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イスの学園生活①

 入学式を終えたイスは、上級クラスの部屋に向かっていた。


 拠点以外で大好きな仁や花音と離れるのは、実はコレが初めてだったりする。


 あの島にいた頃も常に誰か居てくれたが、身内が居ない完全な一人と言うのはイスにとって初めての経験だった。


 「イスちゃんと同じクラスで良かったわ。わたし、あまり同年代の知り合いは居ないなよ」

 「私もなの。というか、リーゼン以外居ないの」


 教師に連れられて上級クラスに向かう中、イスは唯一の友人であるリーゼンと話す。


 彼女以外に知り合いがいないイスにとって、リーゼンの存在は大きかった。


 「それにしても凄いわね。三日程勉強しただけで歴史のテストを九割近く取るなんて。私でも無理よ」

 「リーゼンの教え方が上手だったの」

 「おべっかはいいわよ。イスちゃんの頭が良すぎただけの話しなのよ。教える身としては、スラスラと全部覚えていくものだから教えがいが無かったわ」


 リーゼンも自分はそこそこ頭がいいと自覚している。


 上級クラスに入るには、全教科80点以上を取るのが必要だ。それなりに難しいこの学園の試験で、九割以上を取れているリーゼンだが、上には上がいる事もよく知っていた。


 その1人が目の前にいる。


 真の正体は厄災級魔物のドラゴンであるが、今は年相応の子供にしか見えなかった。


 「そういえば、上級クラスは応用学が必修科目だったの。もしかして、戦闘訓練もそうなの?」

 「基本的にそうね。でも、戦闘訓練に限って言えば基礎でも大丈夫よ。まぁ、先生が教えるのは落ちこぼれ組だけど」

 「パパ........ジン先生が教える授業が1番為になるの」


 イスは仁の事を普段“パパ”と呼ぶ。しかし、ここは学園で仁は教師兼生徒。


 この場では“先生”と呼ぶのが正しいだろう。


 椅子はそう判断すると、いつもの癖で“パパ”と呼んでしまった事を訂正する。


 リーゼンはイスが仁の事を“パパ”呼びしない違和感に少し笑いながら、大きく頷いた。


 「そうね。先生が教える戦闘訓練が一番ためになるわ。先生は割と実践重視だからね。イスちゃんは見てないだろうけど、基礎戦闘訓練なんて酷いものよ?子供がやってるお遊びにしか見えないもの」

 「応用も?」

 「応用は少しマシだけど、才能によるゴリ押しね。ハッキリ言って見てられるもんじゃないわ」


 もちろん、応用戦闘訓練はかなりレベルが高い。しかし、仁と言うさらに上の者による指導と訓練を知っているものからすれば、月とすっぽんの差がある。


 基礎を徹底的に鍛え上げる重要性を理解しているリーゼンにとって、自身の長所だけを伸ばすやり方はとても不効率に見えた。


 「落ちこぼれ組にねじ込んでもらえないかな?」

 「多分行けるわよ。落ちこぼれ組から応用に行くのは無理でも、応用から落ちこぼれ組に行くのは簡単よ。明日にでも学園長に掛け合ってみましょう。きっといい返事を貰えるわ」


 リーゼンもイスも多額の寄付を学園にしている。


 財力の暴力によって学園長の頬を叩けば、余程無理なことを頼まない限りは望みを通してくれるはずだ。


 イスはこういう時権力や財力は便利だなと思いつつ、上級クラスの教室に入った。


 以前、基礎学を見学した際に見た部屋と同じような造りの教室。


 生徒達は思い思いの席に座り、イスとリーゼンも適当な席に座る。


 2人は仲がいいので、隣どおしだ。


 「うい、全員座ったな。それじゃ、ホームルーム始めるぞー」


 燃え盛る炎のように真っ赤な長髪と、同じく赤い目。寝癖をそのまま付けてきたかのようにボサボサの髪を鬱陶しそうに跳ね除ける彼女こそ、この上級クラスの担任レベッカだ。


 やる気のなさそうな見た目に反し、彼女は25歳と言う若さで上級クラスの担任をやっている。


 それだけ優秀な教師というわけだ。


 「アタシはこのクラスの担任レベッカだ。教科は応用数学。数学の授業は私が教えるからよろしく」


 ふぁーと欠伸をしながら自己紹介をするレベッカに、誰もが“こいつ本当に教師か?”と首を傾げる。


 それはリーゼンもイスも例外ではなかった。目の付け所は違うが。


 「教師とは思えないわね」

 「ちょこっと他の教師よりも強いの。アッガスより僅かに下?銀級(シルバー)冒険者上位ぐらいの強さなの」


 やる気のなさそうな死んだ魚の目の奥に宿る荒れ狂う魔力。その立ち姿は隙だらけではあるが、一度(ひとたび)襲いかかれば眠れる魔力が嵐を巻き起こすだろう。


 リーゼンやイスからすれば大した驚異では無いが、悪ガキを一瞬で叩きのめすだけの力がある。


(へぇ、何人かはアタシを違う目で見てるな)


 レベッカは、本当に教師なのかと言う懐疑的な視線の中に、いくつか自分の本質を見ている者がいることに気づいた。


 特に左後ろに座る2人。イスとリーゼンは、自分の強さに気づいた上で詰まらなさそうに自分を見つめている。


(確か、元老院の所のガキと新しく入ってきた教師のガキだな。1人は世界最強の傭兵団の教え子で、もう1人はその傭兵団に所属してるって話だ。そりゃ、あんな化け物共を間近に見ていれば、アタシなんてそこら辺のゴブリンと同じように見えるわな)


 レベッカは以前の戦争に参加している。


 運良く生き残れたが、その際に見た世界最強の傭兵団の実力は最早人ならざる領域だった。


 太陽のように燦燦と煌めく火球が敵兵を焼き殺し、ゆらりと振るった剣で敵兵の首が幾つも吹き飛ぶ。


 あの光景は未だに思い出す。人ならざる者達による殺戮は、一介の教師では計り知れないものだった。


(今回の担任は楽しくなりそうだな)


 レベッカは心の中でそう思うと、順に生徒たちに自己紹介をさせる。


 1クラス50人。毎年上級クラスは人クラスしかないのだが、戦争の影響で倍近く増えている生徒達。


 レベッカはテストを作るのが面倒だと思いつつも、新たな生徒達が今後どうなるのか楽しみだった。


 「自己紹介........どうするの?」

 

 イスはこういう場での自己紹介をしたことが無い。少し困っていると、リーゼンが答えてくれた。


 「適当でいいわよ。こんなの。名前と“よろしくお願いします”さえ言っておけば問題ないわ」

 「........今自己紹介している奴は親の偉大さを語っているようだけど?」

 「親の権力にしがみつく馬鹿はどこにでもいるわ。そして、あぁいう輩は嫌われやすいのよ。この学園は生徒は皆生徒。家柄で区別しないと言っているのだし」

 「リーゼンは違うの?」

 「私も親の権力を多少利用してるけど、べつにお父様が元老院じゃなくなっても問題ないわよ?既に私もかなりの権力を持ってるしね。まぁ、イスちゃんには敵わないけど」

 「?」


 イスはあまり自覚がないが、世界最強の傭兵団という肩書きは伊達じゃない。下手な小国ならば、王が頭を下げてでも雇おうとするだろう。


 権力も財力も最終的に頼るのは暴力。


 それを理解しているリーゼンは、圧倒的な暴力を持つ仁達の恐ろしさをよく理解していた。


 「バカが出ない事を祈るのみね。お勉強だけで来ても、意味ないのよねぇ」


 リーゼンの呟きは、イスの耳には届かなかった。

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