悪とは
戦争の進み具合は順調そのものだった。
既に正教会国内にかなり入り込んでいる神聖皇国軍は、残党狩りをしながら正教会国の人々を殺して回っている。
無抵抗な女子供まで容赦なく殺す為どちらが悪役か分かったものでは無いが、反乱の芽を摘むと考えれば合理的な措置だろう。
子供の頃から染まった思想というのは、環境が変わったからと言って変わるものでは無い。
流石に何も知らない赤子はできる限り保護しても構わないと言われたので、多少保護してはいるがほとんどの子は帰らぬ土となった。
胸糞悪いと言えば悪いが、今の俺達は雇われの身。
命令に背くような事はしなかった。
「“戦争は始めた時点でどっちも悪”とは言うが、正しくその通りだな。無抵抗の人間も殺すのは少し心が痛む」
「え?仁に痛む心なんてあったの?」
「素で聞き返してくる辺り、お前は俺をなんだと思ってるんだ........」
焼き払われた村を見つつ、俺は失礼なことを言う花音の頭にチョップを振り下ろす。
花音は痛くもないのに痛がる仕草をしつつ、静かに笑って俺の腕に抱きついてきた。
「そんなもんでしょ。これは戦争。私たちは兵士。真の悪は戦争を始めた上の連中だよ」
「それを煽ったの、俺たちなんだけどね?」
「それに乗ったのはあのおじいちゃんでしょ?結局人なんて皆“悪”なんだから、そんな細かい事なんて考えなくていいんだよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ。戦争は勝った方が正義なんだから。なら、勝ってる私達が正義で、負けている正教会国が悪なんだよ。それに、人を殺すこと自体に罪悪感を覚えるほど、仁は脆くないでしょ?」
「まぁな。見た目だかとはいえ、どっかの誰かさんを手に掛けた事もあるし」
あの島にいた頃、人を殺す訓練として、とある魔物を狩っていた事がある。
相手の大切な人に化ける魔物“写鏡”は、襲ってきた相手にとって1番大切な者と認識させる力を持っていた。
俺なら花音、花音なら俺を見させるのだ。
しかも、かなりそっくりな見た目をしており行動や仕草も本人そのもの。初めて殺した時は、あまりのリアルさに半泣きで花音に抱きついたのを覚えている。
まぁ、その後“本物の仁はそんなちゃちなもんじゃねぇんだよ!!”とブチ切れていた花音が俺の姿をした魔物を平然と殺すのを見て、なんとも言えない気分になったが。
俺かどうかを見分けられるのは流石だが、一切躊躇いなく自分とそっくりな相手を殺させるのは少し複雑だった。
しかも、その後ハッとして“うえーん、仁を殺しちゃったー(棒)”と言って俺に泣きついてくるんだから、花音(動詞)ですわ。
そんなこんなで、人を殺すことに罪悪感を抱くようなヤワな精神をしている訳では無いが、一方的に蹂躙するのは少し心が痛む。
“この子だけは!!この子だけは助けてください!!”と必死に懇願する母親と“お母さんを殺さないで!!”と泣き叫ぶ子供。なるべく絶望を味わわないように、二人一緒に天へと還したりもした。
しばらく夢に出てきそうである。
「仁は優しいからね。悪役には染まりきれないんだよ」
「そうそう。団長さんはいい人すぎる。もう少し残酷さを持った方がいい」
いつの間にかふらっと現れたシルフォードはそう言うと、手に持っていた紙を俺に手渡してくる。
「はいコレ。ドワーフ連合国軍と神聖皇国軍のやつ」
「ありがと。他のみんなは?」
「妹達は仕事を終えて休んでる。獣人組はその鼻を使って逃げた人間達を狩るって。イスちゃんも空から探すみたい」
「そうか。油断しないように言っておいてくれ」
「分かった」
シルフォードはそう言うと、さっさとどこかへ行ってしまう。
相変わらずマイペースだな。
「シルフォードぐらい能天気なら良かったんだがな」
「大丈夫。仁もあれぐらい自由だよ。どうせ明日にはケロッとしてるでしょ?」
「否定はしない」
割と失礼な事を言う花音の頭を撫でてやりつつ、俺はシルフォードが持ってきた報告書に目を通す。
報告書の内容は、剣聖の暴れ具合いについてが殆どだった。
「龍二は死にかけたみたいだな。“精霊王”の横槍がなかったら保険が動くところだった」
「その代わり“精霊王”ちゃん死んじゃったけどね。精霊王って確か上位精霊と契約している人でしょ?」
「そうだな。風の上位精霊だったはずだ」
俺の傭兵団にも上位精霊と契約しているダークエルフがいるので分かるが、決して楽に倒せる相手ではない。
俺の場合は相性でねじ伏せれる為大した驚異にはならないが、剣聖の武器は剣だ。
たった一本の剣で上位精霊の契約者を倒せるかと言われれば、NOである。
あの化け物ジジィめ。こんな所で人外じみた事をしなくてもいいんだよ。
「これで大エルフ国も最高戦力を失ったな。戦争が終わったあとの力関係が歪みそうだ」
「それは私たちのお仕事じゃないから放っておいていいけどね。教皇のお爺さんは苦労するだろうけど」
「あの爺さん、過労死しないだろうな?この前も全く寝なくてセンデルスに心配されてただろ」
「あー、もしかしたら戦争が終わった後の事後処理は枢機卿に任せるかもしれないね。そろそろ後任を決めるって言ってたし」
「神聖皇国も神聖皇国で一悶着ありそうだな。野心家の枢機卿も居るし、権力争いが起こるかもしれない訳だ」
戦争が終わったとしても問題は山積み。俺達が介入することは無いだろうが、今後の付き合い方が変わってくるかもしれないな。
俺は大きくため息を着くと、報告書に視線を戻す。
「龍二は剣聖に負けたのか。悔しいだろうな」
「龍二だけじゃ魔王には勝てなかったって事だね。厄災級魔物を相手にしても勝てなさそう」
「今度嫌がらせをしに行ってやるか。龍二の泣き顔を見て遊ぶぞ」
「いい趣味してるねぇ。私も煽ってやろっと。報告書を見るに、死にかけた龍二をみてアイリスちゃんは発情してたみたいだし」
「その言い方だと語弊を産みそうなんだが........」
せめて龍二が死にかけた事により、愛が更に深くなったとかにしとけよ。
花音の言い方だと、龍二が死の淵に立たされた事に興奮するヤベー奴じゃないか。
........流石にないよね?龍二が死の淵に立たされた事により、新たな扉をアイリス団長が開いたとかないよね?
俺は少し不安になりつつも、龍二とアイリス団長の純愛を信じんことにした。
というか、信じたい。
この話題は龍二達の問題なので、さっさと話題を変えるとしよう。
「それにしても、剣聖は少し暴れて消えたんだな。報告によれば、少し戦線を押し戻した程度で離れてる」
「勝たせる気がないのかな?次はこっちに向かってるらしいけど」
「分からんな........剣聖は何が狙いなのか。弟子を連れ回しているみたいだけど、弟子の育成って訳でもなさそうだし」
「謎だねぇ」
こちらへ向かっているらしいので、もしかしたら戦う日が来るかもしれない。
もし、その時がきたら龍二の分までしっかりとお礼参りしないとな。
俺はそう思いつつ、引き続き報告書に目を通すのだった。




