顔合わせ
長ったらしい入学式も終わり、生徒達は今後学び場となる自分達の教室に案内された。
保護者は保護者で、学園の詳しい説明を受けるためにそのまま待機。しかし、教師は各自の研究部屋に戻らなければならない。
当然、教師である俺達も他の教師との顔合わせをしなければならなかった。
「すまんな黒百合さん、ラファ、もう少しの間だけ面倒な話を聞いてくれ」
「いいよいいよ。仁君と花音ちゃんはお仕事だからね」
「一応、私達も教師扱いなんだけどねー」
保護者への説明は黒百合さん達に任せ、俺と花音は落ちこぼれ組、通称“補習科”の場所へと向かった。
まだ“補習科”の先生と顔合わせが済んでいない。女性ということは知っているのだが、どのような人なのだろうか。
「イスは今ごろ教室に着いた頃か?」
「そうだねぇ。リーゼンちゃんが付いてるから、困ってもなんとかなるでしょ。それに、イスは贔屓目無しに優秀だからねぇ。1人でなんとでもなると思うよ」
少しイスが心配な俺と花音。普段イスを単独行動させる際は、必ずベオークを付けていた。
何かあって即対応できるように、過剰すぎる戦力を持ってしてイスの安全を守っている。
しかし、今回はそうでは無い。
念の為に子供達の監視は付けているが、それ以上は特に何もしていなかった。
「ベオークも学園に行きたがってたけどね。流石にそれだとイスの成長を止めちゃうから、監視だけにしたんだよねぇ」
「ベオーク、ちょっと拗ねてたな。多分、今頃こっそり学園内に侵入してイスを見てるか学園内を探険してるぞ」
ベオークは仕事に関しては完璧にこなすパーフェクト蜘蛛だが、それ以外だと割と自由人だ。後、イスと仲がいいこともあって大分心配性でもある。
きっと、勝手に学園内に入り込んでイスの監視をしてるんだろうなぁ。アイツ、俺よりより過保護だもん。
ベオークがどこに隠れているか探知を広げて探しているが、ベオークレベルの者が本気で潜伏するとその場所を掴むのは困難。
こちらを見ているなら別だが、正しい潜伏しているだけだと片手間に見つけるのはハッキリ言って無理に等しい。
「イスも薄々気づいて居そうだな。ベオークがどこかに居るって」
「多分ね。それよりも、私達の心配をした方がいいかも?新任教師って舐められやすいらしいし」
「そうか?調べた感じ、普通にいい人そうだけどな」
「そっちじゃないよ。基礎科や応用科の方。私達は良くも悪くも有名人だから、絶対絡まれるよ」
世界最強の傭兵団となった“揺レ動ク者”がこの学園で教師をやる事は、既に他の教師にも知らされている。
純粋に歓迎する教師も多いが、それを面白く思わない教師が居ることも事実だ。
特に、戦闘訓練の基礎科と応用科の教師陣はは俺達の事を快く思っていない人が多い。
同じ科目の教師同士で比べられるのが嫌なのだろう。
「人って面倒だな」
「イスみたいなこと言うね」
「イスも学ぶはずさ。人間ほど面倒な生き物はいないってね」
そう話しつつ、“補習科”の職員室を訪れる。
部屋の中には既に気配がひとつあり、慌ただしく動いていた。
俺はコンコンと二回ノックをすると、部屋の中から“どうぞー”と返事が聞こえてくる。
俺と花音はその返事を聞くと、扉を開けて中に入った。
「失礼します」
「はいはい。新しく入ってきた先生だね?確か、世界最強の傭兵団だとか。ちょっとそこら辺に座って待っててちょ」
白銀と黒の混じったショートボブのヘアスタイルをした若めの女教師は、適当にあった椅子を指さすと慌ただしく何かを纏めている。
俺と花音はどうしたものかと顔を見合わせるが、ここは大人しく椅子に座ることにした。
「凄いな。魔法や異能についての本が沢山ある。これ、多分全部あの先生が読んだんだろ?」
「知識量だけで言えばかなりなものかもね。補助や魔法、異能も纏めて教えてるから、かなり大変なんだよ。きっと」
しばらく待っていると、ようやく整理が終わったのか一仕事終えたと言わんばかりのドヤ顔でこちらにやってきた。
俺と花音は同時に椅子から立つと、頭を下げて自己紹介する。
「はじめまして。今日から“補習科”の担当になりました仁です」
「同じく“補習科”の担当になった花音です。よろしくお願いします」
第一印象はとても大事だ。人間が人を判断する時の7割は、第一印象で決まると言われる程である。
俺も花音もそこら辺はキッチリわきまえているので、先輩教師に当たる彼女には丁寧に挨拶をした。
「........おぉ、想像よりも礼儀正しい」
心の声、漏れてますよ。
頭を上げれば、目をパチクリとさせた先輩教師が呆然とこちらを見ている。
こういう場合どうしたらいいんだろうか。社会経験が少ない俺と花音は、取り敢えず向こうが話始めるのを待つことにした。
十数秒の沈黙の後、先輩教師は我を取り戻したかのように慌てて頭を下げた。
「あ、は、初めまして。“戦闘訓練補習科”の教師をしてるサラサです。この学園の教師を始めて五年目なので、分からないことが会ったらなんでも聞いてください」
そう言って笑顔をこちらに向けてくるサラサ先生。少しダボッとした服装をしているが、その鍛え上げられた肉体は隠せていない。
体内を循環する魔力もかなり滑らかだし、下手をしなくともこの人かなり強い。
恐らく金級冒険者レベルの強さだ。
俺はサラサ先生を値踏みするのを程々に、サラサ先生が出した右手を握り返す。
「よろしくお願いします。サラサ先生」
「こちらこそよろしくお願いします。あ、同じ先生なんだからタメ口でいいよ。私もそうするし、その方が楽でしょ?」
「じゃぁ、そうさせてもらうかな」
挨拶が無事に終わり、椅子に腰を掛け直した俺達は適当な質問を飛ばした。
「サラサ先生は5年間補習科を?」
「うん。私はここの卒業生でね。昔は大分弱かったんだよ。それこそ、補習科を受けるぐらいには」
「へぇ、そうは見えないねぇ。今ならそこら辺のチンピラ如き、楽に叩きのめせるでしょ」
「まぁね。それも補習科の先生が良かったお陰だよ。基本的に、戦闘訓練って長所を延ばす教え方をするんだよね。でも、そのセンセイは短所を埋める教え方をしたんだよ。そのお陰で、伸び悩んでた私は強くなれたんだ」
昔話をするサラサ先生の目は、まるでアイドルを見る少女の目だ。
大方、その先生に憧れて教師になったのだろう。人が何かを目指す場合、憧れから入る事が多いからな。
「私は強くなる必要はあまり無かったんだけどね。それでも、やられっぱなしってのが性にあわなくて。そんなこんなで卒業した時に思ったんだ。私もあの先生のようになりたいって」
「それで補習科の子を五年間教え続けてるのか」
「うん。でも、教え方が悪いのか上手くいかなくてね。申し訳ない事をしたなぁ........」
生徒を第一に考え、至らない所は自分の責任。
良い先生だ。美人だし。
サラサ先生もかなり優秀なのだろう。歴史あるこの学園の教師をその若さで務められるほどには。
だが、優秀と言うだけで人は育てられない。
俺はどうしたものかと思いつつ、サラサ先生と友好を深めるのだった。




