イスの学園生活③
グスタルの父親はアゼル共和国の騎士団長だ。アゼル共和国一と称されるその強さは、灰輝級冒険者にも届きうるとされている。
グスタルは父を尊敬していた。国を守る事に誇りを持った優しい父。訓練の際は厳しいが、彼の下に付く騎士達も父を慕って尊敬している。
この国で誰がいちばん強いか。
どう問われれば真っ先に名が上がるのが、彼の父であった。
世界最強の傭兵団と称される“揺レ動ク者”が居なければ。
アゼル共和国を拠点に置くと言われている彼らが先の戦争で大暴れしたせいで、この国最強の座は満場一致で“黒滅”となった。
実際は、仁は戦争に参加しておらず、アゼル共和国と正教会国との戦争で暴れたのはその部下であるがどちらにしろ、アゼル共和国最強の座は彼らに渡ってしまっている。
グスタフはそれが許せなかった。
彼にとって、偉大なる父こそがアゼル共和国最強であり、揺るがない事実である。
だからこそ、その子であるイスに絡んだのだ。
イスの見た目は普通の女の子。しかも、その小さい身長と細すぎる体を見ればあまりにも弱々しく感じる。
もちろん、見た目が弱々しくても強い者は存在する。グスタルもそれは理解していたが、イスはあまりにも普通の女の子すぎた。
まだ相手の実力を推し量ることの出来ないグスタルは、父の偉大さをこの学園で知らしめるためにイスを打ちのめそうと企んだのだった。
要は、お父さん大好きのファザコンである。
(世界最強の傭兵団の娘とは言え、所詮は子供。俺がこいつを叩きのめせば、教育も俺の父さんが優れている証明になるはずだ)
父はそんな事を望んではいない。だが、子にそれが分かるはずもない。
幼馴染であるバーダンが机を叩き、大声を上げて脅しているにも関わらず未だに無視をするイスに向かって無謀にも挑発した。
「所詮は成り上がりの傭兵団。礼儀もなってない上に、ビビって無視するとは腰抜けだな」
不穏な空気が流れる教室。既にホームルームの時間に差し迫っており、クラスメイトの殆どが集まっているこの状況で、誰もが行く末を見守っていた。
騎士団長の息子と世界最強の傭兵団の娘。入学式2日目にして起こったビックイベントを見逃す手はない。
リーゼンと話していたイスも、流石にこれ以上ウダウダ言われるのはウザったいのか、ようやく言葉を返した。
「お前、誰だっけ?」
「ブフォ!!」
心の底から興味無さそうに返すイスと、その返答を聞いて自分と同じ思考になっていたことに思わず吹き出すリーゼン。
もちろん、彼は入学当日にクラスメイトに挨拶をしており、ちゃんと自分な親が騎士団長であると言っている。
リーゼンもイスも興味が無くて全く聞いて居なかったが。
予想外すぎる返答にグスタルは一瞬呆然とすると、イスの言った事を理解して顔を真っ赤にした。
「お、俺が誰だかわからないだと?!昨日自己紹介しただろう!!」
「ん?んー、したけど興味なくてほとんど聞いてないの。で、誰?」
「俺はグスタル・フォン・レベナーダ!!抱いなる父、アゼル共和国の騎士団長であるグレイブス・フォン・レベナーダの息子だ!!」
2度目の自己紹介を聞いたイスは“へー”と興味無さげに返事を返し、誰だか思い出したリーゼンは“昔から変わってないわね”とグスタルのファザコンっぷりに感心する。
イスはこういう時どうするべきだっけと思いつつ、今朝父である仁に言われたことを実行した。
「私はイス。よろしくね」
名を名乗られたら名乗り返せ。
イスは仁の言った通りにし、右手を差し出すとグスタルはその手を思いっきり払い除ける。
「誰がお前と握手などするものか!!覚えておけ。今日の応用戦闘訓練で格の違いを分からせてやる!!」
「ん???よく分からないけど頑張れ?」
イスは払われた手をまじまじと見ながら、グスタルに視線を向けることなくそう返す。
今すぐにでも殴り掛かりたい衝動を抑え、グスタルは“覚えておけ!!”ともう一度言うと自分の席に戻った。
「今のは、仲良くなれたって認識しても大丈夫なの?」
「大丈夫では無いわね。イスちゃん、分かってて聞いてるでしょ」
「まぁねなの。所で、何でグスタルはあんなに怒ってるの?」
「ファザコンなのよ。お父さんが好きすぎて、ちょっと拗らせてるのよ。ほら、アゼル共和国最強は誰かっていう言われれば、真っ先に上がるのは揺レ動ク者の誰かでしょ?」
「そうだろうねなの」
「昔は彼の父、グレイブス騎士団長だったのよ。彼はそれが面白くないみたい」
「ふーん。別に馬鹿にしているわけじゃないから、気にしなくてもいいのに」
「彼にとってはそういう問題じゃ無いんでしょうね」
イスは“ちょっと気持ちはわかるかも”と思いつつ、グスタルが座る席に目を向ける。
彼は未だにこちらを睨んでおり、取り巻き達は彼のご機嫌を伺う。
イスは少しだけグスタルに好感を持った。
イスも重度のファザコン(マザコンもあり)だ。自分の親を馬鹿にされれば、間違いなく相手を殺すだろう。
「きっと馬鹿にされてると思ってるの」
「でしょうね。自分の愚かな行動で、父親が馬鹿にされる可能性を考えてないみたい」
リーゼンがそう言うとガラリと教室の扉が開かれ、担任であるレベッカが怠そうに教室に入ってくる。
「お前らー席につけー。首席取るぞー」
こうして、入学二日目の学園生活が始まった。
(ところで、ベオークはいつまで私を見てるんだろう?パパに着いてくるのダメって言われてるのに)
イスはそう思いつつも、取り敢えずベオークの事は放置することにした。
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ベオークにとって、イスは可愛い子どもであり友人だ。
仁と花音の子供であるイスの守護者にして、保護者であるベオークはイスが1人で学園生活を送ることをとても心配している。
主に、何かやらかして問題にならないかという点を。
イスは、基本自分の親関連以外のことでは怒らない。
どれだけ悪質なイタズラを仕掛けようが、基本的には笑って許してくれる。
だが、仁と花音が絡むとダメだ。
仁と花音が絡んだ時のイスの沸点はとてつもなく低い。それこそ、液体窒素レベルの沸点の低さである。
今回は傭兵団自体をバカにしたのでグスタルは首の皮一枚繋がっているが、これが仁や花音個人を貶していたらと思うとゾッとする。
もし、貶していたら今ごろこの学園そのものが凍っていた可能性も十分に有り得たのだ。
........流石にそこまではしないだろうとはベオークも思っているが、確証は無い。
(ジンもカノンも、分かってない。イスはキレたらマジでやばい。いざとなったらワタシが止めなきゃ)
仁も花音も、イスのことになるとだいぶ甘い。視野が狭くなる傾向にあった。
2人は親バカだと自覚していないが、傍から見れば充分親バカである。
(イス、親の前ではかなりいい子だからなぁ........気づかないのも無理はないか)
ベオークはそう思いつつ、静かにイスを見守るのだった。
イスの怒りが爆発しない事を祈りながら。




