オネェさん
学園の見学を翌日に控え、俺達は馴染みの店に顔を出していた。
学園に話を通しに行ったリーゼンお嬢様も、後で来ると言っていたのでこの静かで小さな酒場は少しうるさくなるだろう。
「ここがオネエのいる店?」
「そうだ。中々インパクトが強い人だぞ。筋骨隆々のちょび髭生やしたオッサンが野太い声で“あら、久しぶりねん”とか言うんだから」
「........想像できないなぁ」
店に入る前に、俺は黒百合さんとラファに店主の事を伝えておく。
彼自身はとてもいい人でユーモアもあるナイスガイなのだが、生理的に嫌う人もいるだろう。
人を見た目で判断しないと思われる黒百合さんとラファではあるが、念の為に説明をしておいた。
「大丈夫だとは思うけどね。エリーちゃん、アクが濃いだけで他は割と常識人だし。どちらかと言えば、メルちゃんの方が常識無いし」
「あの人もあの人でやべぇよな。ホンワカしてんのに、キレるとマジで怖い。リックは........苦労人だな。毎度毎度メルのしりぬぐいしてるのアイツだぜ?」
「コンビ組んでる以上仕方がないけどね。ちょっと可哀想だけど」
「早く入るの!!」
店の前でくっちゃべる俺達に痺れを切らしたイスが、店の扉を勢いよく開いた。
もちろん、扉を壊さない程度にだが。
チリンチリンと来店を告げるベルの音が店内に響き、その音を聞き付けたエリーちゃんがこちらを見る。
相変わらずパンチの強い見た目をしてるな。筋骨隆々のオッサンって時点でそれなりにキャラが立っているのに、服装は看板娘が着ていそうなフリフリとした洋服だ。
ハッキリ言って全く似合っていない。着る服を選ぶのは本人の自由なのだが、もう少し似合うものを着ればいいのに。
「あら?あらららら?随分と久しいお客さんが来たわね。もう来ないかと思ってたわ」
「ちょっと前まで仕事で忙しくてな。ようやく一段落ついて落ち着けるようになったのさ。またちょくちょく顔を出すことになると思うぞ」
「それは嬉し言わ。ささ、早くこっちへ来なさい。久々に訪れてくれたんだから、少しおまけしてあげるわよ」
野太いオネエ口調のエリーちゃんは、にっこりと笑うとカウンター席に座るように促す。
俺達は、エリーちゃんの指示に従ってカウンター席に腰を下ろした。
「1年ぶりかしら?ラベルも心配してたわよ?」
「俺たちの活躍を聞いているなら、心配の必要はないだろ。それとも知らないのか?今をときめく世界最強の傭兵団“揺レ動ク者”様をよォ」
「もちろん知っているわよ。あの“狂戦士達”を赤子同然に扱った最強の傭兵団の話はね。私は戦争に参加してなかったけど、リックとメルが騒いでたわ」
あの二人も戦争に参加していたのか。
あの時期は報告書全てに目を通せた訳では無いから、見落としていたのかもしれないな。
俺は出された水を軽く口に含んで喉を濡らしながら、適当な食べ物を注文する。黒百合さん達は何がいいか聞こうとしたら、彼女はすでに酒を頼んでいた。
黒百合さん、アル中の道を着実に歩むのやめてくれませんかねぇ。
仮にも友人が酒飲みのアル中という事実に軽く頭を抱えながら、俺はエリーちゃんに最近の調子を聞くことにした。
「最近はどうだ?」
「どうもこうもないわね。少し物価が上がったけど、それ以外は特に代わり映えのないのんびりとした日常よ。ラベルは戦争が始まった後に仕事が増えたらしいけど、生憎この小さな店には常連以外人が来ないのよ」
「それでも店をやって行けるだけの利益が出てる辺り、エリーちゃんの手腕がいいんだねぇ。ラベルの仕事が増えたってのは?」
「そのまんまよ。あの人の能力は少しの幸運を与えるものでしょ?戦争はその少しの幸運で生死を分けるから、戦場に行く人が無事に帰って来れるように願掛けする人が多かったのよ。まぁ、今回は幸運が強すぎたようだけどね」
なるほど。ラベルの異能“幸運を呼ぶ筆”は戦場に行く人への願掛けとして人気があるわけだ。
彼はヒーヒー言いながら絵を書いたんだろうな。心から思って絵を描く事も無さそうだし。
「リックとメルも死ななくてよかったな。知り合いの死は応えるものがある」
「そうねぇ。この仕事をして長いから別れの時を味わった事も何度かあるけど、慣れるもんじゃないわ。その点はあなた達に感謝ね........ところで、隣でお酒をバカ飲みする子は誰なのかしら?随分と可愛い子だけど、貴方ハーレムでも........いや、ナンデモナイデス」
エリーちゃんが“ハーレム”という単語を出した瞬間、花音の鋭い眼光が突き刺さる。
エリーちゃんは即座に身の危険を感じ、背筋を正して口を噤んだ。
たとえ冗談だとしても、花音にそういう発言はなるべくしない方がいい。この子、割と本気で殺しにくるから。
俺は花音を宥めるように頭を撫でてやりながら、黒百合さんたちの紹介をした。
「あっちの酒を頼んでいた子は黒百合朱那。シュナって呼べばいいぞ。んでその隣で付き合わされてるのがラファ。2人ともウチに入った新人だ。見た目はともかく、アホみたいに強いから気をつけろよ?そこら辺のチンピラが何人居ようが叩きのめせるから」
「朱那だよー。よろしくねエリーちゃん。あ、このお酒追加で」
「え、まだ飲むの?あ、ラファです。よろしく」
「エリーよ。よろしく。そのお酒、結構強いから控えめにしないと体を壊すわよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。私、体だけは頑丈だから」
だとしても控えようね?飲みすぎはどう見ても体に悪いから。
異世界に来てはっちゃける黒百合さんに言っても無駄だと分かっているので、一々言ったりはしないが、割と心配である。
君、吸血鬼とは体の構造違うんだから........あれ?でも天使だから人と体の構造は違うよな。
もしかして、天使って酒の悪影響を受けない?
「酔ってるから受けてるでしょ。最悪ラファちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど」
「サラッと思考回路を読まないで欲しいが、ラファがいるならいいか。俺らはともかく、黒百合さんの健康には気を使うだろうしな」
黒百合さんのことを“女王様”や“お姉様”と言っているラファの事だ。間違っても黒百合さんの健康を害すような真似はしないだろう。
なら、酒をバカスカ飲むのを止めてくれと思うが、楽しそうに酒を飲む黒百合さんを微笑ましく見ている辺り無理だなアレは。
「このジュース美味しいの」
「あら、そう言ってくれると嬉しいわね。私の新作よ。アポンに少し甘味を加えるために、樹蜜を混ぜてるの。少し酸っぱいけど、濃いめの料理に合うと思うわ」
「このお肉と?」
「そうそう。食べ物は合わせて食べるから美味しいのよ。イスちゃんももう少し大人になれば分かるかもね」
イスはエリーちゃんと話しつつ、バクバクと肉を食べていく。元がドラゴンのためというのもあるが、成長期なのだろう。最近イスの食べる量がかなり増えていた。
運動も沢山しているので太ることは無いと思うが、そこら辺はどうなんだろうな。
「イス、ちゃんと野菜も食べろよ?」
「分かってるの。お野菜も美味しいから食べてるの」
そう言ってサラダも食べるイス。あれ、何人かで取り分けて食べるやつじゃ........まぁいいか。
ところで、ドラゴンって野菜も必要なのか?
「なぁ、ドラゴンに野菜って必要なのか?」
「........今度ファフニールに聞いてみようか」
イスの子育ては、分からないことだらけだ。




