新居(別荘)
入学式1週間前、俺達はアゼル共和国の首都を訪れていた。
これからほぼ毎日学園に通うことになると、拠点に毎回帰るのは難しくなる。
往復するだけなら30分もかからない程度でできるのだが、疲れて帰りたくない日も出てくるだろう。
イスが友達を連れてくる事もあるかもしれない。
そんな時、宿に案内するのは流石にどうかと思うので、首都に新しく家を買った。
拠点やリーゼンお嬢様の屋敷ほど豪華では無いが、そこそこ大きい家だ。
街の中心部から少し離れたところにある、どこかの商人が持っていた家が売られていたのでリーゼンお嬢様のツテを使って買わせてもらった。
一括で払った事もあり、土地の持ち主はかなり喜んでいたな。急ぎで必要な時は、値切らない方が後々面倒がない。
「コレで良しっと。少しは家らしくなったか?」
「いいんじゃない?庭も綺麗にしたし、家具も置いたからね。最初よりはよっぽど家らしいよ」
「シェアハウスみたいな感じだね!!これからの学園生活ちょっと楽しみかも」
何も無かったリビングには、大きめのソファーとドッペルがこの日のために作った巨大なシャンデリア(防犯機能付き)。更にフッカフカな高級絨毯と高級なテーブルが置いてある。
少し場違いに見えるシャンデリアだが、さすがのドッペルも部屋の雰囲気と合うようにしてくれており、木造の部屋と見事にマッチしている。
芸術面でもドッペルは天才的だな。俺達の拠点を完璧に作り上げただけはある。
俺は大きなソファーに腰を下ろすと、キラキラと光るシャンデリアを見上げながら小さくため息をついた。
作業は半日で終わったが、配置とか考えてたら疲れたな。前の世界と違って、物の持ち運びは圧倒的に楽になったが、引越し作業はやはり疲れる。
引越しと言っていいかどうか少し怪しいが。
「部屋割りも終わったし、少しのんびりするか。家の管理は子供達に任せればOKだから、人を雇う必要が無いのは楽だな」
「掃除もできるし、その気になればご飯も作れるからねぇ。最近、子供達の間では料理を作ることがブームみたいだし」
「結構美味しいの。味覚は私達と余り変わらないの」
ココ最近、子供達の中では料理を作る事がブームらしい。
俺も何度か味見に付き合わされたが、普通に料理店で出されても違和感が無いほどの素晴らしい出来だった。
魔物と人間では味覚にかなり差があると思ったのだが、案外そうでも無いらしい。
吸血鬼夫婦が酒を好き好んで飲んでいたり、しっかりと味付けされた肉をファフニール達が美味い美味いと言って食べていたりしたのを見るに、人も魔物も大して変わらないのだろう。
「庭付きなのはいいね。朱那ちゃん、さっそくお花を植えてるよ」
「黒百合さんの家はマンションだったらしいからな。こういう菜園系はできなかったんだろ。できたとしても、鉢植えにちょこっと花を植えるだけだし」
「シュナお姉ちゃんウッキウキなの。多分、庭を荒らしたらブチギレるの」
「よく分かってるじゃないかイス。間違っても庭を荒らさないように気をつけないとな。黒百合さんが怒ったところを見た事は無いが、あぁ言うタイプはキレるとヤバいぞ」
「分かってるの。普段優しくて笑顔の絶えない人程、怒った時が怖いってママが言ってたの」
「多分、笑顔で殺気を放つタイプだと思うよ」
「1番怖いやつじゃねぇか」
優しい人ほどキレた時が怖い。黒百合さんは天使のような人であるが、マジギレさせたらヤバそうだ。
間違っても逆鱗に触れないように気をつけないとな。黒百合さんは優しいから、滅多なことでは怒らないと思うけど。
ちらりと庭を見れば、ラファと一緒に満面の笑みで花やら野菜やらを植えている黒百合さんが目に入る。
前の世界の学校にいた頃に比べて、随分と笑うようになった。高嶺の花が降りてきたのか、俺達がその場所まで登ったのか。
どちらにせよ、異世界に来てから黒百合さんが笑う事のほうが多くなったな。........俺たちと再会する前のことから目を逸らせば。
「イスもなにか植えたりしないのか?」
「んー今はいいの。私はあっちの世界での実験がメインになると思うから」
「温暖な気候を強引に作り上げる魔法陣とか覚えないとねぇ。0度の環境でそだつ野菜なんてそうそう無いだろうし」
「家畜は居そうだけどな。ほら、乳牛とか北海道で育てられてただろ?」
「あれも暖房設備が多少はあると思うけどね。詳しいことは分からないからなんとも言えないけど。それに、結局は食料が必要になるよ」
家畜も生き物。生きるためには水や食べ物が必要だ。
水は魔法陣から精製する事ができるが、食料を生成できる魔術というのは聞いたことがない。
出来たら既に世界中で使われているだろうしな。
家畜を飼うとなれば、食料の確保は絶対。
イスの目指す、完結型の世界を作り上げるにはこの食料問題をどうにかしないといけないのだ。
俺も魔術学で色々な魔術を研究してみるか。最優先は転移系にしつつ、後はイスの世界で役立ちそうなものを調べてみるとしよう。
錬金術と組み合わせたり、魔道具と組み合わせたりしたら使える物もあるかもしれない。
「あと一週間で俺達も教師か。基礎学は免除されて良かったな」
「歴史以外は大抵わかるもんね。イスは生徒として入学するから必修科目の免除が無くて退屈そうだけど」
「入学試験の筆記、ほぼ満点だからな。歴史だけすこし点数が落ちてたけど」
「むしろ、三日詰め込んだだけで89(100点満点中)点取れてるのが可笑しんだよ。私達もリーゼンちゃんに軽く教わったけど、取れてせいぜい60~70点だよ」
いや、3日詰め込んだだけで60~70点取れるのもおかしいから。
一般常識で知られていたり、テレビやスマホでチラッと見てきた前の世界の歴史と違って、アゼル共和国の歴史なんぞ全く知らない。
完全にゼロの状態から、たった3日で90点近い点数を叩き出したイスと60~70点は取れると言う花音がおかしいのだ。
俺だったら取れて精々30点が限界である。
イスが問題の内容も全て覚えていたので俺達も試しに少し解いたが、俺はパッパラパーだった。
花音と黒百合さんはさも当然のように解いていたが。
ラファだけだよ。俺と同じようにパッパラパーだったのは。
ほか教科で例えるなら、四則演算も知らない状態から三日間勉強しただけで中学入試の問題を解けと言われているようなものだ。
出来るわけねぇだろ、いい加減にしろ。
俺は余りにも優秀すぎる我が子の頭を優しく撫でてやりながら、イスなら本当に住める世界を作り出すのではと期待する。
万が一があって欲しくは無いが、十分に有り得るのだ。
俺は大きく欠伸を噛み締める。
「1週間後が楽しみだ」
「そうだねぇ」
その後、“手伝いに来たわ!!”と胸を張ってやってきたリーゼンお嬢様(無駄足)と、ゆっくりとお茶をしながらその日を過ごすのだった。




