僅かに揺れる世界
朝まで飲んだ翌日。
流石に二徹は身体に来るものがあり、俺達が学園を訪れたのは昼過ぎだった。
酒を飲んでいなくとも、二徹は厳しいな。
殺し合いの最中であればありとあらゆる手段を使ってでも目を覚すが、あんな小さな店に殺人鬼が来るわけもない。
全員ぶっ倒れて爆睡し、目覚めのいい昼を迎えてからエリーちゃんの用意してくれた昼食を食べる。
こういう時、重くなく食べやすいものをサッと提供できる辺りエリーちゃんは優秀だ。そのインパクトが強すぎる見た目が無ければ、相当繁盛していたことだろう。
「私が治しても良かったんだけどね」
「それになれたら甘えてしまいそうだから辞めておくよ。一度でも経験するとダメになりそうだ」
「分かるよ。ラファちゃんの回復便利だもんね。私が二日酔いした時とか治してくれてもいいんだよ?」
「シュナちゃんは少し懲りて?昨日もあんなにお酒を飲んじゃって。本当に体を壊すよ?」
「その時はラファちゃんに治してもらうよ」
「いや、だから少しは懲りて?」
黒百合さん。着実にアル中への道を歩んでいるな。
昨日もバカスカ酒を飲んでたし、その内酒がなければ手が震えてしまう症状とか出そうで怖い。
流石にどこかでラファが止めるとは思うが。
昨日ぶりに訪れた学園は何ら変わりなく、青春を謳歌する生徒たちが楽しそうに学園生活を満喫していた。
1ヶ月後には、イスもこの中に入る事になるだろう。
残念ならがら、この学園には制服というものが無い。
イスの制服姿が見れないのはだいぶ残念ではあるが、楽しそうに物事を学ぶイスを見れる日がもうすぐ来るのは楽しみである。
リーゼンお嬢様は、仕事があるらしく今日は来ていない。
昨日来た道を辿り、俺達は学園長室の扉をノックした。
「どうぞー」
返事を聞いてから部屋に入れば、ニコニコとした学園長が出迎えてくれる。
俺達が昨日の今日で来た事で、この学園に入ることを決めたと察したようだ。
「昨日ぶりだね」
「昨日ぶりだな。世話になった」
「いやいや、言うほど世話はしてないよ。僕はただ案内をしただけだからね。それで、もう結論は出たのかい?」
「あぁ。ウチの子は入学する。俺達も教師の仕事を引き受けよう」
俺がそう言うと、学園長は心の底から嬉しそうに俺の手を持って上下にブンブンと乱暴に振った。
痛い痛い。肩が外れちゃうよ。
「いやー、これは本当に嬉しいよ!!なんてったって、世界最強の傭兵団が教師を務めたこともある学園として威張れるからね!!この学園がアゼル共和国では1番だと自負をしているし、それが世間一般の認識ではあるけど他の学園からは“大して変わらんやろ”って思われることも多くてね!!ほんと、アイツらってマウント取る事しか考えてないんだよ。だれか聖女様の爪の垢を煎じて飲ませて欲しいね」
「お、おう。それは良かったな?」
もちろん、この国にも多くの学園がある。一応バルサルにも1つ小さな学園があるし、首都となれば3つ4つあってもおかしくない。
その中で1番大きく、優秀な生徒が集まるのがこの学園というわけだ。
この様子を見るに、学園長も学園長で大変なんだな。
ちょっと泣いてるもん。
「教師に関しては少し話がしたい。俺達もずっーと暇ってわけじゃないからな」
「もちろんだよ!!基本どんな要求でも飲んであげるさ!!あ、学園長になりたいは却下ね」
「そんなこと言わねーよ」
最終的には、リーゼンお嬢様の家庭教師をした時のような契約で納まった。
週一で教える訳ではなく学園がある日は大体教える事となったが、違いはそれだけである。
それで月の給料が金貨3枚なんだから笑えてくるな。日本も同じぐらい払ってやれよ。多分、その時は超インフレしてるだろうけど。
「それではよろしく頼む!!君達には“補習組”を重点的に鍛えてやってくれ。きっと出来るはずだ」
「俺の授業を見てもないのによく言うね」
「僕はこう見えても学園長だからね。人を見る目だけはあるんだよ」
学園長はそう言うと、ウキウキしながら紅茶を啜る。
まぁ、1ヶ月後を楽しみに待つとするか。仕事なんだから、ちゃんと授業内容だけは考えておかないとな。
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深く染まる闇の中。誰しもが息を飲むであろうその闇の中で、静かに時を待つもの達は天界の様子を探っていた。
戦争が終わり表に出ることはほぼ無くなった彼らだが、真の目的のためには暇を持て余して遊び続けている訳にも行かない。
魔女は資料を見ながら、隣に置いてあるお菓子をつまんだ。
「ふぇんはいは、ひまのほほろひゅんひょうへふへ」
「........なんて?」
「天界は今の所順調ですね」
「そうだね。あちこちに流した情報のお陰で、彼らは皆疑心暗鬼だ。お陰で時間を稼げている。彼女との約束も果たせそうだよ」
「後2年ですか。天使の時間感覚って大分狂ってますし、このぐらいなら簡単ですね」
天使に寿命という概念は無い。
生きようと思えば永遠に生き続けられる種族は、時間感覚がだいぶおかしかった。
“少し”が数百年単位だったり、“ちょっと”が1000年単位だったり。
彼らも長い時を生きすぎて、厄災級魔物と同じような時の中で過ごしているのだ。
「面白い戦力も増えたし、天使達が全滅するまではやることがない。あるとすれば天界の動向の監視と、万が一が起きた時ぐらいだね」
「そうですね。万が一の時は悪魔たちを動かします。残ったもの達は優秀ですから、時間は稼いでくれるでしょう」
「もし悪魔が動くとなれば、彼も動きそうだけどね」
「........最近よく飲んでますからね。悪魔と」
悪魔に嫌われていたはずの人形は、ココ最近に入って悪魔達とかなり打ち解けている。
付き合いだけで言えば人形よりも魔女の方が圧倒的に長いのだが、魔女は未だに悪魔達から嫌われていた。
「コミュ力お化けかな?人形君は。よくよく考えなくても、かつての宿敵とあそこまで仲良くなれるとは思えないんだけど」
「それが彼のいいことろなのでしょう。許せないこともあるみたいですが」
「まぁ、それはしょうがないよ。同情しかない」
影も魔女も、人形がなぜ自分達に味方しているのかを知っている。
その理由を考えれば“まぁ、妥当だよな”と思うものだった。
「........彼らは僕と手を結んでくれるかな?」
「分かりません。こればかりは何とも。そういえば、最近“原初の海龍”の動きがおかしいようです。もしかしたら、何かに勘づいたかもしれません」
「彼女、かなり真面目だからね。“原初の竜”ぐらい不真面目なのも考えものだけど」
「あれは不真面目というより考え無しなだけですよ。馬鹿なんです馬鹿。あれは死んでも治りませんよ」
「結構言うね」
「そりゃ言うでしょう。あのバカがまた契約違反してたんですよ。おかげで、こっちは気にしなくてよかったはずの目も気にしなければなりません」
「あぁ、“万物の根源”か。あの御方は大エルフ国以外にはあまり目を向けないからね」
「ほんと、いい迷惑ですよ」
怒る魔女も可愛いなと影は場違いなことを思いつつ、魔女が入れた紅茶を嗜む。
「早く始めたいものだ。全てを終わらせるその時を」
その言葉は誰に向けられたものなのか。それを知るのはもう少し先の話である。
これで第四部1章は終わりです。そして、2022年最後の更新となります。皆様良いお年を!!そして、来年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m




