プロレス
イスとリーゼンお嬢様が元気に家を出ていった後、俺と花音は酒を飲んで爆睡している連中を叩き起してパーティーの片付けを手伝わせていた。
リーゼンお嬢様が連れてきたメイドさん達が食器などは片付けてくれたが、リビングで寝ていた俺たちが邪魔で家の掃除はできていない。
メイドさん達に全部任せるのも申し訳ないので、エリー組の面々と一緒に箒を持って家の掃除だ。
「うぇっぷ。流石に飲みすぎた........」
「吐くなよリック。吐いたらおまえこの家出禁だからな」
「分かってるよ。自分の家ならともかく、他人の家で吐くほど俺は常識知らずじゃない」
「あら、私の家では吐いてたのに?」
「メルはいいんだよ。今まで俺にどれだけ苦労をかけてきたと思ってる。少しは労れ」
フラフラと二日酔いが抜けないリックは、メルに文句を言いつつも真面目に掃除を続ける。
後ろでメイドさんが念の為に吐き袋を用意してくれているが、リックにも意地というのがあるので吐くことは無いだろう。
その隙だらけの腹に、ボディーブローをカマしたりしなければ。
「ほっほっほ。こうして掃除するのは久しいのぉ。少し新鮮な気分じゃ」
「おらジジィ、ここにゴミが残ってるぞ。老眼で見えてないのか?」
「そのにデカイゴミがあるのは見えるがな。きっちり掃除しないといけないのぉ?」
ジジィはそう言うと、俺をゴミとして掃こうとする。
このジジィ、お前をゴミとして処分してやろうか。
「殴られてぇのか?先にジジィをゴミとして処分するぞ」
「やれるもんならやってみるといい。その際は、可愛い娘が学園に通えなくなるぞ?」
とんでもない脅し方をして来るな。このジジィ。
別に学園はこの国だけにあるものじゃない。国の数だけ学校はあるのだ。もしこのジジィを殺しても、イスが学園に通うことは出来る。
数少ない友人であるリーゼンお嬢様とはお別れになってしまうが。
イスは、リーゼンお嬢様と別れてしまうことになったら悲しむだろう。どうしようもない事態に陥って、やも得なくならばイスも納得してくれるだろうが、こんな馬鹿な事で別れることになったらまず間違いなく嫌われる。
俺も流石にこんな馬鹿な事でイスを悲しませたくないので、ジジィの持つ箒を軽く蹴るだけにしておいた。
「全く。こんな親からあそこまで素直な子が産まれるとは、世界とはわからんものじゃのぉ」
「馬鹿言え、俺も花音も素晴らしい親だろ?」
「それを本気で言っておるなら良い精神科を薦めるぞ。いや、冗談抜きで」
なんて失礼なジジィだ。イスは俺と花音によって育てられたのだから、あんなにいい子に育ったのは育て親が素晴らしいからだろ?
まぁ、流石に冗談だが。
イスが普通に真面目で優秀なだけなんだよなぁ。俺や花音の教育も、多少は人格形成に関わっているだろうが、イスは生まれてから直ぐに言葉を理解出来たりする子である。
自分で考えてあんなにいい子になったのだろう。
「いい子だよほんと」
「ほっほっほ。大切にするといい。愚かな子も我が子ならば可愛いが、度が過ぎる事も多いのでな」
そう言ったジジィの顔は、とても悲しそうだった。
きっと過去に何かあったのだろう。少し興味もあるが、どう見ても地雷なので俺はジジィから離れる。
後のご機嫌取りはブルーノ元老院に任せよう。
チラリとブルーノ元老院を見ると、彼は“え、俺?!”と驚きつつ若干嫌そうな顔をしてジジィに近づく。
俺とジジィは対等な関係だが、ブルーノ元老院とジジィは上下関係。まだまだ若造のブルーノ元老院にとって、ジジィの相手はこの上なく気を使う仕事なのだ。
「よくこの国のトップにあんな口聞けるわね。ちょっと感心するわ」
俺とジジィのやり取りを見ていたエリーちゃんは、箒を持ったままこちらに近づいてくる。
彼女(彼)からすれば、相手はこの国トップの元老院。更にその中でも1番権力の強い奴だ。
この国に住むものからすれば、頭をペコペコと下げて話す相手である。
「あのジジィには貸しもあるからな。それにこの言い合いもプロレスさ。お互いに悪口を言い合うって分かっているから、特に何も思うところは無いのさ」
「プロレス........?よく分からないけど、予定調和って事かしら?」
「そんな感じだ。ちなみに、俺もジジィもお互いに嫌ってるぞ」
「それは予定調和では無くて普通にケンカじゃないのかしら?」
エリーちゃんは少し顔を青くしながら、ジジィの方を見る。
作り笑顔でぺこぺことご機嫌をとるブルーノ元老院と、それを楽しむジジィ。相変わらずいい性格をしてやがる。
「私達にも飛び火は勘弁よ?」
「安心しろ。そこら辺は弁えてるから」
「その心配には及びませんよ」
エリーちゃんと話していると、後ろから声をかけられる。
振り向けば、ジジィの護衛が立っていた。
「ブラハム様は、なんやかんや言ってジン様のことを気に入って居られるので。この国の害となることをしなければ、手を出すことは無いかと」
「俺を気に入っている?嫌っているの間違いだろ」
「いえ、本当に嫌っていたらこんな場所に来ないですよ。ブラハム様は懐かしんでいるのです。昔、ジン様のように軽口を叩き合う友人がいましてね。どうも、それを少し思い出しているようでして........まぁ、生意気すぎるのですこし嫌っていますが」
「そのご友人は?」
「既に他界され、女神様の元へと旅立たれました」
へぇ、そんな友人が居たんだな。
ブラハムは今年で92~4ぐらいだったか?それだけ生きていれば、別れも多いだろう。
出会いも多いだろうが、出会いの数だけ別れがあると言うものだ。
「過去に浸るとか本当に老人だな。介護するアンタも大変だろ」
「全くですよ。あの人、あの歳で無茶しますから、振り回される身にもなって欲しいですね」
「仮にも雇い主なのに、随分ないいようね」
「なら、エリー様が護衛をやってみますか?多分、一日で限界を迎えますよ。主に、思いつきで好き勝手行動されるのに振り回されるストレスで」
「遠慮しておくわ。私、枯れた爺さんは趣味じゃないの」
「ハッハッハ!!エリーちゃんも言うじゃないか!!」
こうして、パーティーの後片付けは順調(?)に進み、昼前には終わるのだった。
さて、俺達も教師としての仕事に向かわないとな。
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天からの目が届かぬ闇の中。怒りに震える死の王は、静かに力を貯える。
「全ク。魔王ノオカゲデ、エライ目アッタ。計画ヲ延期スルカ?」
先の魔王との戦い。勝てる相手ではあったが、こちらの被害も大きい。
切り札は切ってないが、数が足りてなかった。
「ドウシタモノカ........ソウイエバ、ニーズヘッグサント、面白イ人間ガ居タナ。少シ話シヲ聞イテミルカ?場所モ聞イテイルシナ」
“万死”不死王はそう呟くと、あることを思い出す。
「ソウイエバ、戦争トヤラハ終ワッタノカ?研究ガ楽シクテ、マタ外ノ情報ヲ集メ忘レタ」
新たな厄災が、世界最強と接触する日は近い。




