小さく騒がしい店
エリーちゃんと話しながらちょびちょびと飯を食っていると、外に幾つかの気配を感じた。
全部で5人。全員知り合いの気配だ。
チリンチリンと扉を開けた合図がなると共に、5人の来客は訪れる。
「お、本当にいるじゃねぇか。世界最強の傭兵団様が、こんな小さい店で飯食ってるのはなんか笑えるな」
「あら、小さい店で悪かったわねリック。今日、貴方の食べるものだけ値段1割増しね」
「ソイツは困るな。戦争のお陰で少し懐は暖かいが、好き勝手使いすぎるほど暖かくは無いんだ」
「あははは。そう言ってやるなよエリー。この店が小さいのは事実だろ?」
「もう、ダーリンったらリックに甘いわよ?」
「おー、イスちゃん達も居るんだね。今日は賑やかになりそう」
「先生!!来たわよ!!」
「お嬢様、場所を考えてください。声が大きすぎます」
扉の向こうから現れた5人の来客。これは一気に賑やかになりそうだな。
俺達は席を移動し、テーブル席に座ると他の面々もいつもの席に座る。
小さい店の為、10人も座れば空いている席は少しだけとなった。
「やぁ、久しぶりだね。活躍は聞いているよ」
「久しぶりだなラベル。相変わらずエリーちゃんに振り回されてんだな」
「あははは!!物理的にね」
そういうラベルは、エリーちゃんにハグされてぐるぐると回っている。
この状況で会話出来るとか凄いな。人の慣れというのは恐ろしいものである。
「戦争でかなり稼いだんだって?画家にも稼ぎ時ってのがあるんだな」
「一応少しは有名だからね。僕の能力を聞き付けた人達が次から次はと来るのさ。少し高い金を吹っ掛けても当然のように出してくれるから、ビックリだよ。その分、いつも以上に真面目に書いたけどね」
なんて強かな奴だ。
商売をやっている以上金を取るのは当たり前だが、仮にも戦争に行く人を思っての行動に金を吹っ掛けるとは。
俺も同じ立場だったらやっていると思うので、人の事は言えないが。
「その幸運の絵を持っていた奴が多すぎた為か、とんでもない幸運が降ってきたけどな。幸運って言うか、ありゃ厄災だろ」
「おいおい、人を厄災呼ばわりとは感心しねぇな。俺達は普通だぜ?」
「どこがだよ。世界最強の傭兵団だった“狂戦士達”を赤子扱いしやがって。そんな奴は人間と言わねーよ」
酷い言われようだ。俺と花音はちゃんと人間だぞ?
戦争に参加してたのは全員人間ではなかったけど。
人種として数えられている獣人組はともかく、ダークエルフと吸血鬼は人外だな。
一緒に暮らしてるとほぼ人間と変わらないが、世間一般から見れば立派な魔物だ。
「そりゃ残念だ。俺達はちゃと人間なのにな?」
「そうだねぇ。強さだけで見れば人外だろうけど、ちゃんと私達は人間だねぇ」
花音はそう言いつつ、串焼きを頬張る。
エリーちゃんの飯が美味いからか、花音は食べる事に集中したいようだ。
そこら辺はイスと似てるな。イスも俺の隣でバクバク飯を平らげてるし。と言うか、そのステーキ2週目では?
リックとの会話を楽しんでいると、リーゼンお嬢様が割って入ってくる。
ちょっと放置されて寂しかったようだ。
「先生!!学園から許可をもぎ取ってきたわよ!!明日にでも行けるわ!!」
「お、ありがとうリーゼン。明日にでも見に行くか。楽しそうだしな」
「あらー、学園に行くの?懐かしいわねぇー」
「メルは通っていたのか?」
「通っていたわよ。冒険科やら薬学を受けてたわー。あの頃は楽しかったわね。リックとも出会えたし」
「俺は楽しくなかったぞ。メルに目をつけられた事が人生最大の汚点だ」
「あらー?どういう意味から?」
メルは素早くリックの後ろに回ると、そのまま首をがっちりとホールドして締め上げる。
豊満な胸がリックの背中に当たっていたが、リックはそれを楽しむ余裕がなかったようだ。
「ぐ、ぐるじい」
「ねぇ、どういう意味かしら?」
「ちょ、ストップストップ。そのままだとリックが落ちるぞ」
顔が青くなり始めたリックを慌てて助けると、リックはゲホゲホと咳き込みながらもメルに文句を並べる。
あそこまで強く締められているにも関わらず、文句を言えるだけの胆力があるのか。
流石はリック。怖いもの知らずである。
「お前のせいで俺がどれだけ苦労したと思ってんだ!!冒険科の教師を半殺しにしたり、ムカつくからって1個上の奴を殴り飛ばしたり、俺はメルと仲がいいからって理由で後始末させられてたんだぞ?!」
うん、それはドンマイとしか言いようがない。
リックもリックで苦労してんだな。それでいながら、メルといままで一緒に行動しているのを見るに、リックは本心では嫌と思って無さそうだが。
「リックも大変ね。私が学園に入るって言った時もこんな感じで仲良くしてたわ」
「なんやかんや言っても波長は合うんだろうな。リックも文句は言いつつ嫌そうな顔してないし」
「これが惚れた弱みってやつなのかしら?お母様も言ってたわ。惚れた相手にはどんなことでも許せてしまうって」
「それは........限度があると思うがな」
幾ら相手に惚れていたとしても、浮気や不倫をしていたら許せないだろう。
それが浮気相手への憎悪となるか、惚れた相手への憎悪になるかは知らないが。
「私もいつかそんな人に出会うのかしら?」
「どうだろうな........どう思う?」
「そこで私に振らないでください。私は、そういう感情を捨ててきた側の人間なので」
「私のメイドなのに生意気ね」
「確かに」
その後、いつも以上に騒がしい小さな店は、夜が開けるまで明かりが消えることは無かった。
━━━━━━━━━━━━━━━
暗く沈む闇の中。聖なる加護を受けた盲目の少女は目を覚まし、混乱していた。
「........目が、見える?」
幼き頃に失った輝き。10数年ぶりに取り戻したその輝きを見て、混乱するのも無理はない。
自分がどこにいるのか。そんな簡単な疑問も忘れ、“聖弓”はただただ自分の手を見つめていた。
「見える。どうして........」
「目覚めましたか?」
ぞわりと全身の毛が逆立つ。
聖弓は反射的に弓を手に持ち矢を番え、声のする方に構えた。
周囲に誰もいなかったはず、だが、魔女はそこにいた。
「流石は“聖弓”反応速度は中々のものですね」
「........あなたは誰ですか?それと、ここはどこですか?」
相手に敵意がないことを知りながらも、聖弓はその手に持つ弓を緩めることは無い。
「目は見えますか?」
「........貴方が治療を?」
「正確には違いますが、まぁ、そんな感じです。それで、久々に見る世界はどうですか?」
「この薄暗い場所でなければ感動していたでしょうね。今はそれよりも、貴方に弓を向けることで精一杯ですよ」
「そうですか。詳しいことは後にして、今は友人との再会を喜んでください」
「?」
話の意味が分からず首を傾げた聖弓だったが、その疑問は直ぐに解消される。
「聖弓様!!」
「シャーレ!!」
聖弓の付き人であるシャーレ。彼女は聖弓に抱きつくと、その胸の中で静かに涙を流した。
「私、聖弓様が........私........!!」
「良かった。貴方が無事で」
聖弓はひとまず魔女の事は忘れ、胸の中でなく付き人の頭をそっと撫でるのだった。




