入学式
それから一週間後、今日は待ちに待った入学式だ。
戦争の影響もあり、1年近く遅れた入学式の為、今年入ってくる新入生の数はとても多い。
普段ならば1学年500人程度なのだが、今年は倍の1000人近くがこの学園に入学することになっている。
学園側も過去に何度もこう会うことがあった為か、手馴れた様子だった。
子供の1歳差はかなり大きいのだが、こればかりはどうしようもない。
どこかで区切りをつけなければ、入学させる親御さんも入学する子供達も困るだろうからな。
前の世界にいた頃も早生まれ問題があったが、この問題はどこの世界でも起こりうるようだ。
「我が学園は、歴史ある学園であり──────────」
どこの世界に行っても変わらない校長(ここの場合は学園長)の長い話を聞き流しながら、教師陣が座る席で欠伸を噛み締める。
俺達が教師として来ることは既にほかの教師にも伝わっているが、顔を合わせるのは今日が初めてだ。
噂を聞きつけた教師の何人からかサインを求められその対応をしたが、特別扱いされている俺達に悪意を向けるものは居なかった。
今の所は、だが。
「暇だな」
「仁はこう言う話全く聞かないからね。全校集会の時とか爆睡してたでしょ」
「してたな。学校が招いた講師の講演会の時とかも、爆睡して先生に怒られた記憶がある」
「それは仁が悪いね。つまらない話をした講師側にも問題があるんだろうけど」
「今回は流石に寝ないけどな。我が子の晴れ舞台で寝る程馬鹿じゃないし」
「そんなことしたら、イスにブチギレられると思うよ。“パパなんか大っ嫌い!!”って言われても仕方がないぐらいに」
「冗談抜きにメンタルがやられそうだから、ちゃんと起きてるよ。イスに嫌われたらかなりショックだ」
そのイスは生徒達が座る場所に混じって退屈な学園長の話を........聞いてないなこれ。
目線も学園長の方を向いているが、あまりに退屈すぎでコチラに意識を飛ばしている。
多分、今の会話を聞き取ってるはずだ。
今年入学する生徒達は皆バラバラの格好をしており、その腕に青色のスカーフを巻いている。
この学園では、このスカーフが制服代わりだ。ちゃんと他のスカーフと見分けが着くように、学園の紋章が刻まれている。
学年毎にスカーフの色は変わり、一年生は青、2年生は緑、3年生は赤、4年生は紫と分かれている。
基本的に学年が変わってもスカーフの色は変わらないので、今年の1年生が二年生に上がり4年生が卒業すれば、来年の生徒達は紫色のスカーフをその腕に巻くことになるはずだ。
余談だが、毎年スカーフを無くす生徒が続出するらしい。四年間で一度もスカーフを無くしたことがない生徒は、精々五分の一程度なんだとか。
無くしやすいのは分かるが、無くしすぎじゃないか?一応、スカーフには自分の名前も刻まれているから、学園内で落としたら見つけた人が探してくれそうな気もするが。
「昔は私達も生徒側だったのにね。今じゃ異世界で傭兵しながら教師兼生徒だよ」
「人生何があるのか分かったもんじゃ無いな。だとしてもこれは流石に予想できないけど」
「予想出来たらびっくりなんだよなぁ。年中厨二病患者ですら、こんな事考えないよ」
かつて生徒として生活していた俺たち三人。
今となっては異世界で教師をすることになるのだから、驚きだ。
一寸先は闇ってレベルじゃない。その闇の向こうに、こんな人生があってたまるか。
「私は教師も生徒も初めてだよ。一応、天界にも先生は居たけど学園って感じでは無かったし」
「天界にはこう言う学び場が無かったのか?」
「無いね。基本、面倒見のいい比較的マシな天使が教えてくれるだけで、後は自分で何とかしてねって感じだったし」
「だから頭の悪い天使がのさばったのかな?やっぱりどの種族でもお勉強は大切だねぇ」
「カノンちゃんの言う通りだよ。あの天使共は、脳の代わりににおがくずが詰まった劣等種だからね........中にはマトモな奴もいたけど」
天使の教育は滅茶苦茶だな。
五歳以下の子供が天界に来るのだから、教育はしっかりとしなきゃいけないのに。
恐らく教育という名の洗脳をしているのだろう。“天使は女神の使徒”と刷り込ませ、傲慢になるように育てているはずだ。
実行犯以外は皆被害者なんだろうな。
今のところ、ラファ以外から天使の情報を得れていないので信用しすぎるのは問題だが。
「それにしても、イスは上級クラスかぁ。賢すぎるから当たり前っちゃ当たり前だけど、どうなるかね」
僅かに殺気が漏れだしたラファを見て、花音が強引に話題を変える。
ナイスだぞ花音。イスとその横にいるリーゼンお嬢様はその殺気に気づいたからな。
黒百合さんはラファの背中を優しく撫で、俺は話題を逸らすために花音の話に乗る。
「リーゼンお嬢様も上級クラスだな。知り合いが1人いるのと居ないのとでは雲泥の差だろうし、これはありがたい」
「知り合いがいるのは大事だよねぇ。そこから人間関係を広げられるし」
「私、知り合いいても人間関係広がらなかったんだけど........」
「うん、シュナちゃんはちょっと黙ってようねー」
優秀なイスは、上級クラスと呼ばれる1番優秀な生徒達が集まるクラスに入っている。
テストでほぼほぼ満点を取ったのだから、当たり前だろう。
戦闘試験もイスが試験管を圧倒していた。ウチの子天才過ぎないか?
この学園のクラス分けは大きくわけて3つ。
全てにおいて高水準な生徒が多い上級クラス。全体的に普通な中級クラス。金とコネだけで入ってきた馬鹿や、磨けば光るものがあると見込まれた者が集まる下級クラスの三つだ。
他にも、冒険者を目指すものだけが入る冒険者クラスなんてのがあるが、これは別枠と捉えても問題ない。
冒険者が必要とする知識と、学園が普通の生徒たちに教える知識とでは少しズレている。
植物学とか取れば教えてくれるだろうが、普通の生徒たちに関しては必修科目では無いからな。
ちなみに、リックとメルは冒険者クラスだ。
あの二人、あぁ見えて割とエリートなんだよなぁ。
「イスにとっていい経験になるといいな」
「そうだねぇ。イスが男を見つけてくるかもしれないし」
「........その時はしっかりとお話ししないとなぁ?」
「仁君、殺気殺気。漏れてるから」
「これは親離れよりも子離れの方が難しいかもしれないねー」
少なくとも俺よりも強い奴じゃないとダメだ........というのは流石に冗談だが、最低限イスを守れるような奴じゃないと任せられない。
子供達にしっかりとその男の調査も頼まないと。裏があったら始末する必要がある。
「まぁ、イスが他の男に目がいくとは思えないけどねぇ」
イスに悪い虫が付かないように目を光らせる必要があると燃える俺の横で、花音は小さく呟いた。
その呟きは誰の耳にも入る事は無い。




