見学会②
主人離れができないサリナの可愛らしい一面を目にしながら、リーゼンお嬢様に連れられてやってきたのは学園長室だ。
扉の上にある壁にでかでかと“学園長室”と書かれていれば、嫌でもその部屋に誰がいるのか分かる。
確か、この学園の学園長はそれなりの人格者でありながら経営の手腕もかなりのものだったはずだ。
子供達の調べによれば、ここ60年近くは彼のお陰でこの学園が守られている。
種族はエルフ。生まれは大エルフ国であり、当時腐り気味だったこの学園を変えようと出てきたのが彼である。
この学園は彼の母校。若い頃に大エルフ国からこの国に引越し、優秀だった彼はここで様々なことを学んだはずだ。
30歳という若さで学園長になると、この学園に蔓延っていた老害どもを追い出して新しく優秀な教員を多く雇ったそうだ。
その数年後から、アゼル共和国の右肩下がり気味だった経済が上にあがり始めているのを見るに、学園の卒業生が頑張っていたのだろう。
今ではそれなりの権力を持っており、その気になれば元老院なれるのでは?と噂される程だ。
そんな優秀な学園長がいるであろうこの部屋に、リーゼンお嬢様は臆することなく扉を叩く。
俺の気分は、教師達が蔓延る職員室に入ろうとする感覚に近かった。
「学園長。リーゼンです。昨日話した“揺レ動ク者”の方々をお連れしました」
「どうぞー入って入って」
気の抜ける返事とともに、リーゼンお嬢様は扉を開くと“失礼します”と頭を下げて学園長室に入っていく。
俺達もそれに続いて軽く頭を下げてから入室した。
「いやー本当に連れてくるとは思わなかったよ。今話題の世界最強の傭兵団。実際に見ると、格が違うね。君達、本当に人間?」
太陽を反射して金色に輝く長い金髪と、空よりも青い目。顔は美男美女の多いエルフらしく整っており、その微笑みで淑女達を何人か落とすことができるだろう。
しかし、その目は俺達を見定めるように鋭く、歴戦の猛者が放つ圧が僅かながらあった。
「初めまして。学園長殿。我々はちゃんと人間ですよ。少々人間離れした戦闘力は持ちますが」
「少々所ではないと思うんだけどね。魔法が得意なエルフ以上の魔力を感じるよ。しかも全員からね。まぁ、それは置いておいて、この学園を見学したいんだって?」
「えぇ、うちの子がアゼル共和国一の学校に興味を持ちまして。リーゼンに相談したところ、見学をしてみようと」
「本当は見学の時期が決まってるんだけどね。そこら辺はわかってる?」
「もちろんですよ」
だからリーゼンお嬢様に話しを持ちかけたんだろうが。権力者はこういう時融通が聞くからいいよな。権力万歳である。
必要以上には要らないが。
学園長は少しの間俺達を見つめると、何かを悟ったのか小さくため息をついた。
「リーゼン君の頼みは流石に断れないからね。犯罪に手を貸せとかならともかく、学園にとってプラスな事を持ってきたのだから断る理由も無いしね」
一体リーゼンお嬢様はこの学園に幾らぶん投げたんだ?元老院の子供と言うだけでまだ入学しても居ない子供に融通を聞かせるほど、このエルフは甘くなさそうではあるが。
それとも、交渉の仕方が上手かったのか。店を幾つか経営するリーゼンお嬢様のとこだ。交渉はかなり上手いのだろう。
俺を雇った時は割とゴリ押しだった気がするが、俺はメリットを上げられるよりも面白そうの方が大事だしな。
「リーゼン君とサリナさん。申し訳ないが、彼らと少し話がしたい。席を外してくれないか?」
「........分かりました。扉の前で待っています」
リーゼンお嬢様とサリナは頭を下げると、部屋を出ていく。
除け者にされた少し不満げではあるが、仕方がないと言う顔だった。
リーゼンお嬢様達が退出するを確認した学園長は、俺たちに向かって僅かにさっきを放つ。
突然すぎた展開だが、あいにくこの程度の殺気では驚くことすらない。
真に殺す気を持った殺気は、自然と体が反応するものだ。
あの厄災級共の殺気を受け続けてきた俺たちにとっては、そよ風以下である。
唯一、黒百合さんが僅かに反応したのは、彼女がまだ場馴れしていないためだろう。
俺達と黒百合さんとでは、くぐって来た修羅場の数が違いすぎる。
「なんの真似ですか?」
俺たちの反応を見て楽しんだのか、既に殺気を消している学園長。
彼は、ケラケラと笑うと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いやぁ、目の前に世界最強の傭兵団がいるんだから、少しは試してみたいだろう?君、こういう事しても怒らなさそうだし、ちょっとしたいたずらだよ。不快に思ったのであれば謝ろう」
「........学園長殿も随分とお茶目なんだな。90過ぎてはっちゃけ過ぎだぞ?」
「フハハハ!!男は何時でも少年のままさ。少年心を忘れたその時が、男としての“死”だと僕は思っているね。君もそうだろ?」
「否定はしない」
男は何時になっても厨二病。永遠に治らない病を背負って生きていくのだ。
たとえそれが異世界になったとしても変わらない。男なら誰しもが背負う業である。
「うんうん、君とは話が合いそうで何よりだよ。若い先生とかは自分が大人である事にこだわるし、年老いた先生は自分の威厳を保とうとするから面倒なんだよね。教育者としては優秀なんだけど、もう少しユーモアが欲しい。そこでだ」
「?」
「君達、教師やってみない?ちゃんとお給料も出るし、学びたい学部があれば授業に参加してもいいよ」
唐突に告げられた“教師にならないか”宣言。
学園長と言えど、そんな簡単に教師を決めてええんか?俺たち教員免許なんて持ってないんだが。
いや、この世界に教員免許なんてものないのだが。
「俺達を雇うと?」
「そういう事だね。聞いた話だと、リーゼン君をたった一年ちょっとであそこまで鍛え上げたそうじゃないか。君になら“基礎戦闘”の授業を任せいいかもと思ってね」
「前任は?」
「一人いるけど、彼女では勤まらないね。教育者としては優秀だし“落ちこぼれ”と言われる子達にも懸命に向き合っている。でも、結果が伴わない」
「確か、基礎戦闘の授業は必修科目だったな。かなりの人数がいたと思うが、その人ひとりで全部をやっているのか?」
「いや、基礎戦闘の中にも戦闘系異能、補助系異能、属性別の魔法で別れている........んだけど、どうしても個人差が出てしまうだろう?その中で落第に近い点を取った者は纏められるんだ。彼らの技量じゃ授業にはついていけないからね。そこの教師になって欲しい」
なるほど。その落ちこぼれ達を鍛え上げて欲しいのか。
授業についていけないから、纏める。落ちこぼれ達を教えている先生とやらは相当な知識人だな。
様々なこと科目から来た生徒一人一人にものを教えるのは、並大抵の苦労では無い。
「落ちこぼれを纏めるのか」
「そうだね。落ちこぼれって分かりやすくハブられるだろう?僕としてもみんな仲良く学んで欲しいんだが、どうしてもいじめは出るからね。だったら隔離した方が早いのさ。それでも色々と言われるらしいけどね........」
そう言った学園長の顔は、曇天以上に曇っていた。




