天使の思惑と厄災の懸念
天使達が住む“天界”。
空高く打ち上げられた大陸の一つでは、様々な天使達が暮らし居てる。
その暮らしぶりは、さほど人間と変わらなかった。
普通に街があり、天界だけで完結するように出来上がっている。その中でも一際大きい建物である“天七”は、七大天使が住まう場所であり他の天使たちからは聖域として崇められている。
そんな“天七”の一室。
最後の番号を持つ七番大天使は、つまらなさそうに敵持った駒を地図の上に置いていた。
「四番の回収ができない........か。何者かが邪魔をしているな?報告によれば六番や五番も邪魔をしている。誰かが情報を流しているのだろう。問題はそれが誰か分からないことだ」
「既に探っておりますが、未だ影も掴めません。相当慎重にやっているのかと」
七番大天使の前に立つ天使、彼の右腕として働く天使の一人はそう告げると一枚の紙を取り出す。
そこには、派閥争いを繰り広げる五番と六番の情報が簡潔に書かれていた。
「........ほぼ知っている内容だな」
「はい。これ以外に有力な情報が集まらないのです。私達も派手には動けないこともあり、これが限界となっています」
「それは仕方がない。下手に動けば、奴らはここぞとばかりに我々を攻撃してくるぞ」
現在天使の中にある派閥は大きくわけて2つ。
天使が女神の使徒であると言い張る比較的若い天使たちが集まる派閥(女神派閥)と、天使は神の使徒であって女神の使徒ではないと言う派閥(旧派閥)。
前者は五番、六番、七番大天使達の派閥であり、後者は一番と二番の派閥だ。
精力的に動く女神派閥とは違い、旧派閥は一切動きを見せていない。
何より、派閥に属していながらその派閥がどのようなものなのかを知っている天使はたった二人しかいなかった。
それでも派閥として勢力が出来上がっている辺り、古くから天使を務める一番と二番の人気の高さが伺える。
そして、女神派閥の中でさらに細かく派閥が別れており、それぞれの大天使達を長とする派閥が出来上がっている。
比較的若く、勢いのある五番。
天使の中では若いが、中堅的立場が多く属する六番。
真実を知りながらも、天使の思想統一が最も楽な方法をとった七番。
彼らは日夜自分達が派閥最大の勢力となれるように、水面下で争いあっている。
時として誤情報を垂れ流し、時として邪魔者を排除する。
やっている事は人間達とさほど変わらない。むしろ、天使と言う種族による選民思想と傲慢さを考えれば、天使の方が悪質とも言えた。
七番大天使は、報告に来た天使を下げさせるとお気に入りの紅茶を飲んで一息つく。
そして大きくため息をついた。
「全く、天使の思想を統一する為に始めた教育がこうも悪い方に運ぶとは思わなかった。あの二人が言っていたことは正しかったんだな」
その昔、天使達の思想がバラバラすぎて纏めるのが大変だった。
そこで七番大天使は考えた。思想の統一をすれば、天使達もひとつに纏まるだろうと。
しかし結果はこの有様。
昔よりも過激な対立を見せ、自分達の私腹を肥やす者が多くなった。自分達が“女神の使徒”であると勘違いし、何もせずとも人々に敬われるとか勘違いしている。
元を辿れば同じ人間だったと言うのに。
「三番大天使の様な変わり者が再び現れるか、圧倒的な力を持つ何者かが天使たちを皆殺しにしてくれれば良いのにな。私を含め、全てを壊してもらいたい。そうすれば、この腐った天界も少しはマシになると言うのに」
天使を憎み、天使のあり方を変えようとした変わり者。
もし、自分が殺されるとなれば、その変わり者に殺されたいものだ。七番大天使はそう思うと、その日が来るまで天使達の暴走を止め続ける決意を新たにするのだった。
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仁達の拠点であるアスピドケロンが鎮座する森の中。
ウロボロスの結界にて外からは見ることが出来ない秘密基地にて、2体の厄災が他の者に聞こえないように会話をしている。
「なぜ様子見を?あの天使がいれば、私達がほぼ無傷で帰れると言うのに」
“終焉を知る者”ニーズヘッグはそう言うと、“原初の竜”ファフニールは静かに答えた。
「裏切る可能性も捨てきれん。団長殿も多少はその可能性を考えてはいるようだが、天使共の事を考えると警戒するに超したことは無いのでな」
新たに入った二人の天使。
一人は仁と同郷であり、天使の思想に染まっていないことも分かっているが、もう1人の天使は“無い”とは断言できなかった。
話を聞いていた限り嘘は無い。だが、厄介事を持ち込んでいる時点で信頼は薄い。
「つまり、能力を使わずに天使側に戻る可能性があると?」
「そうだ。三番大天使と言えば、治癒系異能の最上位と言っても過言では無いものである。奴がその気になれば、団長殿でも殺すことは出来ん」
「確か、自分以外にも治癒が出来ましたね。エドストルにはその提案を持ちかけてますし」
治癒系の異能を持つ三番大天使は、左腕を失ったエドストルにその腕の治療をしようかと名乗り出たことがある。
しかし、エドストルはそれを断った。
“未熟な自分の戒めとして、この傷は残しておきます”
彼はそう言って、ドッペルゲンガーの作った義手を嵌めている。
とてつもなく高精度で作られた義手は、もはや義手としての性能所では収まっておらず、様々な機能がついている。この世界ができてから生き続けるファフニールですら、“何を言っているんだこいつは”と思うほどだった。
「もちろん彼奴が完全な味方であれば、天使どもに今すぐにでも攻撃を仕掛けても問題なかろう。だが、確証がない今は、最悪を想定して動くべきだ。団長殿達の力を底上げし、5人の大天使を相手にしても余裕で勝てるようになれば、最悪が起ころうともなんとかなるだろう」
「そうなれば、あの天使を抑えるのは私たちと言うことになりますかね?」
「そうだな。我らが相手をする必要がある。殺すのは無理だが、封印ならば簡単に出来るのでな。その時が来ないことを祈るが」
ファフニールとて、できる限り仲間を傷つけたくはない。だが、敵となるならば、容赦はしなかった。
ほんの一瞬漏れた殺気が森を揺らす中、ニーズヘッグはあることに気づく。
「そうですねぇ。所で、団長さんがこれ以上強くなったら、本格的に私達は勝てなくなりますよ?私達厄災級魔物の威厳が無くなってしまいます」
「ハッハッハ!!もう既に無いだろうよ!!威厳があるならば、暇つぶしに遊ぶかとか言って我らと遊ばないだろうて!!」
「まぁ、それはそうですね。昔は、人間と遊ぶとは思ってなかったですよ。話し相手はいましたけどね」
「我も同じだな。話し相手はいたが、遊ぶことはついぞ無かった。その点で見れば我が団長殿は偉大なるお方かもな。ちょっと自由過ぎるが........」
「自由すぎますけどね。こっちの意見とかあまり聞きませんし」
世界を揺るがしてきた厄災も、自由すぎる男には歯が立たないようだ。
ファフニールとニーズヘッグは同じ男の顔を思い浮かべながら、“これはこれで楽しいからいいか”と諦めるのだった。




