんにちはかな?」
「こんにちは。サラサ先生」
「こんにちはー」
俺と花音は普通に挨拶をし、今日が初めての顔合わせになる黒百合さんとラファは自己紹介を始める。
「こんにちは、そして初めまして。黒百合朱那です。シュナって呼んでください」
「こんにちは、ラファです。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる二人を見て、サラサ先生も慌ててもう一度頭を下げた。
「は、初めまして。サラサです。タメ口でいいので、よろしくお願いします」
簡単な挨拶も終わり、俺達は職員室に入る。
前の世界の職員室と言えば、教師達が集まっている生徒からしたら魔境の地だったが、この学園では教科事に職員室が用意されていた。
流石、金が掛かっているだけはある。
「今日から授業があるんだよな?」
「そうだよ。私達は補習がメインだから、基本的に放課後に授業を行うの。後は、基礎戦闘訓練の授業中もだね。今日は午後にしか授業は無いから、この時間に来てもらったけど、場合によっては朝から来てもらうよ」
「分かってる。って言うか、授業表みたいなのは無いのか?」
「........あ、渡し忘れた」
サラサ先生はそう言うと、職員室の奥に消えていく。
最初出会った時にも感じたが、この人結構おっちょこちょいだな?
「ちょっと天然入ってそうだねぇ。雰囲気もどこからほわわんとしてるし」
「少し黒百合さん味を感じるな。親しみやすさは段違いだけど」
「仁君?私も怒る時は怒るからね?」
「あははは!!高嶺の花が怒った!!」
「逃げろ逃げろ!!高嶺の花様のお通りだ!!」
「もー!!2人ともー!!」
巫山戯る俺と花音に対して、可愛らしく頬を膨らませポカポカと背中を叩く黒百合さん。
ラファはその様子を見て、母親のように微笑んでいた。
........いや、あれは多分“いいようにあしらわれて怒ってる女王様も可愛い”とか思ってるな。
そうやって仲良く話していると、サラサ先生が戻ってくる。
「ふふっ、仲がいいんだね」
「同じ傭兵団の仲間だからな。人間関係がギスギスとした職場だとか嫌だろ?」
「嫌だね。ホント」
そう言ったサラサ先生の顔は、苦虫を噛み潰した以上に歪んでいた。
補習科を担当する先生と基礎科や応用科を担当する先生に優劣は無い。ほかの教科でも補習は行われているが、彼らは優劣をつけることは無かった。
しかし、戦闘訓練は違う。
如実に生徒に力の差が生まれると言うのもあるが、戦闘訓練を教える先生というのは気性が荒い人が多いのだ。
勿論、教えている先生全てがそうでは無いが、戦闘訓練に多いのは事実だ。
後は、年に1度ある武闘大会も関係しているのだろう。
この学園にも、生徒達が楽しめるイベントとして文化祭や体育祭のようなものがある。その中の一つに武闘大会と言うのがあるのだが、ここでいい成績を残した生徒には騎士団からのオファーがあったりするのだ。
アゼル共和国の騎士団はかなりエリートなので、入れれば将来安泰。死ななければいい給料が貰え、それなりに強い権力も手に入る。
そして、武闘大会でいい結果を残した生徒というのは先生のステータスになる訳だ。
俺達が通っていた学校でもあったな。いい成績を残した部活の顧問が、マウント取ってくるやつ。
俺達の担任はそういうのを好まない人だったので、よく愚痴っていたのを聞いた。
生徒に好かれる先生だったので、皆その先生の味方だったなぁ。
俺も花音も黒百合さんも同じ思考に至ったのか、少しだけ面倒くさそうな顔をする。ラファはそこら辺がよく分かっていないので、ぽやっとしていた。
この大きな学園でも、そう言ったマウント合戦はあるか。
そして、補習科の生徒達が武闘大会でいい結果を残せるわけが無い。いい結果を残せるような強さがあれば、そもそも補習科なんかに来ないからな。
そして、学園長もそれを見て見ぬふりしかできない。多少問題があれども、教育で結果を残している以上はあまり強く言えないのだろう。
勿論、限度はあるが。
俺は、サラサ先生から渡された授業表を見ながら小さく呟いた。
「武闘大会で勝たせてやる、か........こればかりは生徒次第だな」
「嫌々やっても強くなれないもんねぇ。私達のように強くならざるを得ない状況にしてみる?」
「例えば?」
「親を人質に取って、武闘大会でいい結果を残さないと殺すとか?」
「絶対にダメだからな?やるなよ?フリじゃないからな?」
「分かってる分かってる。さすがに冗談だよ」
いや、目が半分マジだったんですがそれは........
俺は花音がサラッとえげつない事を言った事に戦慄しつつ、先ずは生徒たちを見ないとどうしようもないなと思うのだった。




