神正世界戦争:炎帝&幻魔剣vs剣聖②
精霊魔法の極意とも言われる“同調”。
上位精霊以上の精霊と契約し、身体の構造を一から作り変えるこの魔法は術者に負担が大きい。
上位精霊と契約していれば容易に使えるものという訳ではなく、作り替えられることによる負担を耐え、その属性における理を精霊が理解してなければ扱えない品物だ。
「ほう。その技は“精霊王”しか使えぬと聞いていたが........どうやらここにも使い手がおるようじゃのぉ」
剣聖は興味深くシルフォードを見つめる。
長年生きていた知識として、剣聖は同調を行使するのがどれほど大変か知っている。
昔、その精霊魔法を使っていた者から聞いた話では“自分が自分であるか分からなくなり、本来あるはずの感覚も全て無くなる。最初は5秒も出来なかった”らしい。
その後、時間を伸ばして言ってもこの違和感は残り、体への負担もかなりのものだったと言う。
しかし、上位精霊として存在はしているものの、サラの炎はファフニールから受け継いだ“原初の炎”。炎における全ての理を司る炎によって自身を変化させたシルフォードには、その負担というものが殆どなかった。
「ちと違ってるのぉ。勘としか言えんが、あの炎は不味い」
雨がシルフォードに触れる前に蒸発している。剣聖と言えど、所詮は人間。自身へ干渉してくる物を、膨大な魔力によって強引にねじふせると言う芸当はできない。
ほぼ全ての物を魔力量だけでねじふせる仁達がおかしいだけだ。
「先手は貰うぞ」
後手に回っては攻撃を受けると判断した剣聖は、居合の構えを取るとシルフォード達が動き始めるも早く剣を振るう。
「天地断絶」
神速の一刀は雨を切り裂き、正確にシルフォードとエドストルを捉えていた。
迫り来る剣。シルフォードはその身で受けても問題ないが、エドストルはその身で受ければ身体と泣き分かれることになる。
ギリギリで反応したエドストルは手に持った剣を死ぬ気で振るうと、剣聖の剣を跳ね上げた。
「あっぶな........話では聞いてたけど、反応出来て良かった」
「エドストル。大丈夫?」
「大丈夫ですよ。一撃貰いかけましたが........」
剣聖の技を事前に聞いていなければ反応できなかったであろう事に、エドストルは冷や汗を掻く。
自分の師であるドッペルゲンガーですら、ここまで早い斬撃は飛んでこなかったであろう。
「ほう!!あの獣人もやるではないか!!この剣が弾かれるのは何年ぶりかのぉ!!」
剣聖は受け止められたことに感心すると、続けて斬撃を繰り出す。
自分の剣を受け止めたエドストルがどこまでやれるのか、それが気になって仕方がないのだ。
相手が時間稼ぎを目的としていることなど忘れ、剣聖はエドストルの剣技がどれほどの物かを測り始める。
目にも止まらぬ連撃が、エドストルを襲った。
「どうやら私の方が剣聖の興味を引いたみたいですね!!」
「ほっほっほ!!やるではないか!!久々に楽しいぞ!!」
速さだけを追求した剣が来たと思ったら、僅かにタイミングをズラし更には軌道も変えてくる。
エドストルもギリギリで反応して剣を弾いたが、最初程速やかには対応できていなかった。
最初は読みを通して戦っていたエドストルだったが、徐々に経験の差が浮き彫りになって来ている。このまま行けば、そのうち詰んでしまうだろう。
(読みでは剣聖に敵わない。私の能力は今使うべきでは無いし、シルフォードさんに頑張ってもらわないと)
「私を忘れてもらっては困る」
「ほっほっほ!!忘れてなんぞおらぬよ」
エドストルに集中する剣聖を見て、シルフォードは剣聖に接近。
ギリギリで耐えるエドストルを助けるべく、シルフォードは視界を奪う攻撃を放った。
「炎よ」
短い詠唱から放たれたのは、幾千もの槍。
以前、“神突”とやりあった時よりも多く、そして魔力量が桁違いである。
一つ一つがこの戦場の地形を変えるほどの威力を持ち、いくら剣聖と言えどもまともに喰らえば明日はない。
シルフォードは槍を放つと同時に、自分も接近戦を仕掛けた。
剣では炎は切れない。捨て身の攻撃でも、シルフォードの命は消えることは無いと判断したのだ。
「良い判断じゃ」
剣聖はエドストルへの攻撃を中止すると、降り注ぐ炎の槍を切り裂いていく。
“神突”は弾くのが限界だったのに比べ、剣聖は正確に炎の槍を切り裂いて行った。
「フッ!!」
降り注ぐ槍の中、シルフォードは剣聖に肉薄すると拳を突き出す。
常人が喰らえば木っ端微塵に砕け散る程の威力を持った拳だったが、剣聖は槍を切り裂くついでとばかりにシルフォードの拳を切り落とした。
「女の子の手を切るとか、どういう教育受けてんの?」
「ほっほっほ!!仮面で顔が見えぬのに、おなごかどうか分かるわけなかろうに。それに、儂にくらいつける者をおなご扱いするのは少々違うのではないか?」
シルフォードは切り裂かれた拳を即座に再生すると、剣聖に向かって右足の蹴りを繰り出す。
しかし、これも剣聖に切り捨てられる。
再生、攻撃、再生、攻撃。
何度切られようが、シルフォードは関係ないとばかりに剣聖に攻撃を仕掛け続け、剣聖はそれを容易に捌く。
切り捨てられたことにより、威力が落ちているにもかかわらず、周りの地形を少しずつ変えている程の威力が出ている。
少し離れた場所で、人類最強と渡り合う化け物達を見ていた兵士は、自分達が如何に無謀な戦いを挑もうとしていたのかようやく理解した。
「完璧に読まれてる........クソっ」
「ほっほっほ。才能もあり、努力も見える。後は経験じゃな」
何度もフェイントをかけては隙を探って攻撃しているものの、そのどれもが完璧に読まれて当たらない。
これが厄災級魔物ならば、強引に質量でねじ伏せられるのだが、今のシルフォードにそこまでの出力を出せるほど力はなかった。
「しかし、奇妙な炎じゃな。何度も切っておるのに、実体が捉えられん。普通の上位精霊が扱う物なら、既に切れておるぞ?」
「炎を切るとか当たり前の様に言わないで欲しいんだけどね」
「儂の全力で切れるかのぉ?」
剣聖はそう言うと、シルフォードから距離を取り上段に構える。
その瞬間、その場の空気が変わった。
「儂にこれを使わせるとは大したものじゃ。あの魔王より強いぞ。小娘」
「──────────っ!!」
この剣を振り下ろさせてはならない。そう感じたシルフォードは、即座に距離を詰めて剣聖に襲いかかるが、剣聖の剣はそれよりも早かった。
「“天”」
振り下ろされた一刀。ただ愚直に振り下ろしただけの一刀は、理すらも切り裂いていく神域の一撃。
気づいた時には剣は振り下ろされ、その線上にあった全ての物を切り裂いた。
「空が!!」
「天が、切れてる........」
剣聖の一振を見た兵士達は空を見上げると、黒く重い雲を切り裂いて一筋の光が見えてくる。
天すらも切り裂く神域の一刀。理すらも切り伏せる理を外れた一刀は、シルフォードを正確に捉えた........はずだった。
「やるではないか。獣人」
「──────────っ!!」
「エドストル!!」
剣が振り下ろされる直前。邪魔になると剣聖の隙を伺っていたエドストルは、シルフォードを突き飛ばしていた。
自分の左腕を犠牲にして。
二の腕辺りからごっそりと無くなったエドストルの左腕は、血を大量に流している。
このまま放置していれば、エドストルは出血多量で死に至るだろう。
「傷口を焼け。もしくは、治癒薬を使うんじゃな」
「........攻撃しないのか?」
「儂の切り札を避けた褒美じゃ。お主、剣を振り下ろす前になにかしたな?視界が一瞬変にズレた」
剣聖の視覚は既に治っている。とある大天使の施しだ。
剣が振り下ろされる直前、エドストルは自身の異能を発動して剣聖の視界を奪った。
わずか数瞬だったが、それでも剣聖の剣を狂わせたのだ。
剣聖は正確にシルフォードを切り捨てたはずなのに、手に残った感覚は腕を切り裂いた事のみ。シルフォードが精霊魔法を使うならば、残りのひとりが犯人である。
それがなければ、今頃エドストルかシルフォードが死んでいた事だろう。
「ここでお主らを殺しても良いが........それは面白くないのでな。それに、時間切れ時じゃ」
「残念。気づいていましたか」
剣聖がその場を離れると、空から影が降ってくる。
「おいおい。エドストル。その腕くっつくのか?」
「分かりません。私が知る限り、欠損した物を付けるという話は聞きませんね」
「........そうか。よく耐えた。命があるだけまだマシだな」
「全くですよ」
「まぁいい。生きてるならヨシだ。あとは任せな」
影は、彼らの団長である仁はそう言うと、剣聖を見据えるのだった。




