見学会①
エリーちゃんの店で朝まで騒いだその日、俺達はリーゼンお嬢様に連れられて学園の門をくぐっていた。
朝まで飲んでいた黒百合さんはラファに体調を戻してもらい、黒百合さんに付き合わされたラファも自分で自分を治す。
酒を飲んでいない俺や花音は、少し眠いと思いつつも割と元気だった。
「え、私が帰った後朝まで飲んでたの?」
「飲んでたな。俺は酒を飲まないから二日酔いとかはしないが、黒百合さんとラファはベロベロだったよ」
「........今は元気そうに見えるけど?」
「治したからな。リーゼン、大人になって酒が飲めるようになっても、飲みすぎるなよ?“酒は飲んでも呑まれるな”よーく覚えておけ」
ちなみに、黒百合さん達と一緒に飲んでいたリックやメルは今頃エリーちゃんの店でぶっ倒れている。
なんなら、途中からエリーちゃんも参加して飲んでいたから、エリーちゃんもぶっ倒れている。
唯一、途中でよって寝てしまったラベルだけが朝まともに動けていた。彼は今頃あの3人の看病をしている事だろう。
「お父様も偶に朝まで飲んで倒れていることがあるわね。そして、お母様に殴られてるけど」
「カエナル夫人も苦労してんだな。まぁ、ブルーノ元老院の場合は付き合いで飲むことの方が多そうだが」
「私はまだそういうのないわね。偶に私が成人しているって勘違いして、お酒を渡してくる人もいるけど」
「見せを幾つか経営してる奴を子供としては見れないだろ。俺や花音みたいに普段を知っている訳でもなければな」
俺は素のリーゼンお嬢様を見る機会の方が多いから、子供らしい一面も多く知っているが、仕事の関係でしか出会わない人からすればリーゼンお嬢様は立派な大人として見える。
何度か急に来た仕事の対応をしている姿を見たことがあるが、その姿は正しくキャリアウーマンだった。
聖堂の長椅子に座って報告書を眺めるだけの俺達とは違って、テキパキと指示を出すのだからとても子供だとは思えない。
年齢的にはまだ小学生だからね。この子。
「おおー私達が通ってた高校よりも大きいね。中高一貫校の校舎よりも大きそう」
「朱那ちゃん、楽しそうだねぇ」
「それはそうだよ花音ちゃん。だってまた学生に戻れるんだよ?今度こそ高嶺の花とか言われないように気をつけなきゃ」
「まだ、通うとは決まってないんだけどねぇ........」
青春時代を取り戻したい黒百合さんは、既に学園に通う気満々だ。
まだ通うとは決まっていないのだが、あれだけ楽しそうな黒百合さんの顔を曇らせたくないので万が一があればあのタヌキジジィに頼るとしよう。
こちらに依頼されたことは既に終わっており、事後処理も済んでいる。
子供達を使って報告もしてあるので、あの食えないクソジジィは俺に一つ借りがある状態だ。
そんな事しなくても大丈夫だとは思うが。
ところで黒百合さん?この学園に通うことになったとしても、まず間違いなく俺達は浮くと思うぞ。
年齢が違いすぎるし、何より俺達は有名人だ。学園内を歩いている今でさえ、あちこちから視線を感じている。
お陰で、リーゼンの護衛として付いているサリナの警戒度はMAXだ。その視線に敵意がないことは分かっているのだろうが、体が反応してしまっている。
「サリナ、もう少し肩の力を抜いたらどうだ?」
「........ジン様、主はどこで恨みを買っているか分かりません。警戒するに越したことはないかと」
「護衛がそんな様子でどうする。それに、学園に通うようになったら嫌でもリーゼンお嬢様は1人になるんだぞ?」
「そこは、私が教員になりすまして陰ながら護衛します。抜かりはありません」
いや、抜かりしかねぇよ。
どんだけ主人の事が心配なんだこのメイドは。まさか教員に成りすましてまでリーゼンお嬢様の護衛を言い出すとは思わなかった。
それほどにまでリーゼンお嬢様が信頼を勝ち取っているのは凄いが、ちょっと過保護すぎる気もする。
護衛離れならぬ、主人離れができないのか。
「大丈夫よ。先生に戦い方は教えて貰ったし、私の勘で大抵の事は問題ないわ。貴方は心配しすぎなのよ。もう少し肩の力を抜きなさい」
「そうそう。サリナちゃん、私達も学園に通うことになる........はずだから心配しなくていいよ。もしもがあれば守ってあげるから」
「........で、ですが」
何とか食い下がろうとするサリナ。
お前、どんだけ主人と離れたくないんだよ。
この様子を見るに、以前バルサルの街に来た時も相当ごねたんだろうな。タルバスが居るからと何度も言い聞かせたに違いない。
「リーゼン、お前も苦労してんだな」
「全くよ。普段は優秀な護衛なのに、こういう所で融通が聞かないんだもの。それだけ私の護衛に真剣になってくれてるってことだけどね」
「Geeeeeee........」
「お、モンスターもそう思うか。振り回されてるお前はもっと大変だな」
「Geee」
こうして、目的地に着くまでの間、サリナとリーゼンお嬢様の言い合いは続くのだった。
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シャーレ(付き人)との再会を果たした聖弓は、シャーレが泣き止むまで静かに頭を撫で続けた。
聖弓はシャーレの姿を知らない。髪の色もその顔も、何となくの雰囲気でしか感じ取れていなかった。
だが、今はその全てが見える。
黒を主体とした中に、燃え盛るような赤色のメッシュ。それを短めに切りそろえた髪に、髪と同じ赤と黒のオッドアイ。
服装も髪の色と同じように統一されており、黒を主役とした中に、幾つもの赤い線が入っていた。
(中々奇抜なファッションですね)
奇抜とは思うが、不思議とそれが自然だと感じる。
5年かも一緒に暮らしてきた彼女は、シャーレの姿に納得していた。
「ほら、そろそろ泣きやみなさい。可愛い顔が台無しですよ?」
「グスッ、うん........」
まるで子供のような反応。聖弓は初めて見る友人の表情に驚きつつも、今度は優しくシャーレを抱き寄せた。
「それで、何があったのですか?私が寝ている間に」
「えっと........いえ、実はですね」
ようやく元の調子に戻ったシャーレは語った。
聖弓が倒れてから“魔女”と名乗る人物に、聖弓を目覚めを持ちかけられた事。
既に戦争は集結しており、正連邦国、正共和国、正教会国は滅んだ事。
ドワーフ連合国はいまだ健在であり、8大国として残っていることなど聖弓が寝ている間に起きた事はほぼ全て話した。
話を聞き終えた聖弓は、静かに頷くと僅かに殺気を漏らしながら先程とは冷たい声で告げる。
「なるほど。大体のことは分かりました。まだ死ぬべき劣等種は聞いているんですね?それは僥倖、私の手で終わりを告げに行きましょう」
「今は困りますね」
ベッドから起き、今にでもドワーフを蹂躙しようとする聖弓に待ったをかけたのは魔女だ。
聖弓は殺気を隠すことなく魔女と相対する。
「退きなさい。私の治療をしてくれたことには感謝しますが、それとこれとは話が別です」
「人の話を聞きなさい?どうして私の周りには人の話を聞かない人が多いのかしら........別にドワーフを殺すことを止めている訳では無いわ。時期が早すぎるから待ってくれと言っているのよ」
「........?どういう意味ですか?」
「ふふっ、世界が滅びを告げる時に暴れなさいと言っているのよ。そうねまずは──────────」
全てを聞き終えた聖弓は、耳を疑った。だが、その時であれば、邪魔は入らない。
聖弓は悩みに悩んだ結果、自分の中で1つの結論を出すと魔女に手を差し出した。
「よろしくお願いします。魔女さん」
「よろしくね。聖弓さん」
この選択が、後に大きな転換点となるという事は、このとき魔女も思っていなかった。




