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釣り

 波乱の人生ゲームでてんやわんやした翌日。午前中の間に報告書を見終えた俺は、イスと花音を連れて近くの川に向かっていた。


 「イスは釣りをするのは初めてだったな」

 「楽しみなの!!お魚さん釣るんでしょ?」


 元気はつらつなイスは、その手に待ったドッペルお手製の釣竿を天に掲げる。


 結構長い竿だが、木々に当たらないように上手く振り回しているようだ。


 俺はそんな子供らしいイスの頭を優しく撫でる。


 「そうそう。釣ってすぐの魚は........この世界って刺身とか食えるのか?」

 「分からないけど、刺身醤油ないよ?」

 「あっ........」


 思わずイスの撫でる手が止まってしまった。


 この世界は当然ながら日本と食文化が違う。いや、違うどころか、そもそも食材そのものが違う。


 味や食感が似た食材はあるものの、その食べ方が違ったりそもそもその食材がなかったり。今では慣れてしまったが、あの島にいた頃は米が恋しかった。


 もちろん、今でも恋しいが。


 日本の宝であるあの美味い米を求めて、子供たちには色々と調べてもらっていたりもするのだが、やはり見つかることは無い。


 全世界を探せば、どこか小さい国でひっそりと栽培しているかもしれないが、そんな小国に子供達を送り込む余裕などなかった。


 そして、醤油も無い。


 醤油らしき調味料はあるものの、まるっきり醤油だ!!という物は未だ発見出来ていない。それに、醤油の味を知っていると、違和感が凄いのだ。


 別物として食べれば違和感はないが、醤油だと思って食べる(醤油を食べるっておかしいけど)と、物足りない感がある。


 ちなみに、味噌は普通にあった。神聖皇国の料理によく使われている。原材料は醤油とさほど変わらないはずなのだが、なぜ醤油は作られないのか........謎である。


 「しょーゆ?」

 「醤油は俺達日本人には欠かせない調味料なんだよ。味噌もね」

 「材料はほぼ同じなのにねぇ。私も仁も作り方知らないから、作れないけど」

 「クラスメイトの中に知ってるやついるかな?龍二は........知らないだろうな。アイツ料理なんてしてこなかったし」

 「朱那ちゃんなら知ってるかも?お勉強出来る子だし」


 もし知っているのなら、作って欲しいものである。でも、知ってたらもう作ってるんじゃないのかな?醤油無しの生活なんて耐えられないだろうし。


 そんな話をしながら森の中を歩いていくと、太陽に照らされてキラキラと光る川が見えてきた。


 川の周囲は水に冷やされた空気が充満しており、ほんの僅かに体温を下げてくれる。


 少し暑くなり始めたこの時期には、過ごしやすい気温になっていた。


 「川なの!!お魚さんいるかな?」

 「さぁ?どうだろうな。そう言うのは、先客に聞くとしよう」


 川に目を輝かせるイス。空からよく見ているだろうに、こんなに新鮮な反応ができるのは1種の才能なのかもしれない。


 俺は花音に頭を撫でられるイスを微笑ましく思いつつ、近くで釣りをする吸血鬼の元王様と男の娘としか思えない獣人に話しかけた。


 「どうだ?釣れるか?」

 「おぉ、気配から察していたが、やはり団長殿達だったか!!今日は釣れるぞ。朝から釣っているが、4匹は釣れた」

 「団長様も釣りをしに?」


 満面の笑みで今日の成果を見せつけてくるストリゴイと、可愛らしく首を傾げるロナ。


 この2人は趣味が釣りであり、暇があればこうしてこの川にやってきては釣り糸を垂らしている。


 たまにスンダルや他の獣人達も釣りをしにやってくる事もあるそうだが、頻繁に釣りをするのはこの2人だ。


 「4匹か。ボウズよりはましって感じか?」

 「フハハハ!!その通りだな!!基本、1匹でも釣れれば当たりだ。ボウズの日はボウズの日で楽しいが、やはり釣れた時の方が楽しい」

 「ストリゴイさんと同じですね。僕も釣れた方が嬉しいです。釣った後、焼いて食べる魚の味は格別ですよ」

 「そりゃ羨ましい。俺達も早速釣ってみるかな」

 「そうするといい。幸い、この川には人が寄り付かんからな。乱獲される心配もあるまいて」

 「結界外なんだが、アスピドケロンを恐れてみんな来ないんだよな。そのおかげでのんびり釣りができる訳だが」


 この川は拠点からそれなりに近場にあるが、ウロボロスの結界外である。


 アスピドケロンとは別の山から流れる湧き水が川を成して生態系を作っているのだが、近くには世界が恐れる厄災級魔物が鎮座している為人が寄り付かない。


 この川は獣人国家バサル王国側の川で、1番近い街でも相当離れているというのも原因だろう。


 多分、バルサルの方が近い。


 今気づいたが、バサル王国とバルサルって紛らわしい名前してんな。


 そんなくだらない事を考えつつ、俺はストリゴイとロナの元を離れて花音とイスの元に戻る。


 花音とイスは既に釣りを始めているようで、花音がイスに抱きつくような形になっていた。


 つまり、花音は釣竿を握っていない。


 「花音は釣りしないのか?」

 「私、釣りは微妙なんだよねぇ。なら、イスの冷たさを堪能してようかなぁと」

 「ママはいい匂いするの!!」

 「あぁ、そう........まぁ、本人同士がそれでいいならいいか」


 考えることをやめた俺は、イスの横に座るとドッペルお手製の釣竿を持って釣り糸を川に投げ込む。


 本来なら釣竿に餌を付けることが必要なのだが、そこはドッペルクオリティ。餌は魔道具で代用できるようにしている。


 餌特有の匂いと動きを忠実に再現した魔道具で、実際に使っ動いている所を見た時は凄いと感心すると同時に気持ち悪さに目を逸らしたくなるものだった。


 そこまでリアルに再現しなくていいんやで?


 ポチャンと水に餌が入る音がすると共に、のどかな時が流れる。


 木々のさざめきや、川の流れる音。小鳥が鳴く音や魔物の歩く音まで、様々な音が耳に入ってくる。


 この静かな時と言うのは、普段聞かない音を聞くいい機会だ。


 最近、戦争やらなんやらで疲れた心を癒してくれている気がする。


 「........中々釣れないの」

 「そりゃ、竿を入れてまだまだ30秒だからな。そんなにポンポン釣れたらストリゴイ達はボウズで帰ってくることなんてないぞ」

 「イスに釣りは早かったかな?」

 「釣るより食べる方が好きだろうからなぁ。まぁ、1匹釣れるまでは頑張ってみような?」

 「うん!!分かったの!!」


 イスは元気よく頷くと、再び釣竿に視線を戻す。


 多分、イスは、カノンに構ってもらえてるのが嬉しいのであって、釣り自体は微妙なんだろうな。


 俺はそう思いつつ、のどかに流れる時の中をのんびりと過ごすのだった。


 ちなみに、魚はそこそこ釣れ、帰る前にストリゴイ達も交えて焼き魚パーティーをした。


 イスって本来はドラゴンだから、魚を生で丸ごと喰らうのね........ちょっとビビったぞ。

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