神正世界戦争:破壊神vs聖弓②
迫り来る音波は津波の如し。
あまりに激しすぎる音の振動は山岳の一部を削り取って砂に変え、砂の雪崩となって正連邦国軍の陣地に襲いかかる。
視界の全てが砂に染まる雪崩に飲み込まれればタダでは済まない。
誰もが慌てふためき、逃れられない砂の雪崩に対抗しようと策を練る。
「小賢しい。この程度で私達を殺せるとでも?」
多くの兵士たちが慌てる中、目の見えない聖弓は研ぎ澄まされた感覚によって事態を把握する。
彼女は目が見えなくなった代わりに、それ以外の五感が鋭い。
常日頃から魔力感知も扱っており、その感知能力はずば抜けていた。
だからこそ、この砂の雪崩が誰の仕業かも既に特定できている。
「味方も守った方がいいですね。“聖なる狩人”:守護の矢」
手に持った弓から生成されたのは、一本の矢。
何ら変哲のない普通の矢に見えるが、その矢から放たれる聖なる魔力は尋常ではない。
聖弓は矢を番えると、自身の足元に向かって矢を放った。
矢は地面に突き刺さると聖なる魔力を解放し、黄金に輝くドーム状の盾を展開する。
半透明黄金の盾は砂の雪崩に巻き込まれるも、一切揺らぐことなく全てを守りきった。
途中で襲ってきた高振動も何事も無かったかのように受け止め、ドワーフ連合国の思惑を全て薙ぎ払う。
「怯むな!!我らには聖弓様が付いている!!進めぇ!!」
砂が晴れ、太陽が再び顔を出した事を確認し、誰一人として欠けていない部隊に指揮官は命令を下す。
正連邦国にいるものならば誰もが知っている聖弓が自分達を守ってくれるとなれば、彼らも臆することなく戦場に飛び込めるというものだ。
怒号を上げ、武器を振りかぶりながら山を登る正連邦国軍。しかし、ドワーフ連合国もただそれを見ている訳では無い。
ドワーフの技術によって作られた魔道具や特殊な弓(ガトリング砲みたいなやつ)を使って、山を昇る正連邦国軍を迎撃していった。
聖弓は、刻一刻と変わり行く戦場を文字通り肌で感じつつ正連邦国軍が不利な地点に矢を放つ。
「遠距離部隊を壊滅させますか。“聖なる狩人”:矢の降る雨」
天に向かって放たれた一本の矢は、雲をも貫いて天高く登る。そして、勢いを失い地上へと落ち始めると同士に、矢は何千にも分裂して雨の如く降り注いだ。
敵を穿つ矢の雨は的確にドワーフ達の頭に突き刺さるかに思えたが、それを許すほど破壊神も馬鹿ではない。
「オラァァァァ!!」
空から降り注ぐ矢に向かって拳を振るうと、矢は急速に勢いを失い回転しながら落ちていく。
中には運悪く矢が突き刺さってしまったドワーフ兵もいたが、被害はかなり少なくなっていた。
「チッ、やはりあのドワーフから殺さないとダメですね」
「はん!!この程度で殺らせるわけねぇだろ」
声は聞こえないはずなのだが、奇跡的に会話が噛み合う。
攻撃を防がれたことを察した聖弓は、顔を歪める。その顔は、慈悲に溢れた優しさとは真反対で地獄の閻魔ですら泣き出してしまいそうなものであった。
人すらもその顔で殺せそうな程にまで綺麗な顔を歪める聖弓は、破壊神を殺さなければ他のドワーフに攻撃が当たらないと考え、弓を構える。
目は見えていないし肉眼で見えるような距離ではなかったが、異次元の感知能力によって場所を特定するとその場所一点を狙って矢を引く。
「全てを貫く我が弓よ。その障害を討ち滅ぼし、我らに勝利を!!“聖なる狩人”:絶死一矢」
短い詠唱と共に放たれたのは、全てを貫く絶死の矢。狙った獲物を追尾し、確実に心臓を貫く意思が込められた聖なる矢は破壊神の心臓を貫かんと高速で戦場を横切っていく。
射線上に入ったドワーフだけを的確に貫きながら迫り来る矢を見て、流石の破壊神もこれには危機感を覚えた。
「やべぇ、あれは守らねぇと死ねるな」
破壊神はそう言うと、素早く守りの体制に入る。
手をパンと、合わせると音波が周囲を覆い、音の壁となって矢の前に立ち塞がる。
破壊神の心臓を的確に狙った矢は音の壁に阻まれるも、勢いを失うことはなく壁を貫かんと突き刺さった。
「ふはっ!!さすがは聖弓!!重い一撃だ........!!」
破壊神は思わず笑うと、音の振動を更に上げる。
数秒の攻防。
ゆっくりと着実に心臓に向かって進む矢だったが、横からも襲う振動によって徐々に威力を失っていき最終的には方向をズラされ、心臓から逸れた方向に飛んで行った。
途中で矢に込められた聖なる魔力が尽きてしまった為、更に追尾をすることは難しかった。
「っつ........あぶね」
しかし、矢を防いだ破壊神も無傷ではない。
方向をズラせたのは良かったものの、ズラした場所が悪かった。
矢は破壊神の顔に向かって襲いかかり、破壊神は間一髪のところで矢を避ける。
破壊神の頬は薄皮一枚切り裂かれ、涙のように頬を伝って血が流れた。
破壊神は親指の腹で血を拭い、指に着いた血を舐めながらどこか晴れやかに笑う。
「これが聖弓か。いいねぇ。昔を思い出すぞ!!」
遠距離戦だと勝ち目がないと判断した破壊神は、凶悪な笑みをその顔に浮かべながら山を爆速で下って行く。
先程の矢の仕返しをするかのように、正連邦国の兵士だけを的確に殴り飛ばしていった。
殴られた兵士達は、鎧の上から軽く小突かれた程度なのにも関わらず口から血を吐き出して死んでゆく。体内を高振動で揺らされたとなれば、大抵の人間は耐えられるものでは無い。
迫り来る破壊神の気配を感じとった聖弓は、近づいて来るなと言わんばかりに矢を放つ。
一瞬にして放たれた矢の数はなんと183本。矢が自動で弓にセットされるとは言え、明らかに人智を超えた速さの弓引きに隣で護衛をしていた付き人の顔も引き攣る。
その顔が、ここまで本気を出させている破壊神に向けられたものなのか、殺意がむき出しすぎる聖弓に向けられたものなのかは本人にしか分からない。
放たれた矢は正確に破壊神を捉え串刺しにしていくように思えたが、仮にも11大国を代表する冒険者がこの程度で殺られる訳が無い。
「オラァ!!」
破壊神は拳を振るうのではなく、“オラァ”の一言で全ての矢をはじき飛ばしてしまった。
その後も聖弓は矢を放つが、破壊神はその尽くを自身の異能によって防いでいく。
そして、遂に破壊神が聖弓の元にたどり着いた。
「お前が聖弓だな?........随分と可愛らしい見た目をしてんな」
「貴様が破壊神か。クソッタレなドワーフが私の前で息をするな。不愉快だ」
「おうおう、随分な言われようだ。ドワーフが嫌いか?」
「私の全てを奪ったドワーフが好きになれるとでも?吐き気がする」
「........あぁ、そう言う事........」
その一言で全てを察した破壊神は、同胞が申し訳ないことをしたと思いつつ、ここから先は引けないと気を引き締める。
肌を刺すような殺気が、破壊神の背筋から嫌な汗を出させた。
「お前を殺す」
「それは困るな。俺にも守るべきもんがあるしな」
殺気と殺気のぶつかり合い。復讐者と破壊者の戦いが始まる。




