神正世界戦争:獣神vs聖盾①
戦争の火蓋を切ったのは、意外にも獣王国側からだった。
絡めてや不意打ちを好まない獣人の気質とは裏腹に、不意打ち気味に切って落とされた戦端。
“獣神”ザリウスを先頭に戦場を駆ける獣人達を見て、正共和国側も慌てて魔法で迎撃を開始する。
「進めぇぇぇぇぇぇ!!」
「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」」」
国王を先頭として走り抜ける獣人達。
王たる威厳を放ちながら、その大きな背中を追いかけるかの如く走る獣人達の士気はかなり高かった。
何十万もの足跡は大地を揺らし、怒号となって迫り来る。
「第一魔法隊!!撃てぇ!!」
もちろん、正共和国も迫り来る獣人たちを黙って見ている訳では無い。
慌てながらも、すぐ様魔法で迎撃を始めたのは流石と言えるだろう。
しかし、常日頃から“強さ”を求め研鑽を積んできた獣人達の足を止めるには至らない。
炎に焼かれようとも、水に押し流されようとも、暴風に吹き飛ばされようとも、大地が割れようも、彼らの脚は留まることを知らずただひたすらに前へと進む。
何人かの獣人は怪我を負ったが、所詮はその程度であり巻き上がる噴煙の中から顔を覗かせた。
死をも恐れぬ進軍と言うのは、敵軍に恐怖を抱かせる。
魔法を放っていた正共和国の魔導師達は、狂気とも言える進軍に恐れ自然と手が止まりつつあった。
「はっ!!軟弱者共が!!その程度の魔法如きで俺達が止まるわけねぇだろ!!」
先頭を走るザリウスは、迫り来る魔法を殴り飛ばして前進。
遂には、敵軍と接敵する距離にまで間合いを縮めた。
「喰らえやァァァ!!」
ザリウスは大きく拳を振りかぶり、目の前にいる敵兵士達に渾身の一撃を喰らわせようとする。
が、その拳は1つの盾によって阻まれた。
ゴオォォォォン!!という到底、拳と盾が接触したような音では無い音が辺りに響き渡る。
あまりに強すぎた衝突により彼らの周囲では衝撃波が起こり、盾によって守られた兵士たちは吹き飛ばされる。
獣人も何人かは吹き飛んだが、動物としての側面を持つ彼らは空中で体制を整えると何事も無かったかのように着地して戦線に戻った。
ザリウスは、獰猛な牙を剥き、己の拳を受け止めた人物の名前を叫ぶ。その声には、憎しみと殺意が篭っていた。
「来ると思っていたぞ。聖盾ぇ!!」
「相変わらず煩いですね、獣神。人間のなり損ないは、黙って死ね」
聖盾も殺気の籠った言葉を返すと、盾を勢いよく前に押し出して拳を弾く。
ほんの僅かに体勢が崩れたザリウスの隙を見て、聖盾は盾を横に振って叩きつけようとした。
「甘ぇよ!!」
が、相手は獣人。
人間よりも身体能力が優れ、人間では出来ないような動きを出来る種族だ。
ザリウスは体制を崩しながらも跳躍すると、盾を躱す。
それと同時に、マジックポーチから鉄球を取り出して投げつけた。
「?!」
躱される事は想定していても反撃を喰らうとは予想していなかった聖盾は、鉄球をモロに喰らう。
魔力によって肉体を強化しているとは言っても、投げられた鉄球は時速200km近くの速さだ。
ザリウスの腕力によってありえないほど加速した鉄球を無傷で受け切る事は、聖盾には難しい。
「グッ!!」
鉄球は聖盾の左肩を抉り、その衝撃によって関節が外れる。
力が入らなくなった左腕から盾が離れ、今度は聖盾が体制を崩す番となった。
そして、その隙を見逃してあげるほどザリウスも優しくはない。
「貰ったァ!!」
聖盾が体勢を立て直すよりも早く、ザリウスは聖盾の心臓部を狙って拳を突き出す。
その威力は聖盾の心臓を簡単に貫けるものだった。
盾で防ごうにも間に合わない。
しかし、呆気なく勝敗が決するかに思えたその一撃は、とある男によって止められた。
「お、ラァ!!」
「うおっ?!」
その男はものすごい速さでザリウスと聖盾の間に入ると、持っていた大剣を横に振るう。
ザリウスの拳と撃ち合った大剣はザリウスを吹き飛ばし、聖盾の窮地を救ったのだ。
ザリウスを吹っ飛ばした男は、外れた左肩を直そうとする聖盾を見て豪快に笑う。
「ふはははは!!俺のおかげで助かったな!!聖盾!!」
「あぁ、全くだ。こいつはでかい借りになりそうで嫌になるよ。ガルルフ」
“気合根性”ガルルフ。
強欲の魔王を討伐する時に居た冒険者の1人だ。
聖盾が仲間に施した“強化”を奪った状態での魔王の一撃を耐え、あまつさえ反撃を繰り出し味方を鼓舞したMVPである。
今回の戦争は見送るつもりだったものの、あの“獣神”と戦えると聞いて態々出張って来たのだ。
「油断しすぎじゃないか?お前はもっと強いだろ。ってか、聖盾の力はどうした?」
「前の戦争で力を使いすぎてな。無理をすれば使えないことは無いが、長期戦を考えると使いたくない。こればかりはどうしようもないな」
「そりゃ根性が足りねぇな。気合と根性があれば大抵の事はなんとかなるぜ?」
「そりゃお前だけだ。それに、気合と根性でもどうにも出来ないこともあるんだよ」
相変わらず根性論を唱えるガルルフを見て、聖盾は思わず安堵する。
根性根性煩いやつではあるが、常識はあるしこの戦争においてはかなりの戦略になってくれるであろう。
使いすぎた力が補充されるまでは、彼と2人でザリウスと戦う長ことになりそうだと聖盾は思う。
「........そういえば、ガルルフが来たなんて話聞いてないぞ。お前、いつこの場に来たんだ?」
「ん?いまさっきだ。もう少し余裕があるかと思って、ゆっくりしてたら聖盾が死にかけててな。こりゃやべぇって事で、慌てて加勢した」
“もっと早く来てくれれば死にかけることもなかったんだがな”と聖盾は心の中で思うが、助けて貰っておいてそれを言う程恩知らずではないし、そこまで仲がいい訳でも無い。
友人と言えるレベルの関係性ではあるが、親しき仲にも礼儀あり。言っていい事と悪いことがある。
「まぁ、助かったからいいか。あ、肩治った」
「生きてることに感謝しとけ。さて、悪いがここからは2対1だぜ!!獣神さんよぉ!!」
大剣に吹き飛ばされたザリウスは既に戻ってきていた。
ガルルフも聖盾も視線を1度も外していない為、攻撃を仕掛けられなかっただけであり、決して会話が終わるまで待っていたわけでは無い。それに、ザリウスも援軍を待っていた。
「二対一か。悪くは無いが、生憎こちらも負けられないんでな。悪いが二対二にさせてもらうぞ」
「なーにカッコつけてんだ馬鹿野郎。1人で突っ走りやがって、アタシの足も考えろや」
ザリウスがそう言うと、空から一人の魔導師が舞い降りる。
獣王国では希少な魔導師であり、その中でも最高位の強さを誇るドルネスがザリウスの横に降り立った。
「知ってるぞ、人間でありながら獣に墜ちた裏切り者だな?」
「おー強そうなやつだな!!」
「どうも、人間のクズ共。アタシがきっちり殺してやるから、首を差し出せや」
「殺ってやるぜぇ!!」
純粋に強そうだなという感想を口にするガルルフと、人のみでありながら獣人に手をかす事を裏切りと称する聖盾。
その様子を見て、眉を顰めつつ“かかってこい”と手招きするドルネスと、両拳を合わせてやる気満々のザリウス。
両国の最高戦力の激突が今、始まった。




