それぞれの修行
学園に通うことになってから1ヶ月後、入学まで残り2週間となったその日、俺は死と霧の世界で修行をしていた。
戦争が終結してからと言うもの、己の弱点や至らない部分を更に強化するためにやる修行はハッキリ言って地獄である。
既に限界値に近い中で、その上に行くために立ちはだかった壁を超えるため毎日のように自分の体を痛めつけていた。
「あ゛ぁ゛、身体が痛ぇ。やっぱり反動がエグイな。この技は」
「フハハハハ!!身体が痛いだけで我とやり会えてる時点で大分おかしい事を自覚して欲しいものだな!!というか、殴られる我の方が痛いわ」
「悪いなファフニール。訓練に付き合わせちまって」
「構わんよ。我以外にその状態をまともに相手できる奴も居らんのでな」
ファフニールはそう言うと、傷ついた体を癒すために氷の大地に寝転がって大きく欠伸をした。
“魔導崩壊領域”。
俺の切り札とも言える技であり、あの人外剣聖をもフルボッコにした脳筋戦法。
2つの崩壊領域を創り出し、天秤を操作することによって必要以上の魔力を生成する技だ。
俺の能力である天秤崩壊は本来、その天秤を操作することによって物質の性質を完全に変えてしまうものである。
一度変えられた性質は元に戻る事はなく、この世界の法則に耐えきれずに崩壊していく........らしい。
これは、ファフニールやニーズヘッグ達厄災級魔物の見解であり、俺自身がそう感じている訳では無い。
俺は本能的に“これができる”“これができない”と言うのを察しているだけだ。
この魔導崩壊領域は、その性質を変えてしまうことを利用して空気から強引に魔力を引き出している。
魔力は変化に強く、この世界の法則が変わろうとも順応できてしまうらしい。
それを利用して、魔力を無理やり生成しているのだ。
俺は“天秤操作できるんなら、魔力とか生み出せるんじゃね?”と言う考えの元この技を作り上げたが、理論で言えばこんな感じなんだとか。
正直ピンとは来てないが、ファフニール達がそう言っているのだからそういうものなのだろう。
そして、生み出した魔力は全て身体強化に回される。
莫大な魔力によって強化された肉体は、最早人が操れる品物ではない。
それをギリギリのところで操っているのだから攻撃は単調になり、使用時は異能を使うことが出来なかった。
「強化状態での異能使用。これが出来ればかなり強くなれるんだがな........」
「こればかりは思考力の問題だな。高速で動きつつ、魔力の操作をし、天秤の操作を維持、これだけでギリギリ間に合っていた中に異能の使用も入ってくるのだ。戦いとなれば、その中に相手の動きを分析する力もいる。原初の中でも思考力に優れる我でも出来ぬぞ」
「脳みそが後四つは欲しいな。俺が4人分とかに増えてくれれば楽なのに」
「無茶を言うな。こればかりはコツコツとやるしかない。一年もあれば、見違えるほど動けるようになるはずだ」
「身体が魔力に耐えきれてない状態も何とかしないとな。こうやって組手ができない時は、座禅組んで膨大な魔力を受け止める訓練をしてるんだが、全く進歩してる気がしない」
魔導崩壊領域を使った後に出てくる反動。
余りにも膨大すぎる魔力をその体が受け止め切ることができず、肉体を傷つけてしまっている。
ファフニール曰く、“筋肉痛だけで済んでる時点でおかしい”らしいが、すげぇ痛いんだよ。筋肉痛。
多少慣れた今となっては痛みに耐えながらも動けるようになっているが、最初の頃は全身が引き裂かれたように激痛が走り、マトモに歩く事すら難しかった。
徐々に身体に慣れさせる事で、ようやく能力を解除した後でも動けるようにはなったが、それでも痛いものは痛い。
後は詠唱も何とかしたいな。イメージを明確化するためと天秤の操作に影響を与えているが、詠唱はどうしても隙になる。
剣聖は嫌な予感を覚えて距離を取ったが、あそこで“天”とやらをやられてたらやばかった。
「それもコツコツとやるしかないな。幸い、団長殿の体は順応が早い。天使共とやり合う時には自由自在にその力を使えると思うぞ」
「だといいんだけどね。本当にどうしようも無くなった時は“あれ”を使うか」
「それはマジで辞めて欲しいがな。団長殿の最終切り札はこの世界ごと壊す。あの島の山を2つほど消し飛ばした時は冷や汗をかいたぞ。豆粒以下の黒い球体如きで、死を感じたのだからな」
「流石は宇宙の神秘だ。厄災級魔物ですら死を感じさせざるを得ないとはな」
“あれ”を使う日は来るのだろうか。
いや、使ったらこの世界が滅ぶから使う日が来ない事を祈るが。
「さて、訓練を続けるか。問題点を口に出したからか、何を意識しながらやればいいか明確に分かったしな」
「フハハハハ!!またボコボコにしてやるとしよう。考え事をしながら戦う団長殿は弱いのでな!!」
「言ってろ。今さっきも何発か食らって痛がってたくせに」
「あれは演技よ!!」
見栄を張るファフニールが少しだけ可愛く見えつつ、俺は己の強化に集中するのだった。
あぁ、身体が痛え。
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イスの世界。凍りついたその世界では、仁以外にも己を鍛える者がいる。
「んー、やっぱり出力の問題かぁ。もう少し出力を上げれないとダメだねぇ」
「そうですね。魔法に対しては絶対的な力ですが、異能は変換という工程を挟んでいる以上、その分の出力も上乗せされますから」
「面倒だねぇ。コツコツやるしかないやつじゃん」
ニーズヘッグと話す花音も、天使との戦いに備えて己の異能を磨いていた。
魔法に対しては絶対的な力を持つ花音だが、魔力を一度変換する異能に対してはあまり強く出れない。
次に戦うであろう天使達は皆“天使”の異能を持っている為、花音との相性はあまり良くなかった。
「ニーズヘッグぐらいの異能を打ち消せるようになったら、天使も何とかなる?」
「私ほどの異能を打ち消せたら怖いもの無しですよ。ファフニールさんレベルにすら通用します」
「仁は?」
「無理ですね。あの異能は基本的にどの異能にも打ち勝てるだけの力があるので。相殺する前に崩壊させられますよ」
「相変わらず理不尽だねぇ」
花音は呆れつつも、少し嬉しそうに顔を緩める。
ニーズヘッグはそれを見て“貴方もね”と心の中で呟いた。
「団長さんの異能は操作が圧倒的に難しいんです。その分、出力が大きく、誰が相手でもワンチャンスを作れます」
「あの女以外には?」
「えぇ、あの三番大天使の異能は、例え魂が消滅しようとも使えますからね。自ら命を断つようなことが無ければ、死ぬことは無いでしょう」
「ふーん。だから封印なんだね。たぶんやる必要ないと思うけど」
「彼女は“白”だと?」
「ほぼ間違いないと思うよ。仁に危害を加えようとしてるなら、直感でわかるから」
仁のことに関しては絶対に間違えない花音が言い切るのであれば、間違いないのだろう。
しかし、警戒しすぎるに越したことはない。
「続けましょうか。こうしている間にも、団長さんは強くなってますよ」
「そうだねぇ」
花音はそう言うと、鎖をその手に持つのだった。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますm(_ _)m




