動き始めた戦況
ドレス平野での戦いから約三ヶ月程が過ぎた。
あの戦争以来、正教会国が大エルフ国を狙うことはなくなり、アゼル共和国やジャバル連合国には平和が訪れている。
どちらの国の傭兵達も揺レ動ク者の話題で持ち切りだったが、当の本人達が一向に姿を見せないことから憶測ばかりが飛び交う。
曰く、世界最強の傭兵団。曰く、精霊を従える者。曰く、悪魔と契約を結んだ者。曰く、幻覚を操りし者。曰く、新たなる魔王。
などなど、あっているものもあれば、陰謀論じゃですらびっくりな憶測を話す者まで現れた。
俺たちの正体を知り繋がりがある赤腕の盾の面々は、あっちこっちから問い合わせが絶えないようで、子供達の報告によると今にも死にそうな顔をしていらしい。
なんかごめんね。面倒事を引き受けてもらっちゃって。
彼らには今度、なにか差し入れを持っていこうと思いつつ、俺と花音はいつもの聖堂でのんびりと報告書に目を通していた。
「ブルボン王国南部の戦争は、ようやく均衡が崩れたみたいだな」
「長かったねぇ。三ヶ月も毎日殺し合いとかやってられないよ。ノイローゼになりそう」
「実際、精神に異常をきたす兵士は多いみたいだな。特に、負けている正教会国側の連合軍は」
100万以上の兵力がぶつかり合うブルボン王国南部に広がる荒野での戦いは、3ヶ月という長い期間の均衡を経てようやく崩れ去った。
原因は獣王国であり、正共和国が送り込んだと思われる裏組織との抗争の傷がようやく癒えた為、獣王を筆頭に戦争を仕掛けた事にある。
“獣神”と呼ばれる獣王の進撃を止めるには、“聖盾”の力が必要不可欠と判断した正共和国は、戦線から聖盾を呼び戻して獣王国迎撃の為に兵力を集めている。
そのため、聖盾1人で何とか抑えていた戦線が崩壊。
11大国を代表する灰輝級冒険者達を抑える人材が居らず、戦況はあっという間に神聖皇国側に傾いたのだ。
これにより、正教会国陣営は敗走。
今は、戦線を大きく下げて防衛がしやすい陣地に軍を配備し始めている。
「また暫くは硬直するのか?防衛に徹した敵ってかなり突破は難しいって聞くけど」
「多分暫くはまた戦線が硬直するだろうねぇ。それこそ、剣聖とか出てきたら硬直どころか押し返されるかもしれないし」
「剣聖ねぇ。なんか戦争に参加する気が無さそうに見えるんだよなぁ。子供達の報告でも、弟子の訓練を優先しているみたいだし」
正教会国の切り札的存在である剣聖は、未だに戦場に顔を出していない。
もちろん、国からは出陣の要請があったのだが剣聖はガン無視を決め込んでいた。
正教会国としても、剣聖を無理やり戦場に引っ張り出す手段が無い為困り果てているのが現状である。
剣聖は正教会国が滅んでも問題ないのか?いや、問題なさそうだな。あの強さを持ってるならどこでも生きていけそうだし。
「剣聖が出張って来ないおかげで、被害が少なくなっていると考えると、あの爺さんやっぱり化け物だな。このまま大人しくしてて欲しいが........」
「多分無理だろうね。いつかは分からないけど、戦線には出てくると思うよ。多分弟子に経験を積ませるとか言って出てきそうだし」
「ありそうだな、それ。二代目の剣聖を作ろうとしているし、寿命で死んでくれねぇかなぁ」
「死なないだろうねぇ。まだまだ元気そうだし、なんなら今が全盛期なんじゃない?」
「何それ怖い」
剣聖が出張ってきた日には、俺達も戦場に赴いた方がいい。
龍二やアイリス団長はまず間違いなく勝てないだろうし、友人が死ぬところはできる限り見たくない。
逃げる程度ならできるだろうが、それでも腕の一本や二本は覚悟が必要だ。
俺ならば圧勝できる!!とは言わないが、少なくとも足止めはできる。使いたくない手段を使えば、勝てるだろう。
身体への負担が大きいし、何より見せたくない手札を見せることになるが。
俺は剣聖とは戦いたくねぇなと思いつつ、報告書を捲っていく。
「龍二達は順調に戦果を重ねているみたいだな。二つ名はつけられてないけど」
「二つ名ってそう簡単に着くものじゃないからね?仁は漫画の読みすぎたよ」
「いやでも、シルフォードとエドストルには二つ名が着いただろ?だから、龍二も着いたりするかなーと思って」
「アレは物凄く目立っていたし、世界最強と名高い“神突”デイズを一方的にボコしたからでしょ。エドストルは不利な戦線を1人で押し上げたし、何よりあの二人より目立てる人材がいなかったからね。龍二の方は既に二つ名持ち、それも11大国を代表する灰輝級冒険者がいるから厳しいよ。あれよりも上とは言わないけど、同じぐらい目立たないといけないんだよ?」
「そう考えると大変だな。大国で二つ名持ちになるってかなり凄いことなのか」
「シルフォードとエドストルは、大国にも通じる二つ名持ちになっただろうけどね。ほら、聖堂騎士団第五の人達が来てたし」
羨ましい限りである。
俺も二つ名欲しいよ!!
「俺も適当な戦争に参加して二つ名貰ってくるか」
「絶対やめてよ?また教皇のおじいちゃんに呼び出されたいのかな?」
割とマジめに言うおれを見てやりかねないと思ったのか、花音はにっこりと笑いながら鎖をうねらせるのだった。
やらないやらない。やらないからその鎖は仕舞おうねぇ。
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闇の中、暗く神の目すらも届かないその地で魔女は影に報告をしていた。
普段の余裕のある姿からは想像できないほど焦ったその姿は、影とその隣にいた人形を驚かせる。
「どうしたんだい?そんなに焦って」
「ファフニールの奴が契約違反をかましてる!!しかも相手は精霊。下手をしなくても奴が出張ってくる可能性があるわ!!」
「???」
何の話かよく分からない人形は首を傾げたが、その意味を理解できた影は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「其れは不味いね。アレが干渉してくるとこちらの接触もバレかねない。約束を破るという手段は?」
「無理に決まっているでしょ。そうすれば私達は明確に“敵”として捉えられるわ。アレを敵に回したい?」
「いやそれは勘弁願いたいね。最終的にどうなるかは分からないけど、今敵対するのはよろしくない。せめて日和見主義者達を消してもらわないと困るよ........仕方ない。まだ万全では無いけど、彼の力を借りよう」
「既に貸してもらっているのに?」
「今は魂が戻ってきてる。もう少し程度なら問題ないと思うよ」
影はそう言って立ち上がると部屋を出ていく。
それについて行く魔女を見て、置いてきぼりの人形は寂しそうに呟いた。
「コレがハブられる感覚か。結構寂しいな。昔は味合わなかった感覚だ」
人形も慌てて後を追う。
闇はまだ日の目を浴びない。




