神正世界戦争:自己像幻視の弟子
プランとゼリスの元から離れたエドストルは、戦線が押され気味であるジャバル連合国側の戦場へと向かう。
戦争は団体戦であり、個人が勝ったとしても全体で負けてしまっては意味が無い。
もちろん、個人が勝てば団体戦で勝つ確率は上がるものの、満遍なく勝つ事が求められた。
「アゼル共和国側は、皆さんに任せれば問題ないですからね。それにしても、張り切りすぎでは?」
前線からはかなり離れているはずなのだが、ダークエルフ姉妹と獣人の姉弟が暴れている場所がよく分かる。
洗礼された魔力と阿鼻叫喚とした声が響き渡る場所は、殺し合いが至る所で行われている戦場でも目立っていた。
「まぁ、それはこちらでも言えますかね」
ジャバル連合国側の前線からも、似たような惨状を感じ取ることが出来る。
次々と人の気配が消えていき、人が消えると同時に悲鳴が鳴り響く。
味方陣営が活躍しているのではなく、敵陣営の者が暴れているのだと直感で分かった。
「おそらく、狂戦士達が暴れていますね。資料で読んだ程度なので、人相は分かりませんが一人だけ桁違いな魔力を発しています。ストリゴイさんやスンダルさんが戦ってないのを見るに、私にやって見せろってことでしょうかね?」
こんな時でも実力を測ろうとする厄災級魔物の師に、エドストルは苦笑いを浮かべながら走るギアをもう一段階あげた。
あまりモタモタしていると、本格的に戦線が崩壊しかねない。
たった一人だけで戦線が維持できるとは思えないが、そこら辺はエドストルは心配していなかった。
「多分シルフォードさん辺りが気づいてこちらに来てくれるでしょう。あの人は、緊張していても適切な判断をできる人ですし」
揺レ動ク者の看板を背負うことに、生きる価値を見出しているシルフォードの事だ。
緊張こそしているものの、彼女はこういう時間違いの無い判断をする事は知っている。
それに、最悪の場合は厄災級魔物が牙を向いてくれるだろう。それでもダメなら、イカれた人外が手を出すはずだ。
厄災級魔物の実力を知っているエドストルは、できる限りその力に頼らず自分達の力だけで戦争を優位に進めたいと考えている。
元々、この戦争は自分達が正教会国との戦争に参加するための前哨戦として参加した戦争だ。ここでいい結果を残せなければ、エドストルの主人である仁が戦争に参加するのはダメだと言うかもしれない。
身内にはかなり甘い仁だが、実力が足りていないと判断されれば間違いなく正教会国への切符は破られる。
「“神突”デイズを仕留めるぐらいやれば文句はないでしょう。それを目標に頑張りますか」
独り言を呟いていたエドストルは、ようやくジャバル連合国側陣地に到達する。
前線を見ればかなり押され気味であり、なんとか耐えてはいるものの長くは持たなそうだった。
エドストルはその手に持ったミスリルの剣を引き抜くと、先程走っていた速度よりも更に速く走り抜ける。
「先ずは一人」
数瞬の間に接敵したエドストルは、味方に剣を振り上げて殺そうとしていた敵兵の胴体を真っ二つに切り裂く。
流れるように美しいその剣技と、魔力によって本来以上に引き上げられた切れ味によって切られた死体は数秒の間その形を維持し続けた。
その後、自分の重心によって体は崩れ去り、残った下半身から噴水の如く血が吹き出る。
「あ、なっ」
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」
あまりにも突然すぎる出来事に、殺されかけた兵士は固まってしまった。
ここが戦場だということも忘れて、ただただ白い仮面を被り黒のローブに身を包んだその者を見つめる。
見つめられたエドストルはと言うと、これは傭兵団の名前を宣伝するチャンスでは?と考え、なんかカッコイイ言い方はないかと思考を巡らせていた。
普段は真面目なエドストルだが、ここら辺は主人に似てしまったのだろう。
「気にする事はありませんよ。我ら“揺レ動ク者”が味方に付いているのですから、この戦争に我々の敗北はありません。気楽に行きましょう」
「は、はい!!」
ようやく硬直から開放された兵士は、再び剣を握って敵兵に向かって走り出す。
エドストルはその様子を見ながら、今のはあまりカッコよくなかったなと一人心の中で反省するのだった。
「団長さんって凄いんですねぇ」
まさか仁も、こんなところで見直されるとは思っていなかっただろう。
エドストルは気を取り直すと、だらりと前身の力を抜いてゆったりと戦場を歩く。
誰しもが殺し合いと言う戦場で力がいつも以上に入っている中、リラックスしきったその姿は異様に移り隙だらけにも見える。
「もらったァ!!」
そんな隙だらけに見えたエドストルは、格好の獲物だ。
複数人の敵兵が剣や槍を構えて襲いかかる。
「甘いですよ。|色覚異常《Colorablind》」
エドストルが異能を発動すると同時に、襲いかかった兵士達は足元がふらつき地面と衝突する。
足が引っかかる物も無い場所で転ぶその姿は、傍から見ればとろくさく見えただろう。
「オエッ」
「キモぢ悪い........」
「視界が、歪む」
「オロロロロロロ」
地面に熱烈なハグをした敵兵たちは、その異能によって歪んた視界によって上手く立ちがることが出来なかった。
中には、あまりの気持ち悪さから胃の中の物を吐いてしまうものまで現れる程だ。
エドストルは、その吐瀉物を見て顔を顰めつつ剣を振るって首を落とす。
なんと抵抗もなく落とされた首から血が溢れ出して池を作るが、エドストルはそんなものに目もくれず次の獲物を探し始めた。
「格下。それも、人種相手ならかなり有効な手なんですがねぇ。やはり、補助系の異能だから使いづらい。あぁやって暴れてる仲間を見ると、やはり攻撃系の異能が欲しかったですね」
ポツリと呟くエドストルは、襲いかかってくる敵の動きを異能で封じると流れ作業のように首を跳ねていく。
余裕があったエドストルは、自分の異能の鍛錬だと言うことで襲いかかって来ない敵にまで異能をかけ始めた。
間違っても味方に異能を発動しないように、周りを注意深く見ながら自分に襲いかかる敵兵の対処もする。
さらに、相手に見せる色覚異常は手動操作なのだ。エドストルの脳への負担は大きくなるが、普段から鍛えてきただけあって50人程度ならば容易い。
相手を把握し、見せる色覚異常を操作し、襲いかかる敵にも対処する。
マルチタスクが得意なエドストルだからこそできる芸当だった。
「な、なんだ?!」
「急に倒れたぞ!!」
急に倒れた敵兵を見て驚く味方だったが、彼らは二年前も戦争を経験しているベテランだ。
倒れた敵兵に息があると知ると、トドメを素早く刺していく。
抵抗することも出来ずに殺された敵兵は、その胸や首から血を流し平野を赤く染めていった。
「本当は、負傷者を出して相手の負担を増やす方がいいんでけどね。私は広範囲攻撃を持ってないし、殺すことに特化してますから、その役は他の人に頑張って貰いますか」
エドストルはそう言うと、異能の訓練をしながら敵兵をなぎ倒していくのだった。




